第8話 日常編2
つい先日のこと。この日はICクラスと特待生クラスとの合同授業だった。ICクラスと特待生クラスは学舎が同じで2クラスしかないこともあって、選択科目などの多くの授業を合同で行うことがある。ここで忘れてはならないのが、ICクラスのメンバーはほとんどが外国人留学生や、帰国子女など、日本語を母国語としていない人たちが大半であるということ。だから、
ICクラスと合同で行ういくつかの授業は、英語で行われる。それは普段はなんてことはない授業の難易度が飛躍的に向上することを意味している。この日はそのうちひとつである音楽の授業だった。
授業を担当するルイーズ先生は、私達にはほとんど理解できないようなネイティブ英話者の口調で淡々と授業の内容について説明する。当然、それらを純日本語話者である私達が理解できるはずもない。
「_____。OK Let’s Start!」
かろうじて聞き取れたのはそこだけだった。何か始まったことは確かだが、特待生達は、自分たちが今しがた一体何を指示されたのか全くわからないままぽかんとしていた。そうしている間にも、座席の右半分。ICクラスの生徒達がテキパキと席を立ち、窓際の棚に並べられているヴァイオリンを一台ずつ手にとって、そのまま3~4人のグループで固まって、何やら作業を始めていた。そのうちにチラホラと、そのうちのいくつかから儚げなヴァイオリンの音色が響き始める。
状況をようやく理解した私達も、大急ぎで楽器を手に取り、そのまま教室の隅に逃げ込むようにして見様見真似で楽器を鳴らし始めた。
私も何とか特待生の何人かを引き込んでみたものの、一庶民である私が、ヴァイオリンなんて高級な楽器を今まで触ったことなんてあるはずもない。途方に暮れながら謎の弦楽器と格闘していると、後ろの方から声がした。
「そんな、お姫様みたいな格好しているなら、一曲くらい何か弾いてもらおうと思ってたのに。」
「もしかして、今日初めて触りましたって感じ? なんだ期待外れ。」
「中等教育で習わなかったのかな。」
「これだから庶民は。」
斜め後ろの方のグループから、からかうような声が聞こえてきた。ちらりと見やると、それはこの前も教室で陰口を言ってきた意地悪女子グループだった。
_何よ。庶民で悪かったわね。私は聞かなかったことにした。確かに私はお嬢様育ちではないただの庶民だし。それを比べても仕方がない。気を取り直して、私は楽器を習得することに集中した。
「そうかな。僕は、そうやって複数人で固まっていびりあうことしかできない君たちのほうがよっぽど期待外れに思うけど。」
聞き覚えのある声がして振り返ると、王子が背後に立っていた。片手にヴァイオリンを持ったまま、真顔で女子グループを見下ろしている。汚い悪口現場を暴かれて、女子たちは一瞬で黙りこくってしまった。
彼はああやって、時たま冷酷な一面をのぞかせる事がある。まるでその場の空気を征するかのように、彼の言動は周囲に絶大な影響をもたらす。
彼はそのまま、教室の反対方向にあるICクラスのグループの方へ戻っていくと、窓辺に寄りかかって、慣れた手付きでヴァイオリンの音色を奏で始めた。その音色はガヤガヤとした教室の正反対にいても、私の耳に聞こえてくる。確か曲名は、バッハの「アリア」た、庶民の私でも何度か聞いたことがあるたことがある有名な曲だった。
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