第31話 クリスマスダンス3
放課後の補修に駆り出されたのは、私たちを含めてたったの三ペアしかいなかった。うち一人は明らかに運動神経が悪そうな特待生のがり勉君のペアで、女の子のほうはICクラスの背の高い字便だったから、そもそも背丈が釣り合ってなくてとても大変そうだった。
もう一人はダンスにそもそも馴染みなさそうな東南アジア系の男子と目立たない特待生のペア。先生は、そもそもダンスの基礎から教えなおさないといけない東南アジアの男の子にかかりっきりだったから、自然と私たちのペアは注意がそらされている。
「どうだ。俺たちのダンスもなかなか様になってきただろう。」
ブラッドは先生がこっちの様子などまったく気にしていないとわかると、教室の隅にポジションを移動して話しかけてきた。私は彼をにらみつけて無視した。だって、ブラッドがちょっかいを出してきさえしなければ、こんな補習授業にまで突き合わされることなんてなかったのだから。
「最近あのエセ王子様もおとなしくなってきたじゃないか。君のことなんてもう忘れちゃったんじゃない。」
「彼がいないと随分威勢がいいじゃない。それも今のうちなんですからね。」
そうだ、王子が参戦できないのもクリスマスまで、それが終わればまたいつもの日常が戻ってくるはず。私はそう自分に言い聞かせた。
「本当にそう信じているの? 君あいつから何も聞いていないのかい。」
「どういうこと。」私が思わず聞き返すと、彼はまたニヤリとあざ笑う。
「はは~ん。まだあいつから何にも聞いていないんだね。あいつも罪な男だ。
ほかでもない君に、まだ打ち明けていないなんて。」ブラッドはあえてぼかした。
「気になるなら、本人に直接聞いてみるといいよ。そしたら、君もようやく諦めがつくだろうし。」
私は不安に駆られた。彼の言い方から、それがあまりよくない意味のことだと分かる。
「いい忘れていたけど、お前のその服装。夜会当日は流石にいつものひらひらでは来るなよ。」考え事をしていると、ブラッドは急に話題を変えた。
「わかったわよ。」仕方なく、私はうなずいた。
「それから、ドレスは俺が用意するから。俺のペアになったからには相応しい格好をしてもらう。」
ブラッドは、まるで私がフォーマルな服など一枚も持っていないことを見透かすようにそういった。別に異論はなかったけれど。
「君にはそんなフリフリよりも、普通の女の子の服装のほうが似合ってるって思うんだ。ほかの生徒から後ろ指さされて生きるのなら、そんな服着るのやめてしまえよ。」
「ご忠告どうも。でもこれが私なの。あなたに迷惑をかけることはしないけれど、それ以外であなたにとやかく言われる筋合いはありませんから。」
私はすげなく返した。
「後悔はさせないさ。」
そういったとき、ちょうど音楽が最後の1小節を終えて、補修の時間も終わりを告げた。私は疲れでぐったりとして寄宿舎へと帰っていった。
ブラッドの言っていた、王子が私にまだ秘密にしていることって何だろう。帰る道すがら、私は一人考え込んでいた。私から彼に聞いてしまってもよいのだろうか。ブラッドから聞いたと言ったら、彼はまた怒り出すだろうし。でも、気になってしまう。何かよくないことが彼とそして私に迫っているのだとしたら、それが、私たちのこの生活に終わりを告げるものだとしたら。私は、いてもたってもいられなくなって、部屋のドアを開けた。
部屋に戻ると、彼はいつものようにソファーに寝そべってくつろいでいる。その横はまるで恋愛ドラマのイケメ俳優みたい。黄昏れた表情でさえ決まっていて、いつも見とれてしまいそうになる。
「おかえり、かれんちゃん。今日は遅かったね。」
整った茶色いアーモンド形の瞳が私をとらえて笑いかけた。
「うん。ちょっと補修があって。」言いながらも、さっきのブラッドとのやり取りが頭から離れなくてうわのそらになってしまう。
「ちょっと疲れているんじゃない? またあいつにからかわれたの。」
王子は立ち上がって、すらすらと私のそばに寄って私の顔を心配そうにのぞき込んでくる。かれに近づくたびに私の心臓は跳ね上がってそのまま張り裂けてしまいそうなくらいなのに、それは決して彼には伝わらない。それは、私がそれを彼にあえて伝えてはいないから。
「なにも、特に変なことはされていないよ。私、ダンスがやっぱり苦手みたいで。」
強がって私は嘘をついた。
「そうか。」彼はあまり信じてはいないようだったけど、一歩身を引いて佇む。
「今の間だけだよ。クリスマスが終わるまでの間だけ。そしたらまた平和な日常に戻るでしょう。」
私は自分に言い聞かせるように言い聞かせた。
「それはどうかな。」王子は、私が期待していたのとは別の反応をした。
「どういうこと。クリスマスが終われば、神崎くんもまた授業に復帰できるんじゃないの? 」私は恐る恐る尋ねた。
「かれんちゃん、誤解をしないでほしいから言っておくけど、俺はかれんちゃんのその服、好きだよ。何にも染まらないで、一人で立っている君を見ているのが好きだ。なにを言われてもへこたれないで、一人で自分を突き通している君が好きだった。」
“好きだ“というフレーズに私はドキリとしたけど、かれは更に続けた。
「だから、かれんちゃんも諦めないで。いつか俺がいなくなったとしても、まっすぐなかれんちゃんのままでいて。」
彼の言いぶりには茶目っ気があったが、その表情には暗い色がにじんでいる。
「ちょっと待って、いなくなるってどういうこと。」
「単なる言葉のあやさ。気にしないで。」
かれはごまかしたけど、その神妙な表情まではごまかし切れていない。
「もう行くよ。今日は疲れただろう。明日もあるし今日は早めに休んで。」
「ちょっと待ってよ。」
私は引き止めたけれど、彼はそのまま私に背を向けて言ってしまった__。
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