第30話 クリスマスダンス2

 ICクラスのみんながはこの方へ集まる間、特待生は番号の1番から順番に並んで、ICクラスの生徒が自分のペアのもとへやってくるという仕組みだ。並んでいる私たちは気が気ではなかった。みんなそわそわして自分のもとへペアの子がやってくるのを待つ。私でさえ、王子がいないとわかっているのに変に緊張してしまう。その時、箱も周りに集まっているICクラスのほうから、なんだかどよめきが上がっているのが聞こえてきた。ひとだかりで何が起こっているかここからは見えなかったけれど、すぐにそれは収まって、集団の中からブラッドが一人抜け出してこっちへ歩いてくる。彼のペアはいったい誰なのだろうかと、クラス中が見守る中、何故か彼は私の目の前で足を止めた。


「よろしくな。ビッチ女」


「え」周りにいた女子たちも、信じられないといった様子で数人で声がハモってしまった。


「冗談でしょう。あなたが私のペアだっていうの。」


「ああ、間違いなく。俺はお前と同じ15番を引いたぜ。」

 そういって差し出した紙切れには確かに15番と書かれている。


「何かずるしたにきまってる。」言い終わる前に、ブラッドは乱暴に私の手を引いて、続いて始まるダンスレッスンのために教室の奥の方へ私を連れだした。


「愛しのご主人様と一緒になれなくてざんねんだったな。」

 ブラッドは、恭しく私の腰に手をまわしてにやにや笑った。


 本当に最悪だ。寄りにもよってどうして彼が私のペアに、冷静に考える余裕を与えずに、ダンス曲の演奏が流れ始めて、生徒たちは慌てて教室内に散らばっていった。

いつもと違って、教室内の椅子と机が片付けれて広々とした空間に、総勢40組の男女が一堂に会してワルツのリズムで足踏みをする。奇しくも私は少し前に王子にダンスレッスンの手ほどきを受けたばかりだから。初回授業の時よりも私のダンススキルは格段に上がっているはずだった。それでも、相手がこんな奴じゃあ調子がくるってしまう。


「諦めるんだな。もうあいつの助けはこない。」

 ブラッドは、面白がって腰に手を当てていた手をで私をさらに引き寄せていった。


「何かズルしたでしょう。神咲君をダンスのメンバーから外したのもあなたなのね。」私は抗議した。


「おれは何もしていない。これは嘘じゃない。

それに、俺がかれんとペアを組むことはあいつも了解済みだ。」


「なにそれどういうこと。」私は聞き返したけどかれはこたえなかった。


 優雅なレコードの三拍子のリズムに合わせて、私たちは前後左右に腰をくゆらせてステップを踏む。あいつが了承済みってどういうことよ。そもそも事前に義理を通す必要なんてないのに。でも、彼の言うことが正しければ、王子は私とブラッドがペアになることもしっているってことになる。


「俺が奴に邪魔しないように念押しをしたのさ。このまま中途半端な態度を続けるなら。おれは正々堂々と行くってな。」


「これが正々堂々とでもいうの?

さっきペアきめの時に何か細工したんでしょう。」


「あれは、一手段に過ぎないよ。俺の言う正々堂々ってのは君のこと。」


 ブラッドはいたずらっぽくはにかんで、不意に手を離したその指先で私のおでこをこつんとつつく。同じタイミングで、ダンスの振付も女性側が男性側から離れて大きくターンしながら背中をのけぞらせて頭上を仰ぐ。その腰元をブラッドの左手が支えて私を抱え起こした。


「いっただろ。俺は本気だ。まだあきらめたりしないさ。」

 珍しく彼の真剣そうな視線を受けて、私は返す言葉を失った。


 次の日から、音楽と体育の授業は私にとって地獄と化した。学園の一大イベントであるクリスマスを何としてでも成功させたい学校側は、二つの授業をダンスレッスン専用にしてチャイムが鳴って、そしてなり終わるまで、みっちりダンスレッスンにつぎ込んだ。


 ブラッドは、それから何かにつけて私に突っかかるようになった。わざとステップを外して足を踏んできたり、変に距離を詰めて誘惑してきたり、一度なんて私がターンするときに足を踏み外してそばで踊っていた別のペアに接触してしまい、そのまま他ペアも巻き込んで転がり落ちてしまった。ブラッドはげらげら笑っていたが、下敷きになった別のペアの二人には思いっきりにらみつけられてしまうし、そんなふざけた練習ばっかりしているからしまいには


「花園さんとミスターブラッド。あなたたちは補修です。」

と先生の死刑宣告とともに、放課後の特別講習へと送り込まれてしまった。


「かれんちゃん。なんだかげっそりしていますわよ。大丈夫ですの。

体調がよくなければ、一緒に保健室に。」


「いや、大丈夫。気にしないで。」私は死んだ魚の眼で答えた。


「ブラッドもひどいよね。かれんちゃんへの扱いがさ。まるでおもちゃを振り回しているみたい。」初音ちゃんも気づいていたみたい。


「先生に言ってペアを別のこと変わってもらえないの。

だってあいつ、くじ引きの時に一五番を引いた別の男子から、番号札をひったくってかれんちゃんのペアになったらしいよ。」桜子ちゃんも憤慨していた。


「とっくの昔に先生には言ってみたんだけど。ダメなんだって。それを許してしまうと、ほかにもペアに不満がある子たちに示しがつかないからだって。」


分け隔てなく進行を深める機会だから、多少不釣り合いが起きても織り込み済みらしい。


「そんなひどい。このままじゃあかれんちゃん本番になる前に壊れちゃいそうだよ。」


「神咲君は何しているのでしょう。彼はあれから何も言ってこないのですか。」

まみやちゃんは怒りの矛先を王子に向けはじめた。


「何も、だってあいつがいたってどうにかなる問題でもないし。」

 一応、私はペア決めがあった日の放課後、王子にその日先生が言っていたことを確かめてみた。でも王子は


「ハロウィーンの時も嫌々だったし、親がうるさいんだよね。そういうイベント系。クリスマスには俺の親やほかの保護者も来るんだろう。立場上あそこで踊るわけにはいかないんだ。」と、そっけなく答えただけだった。


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