第10話 華麗なる死闘


 学園生活は出来るだけロリィタスタイルで決め込みたい私だけれど、そんな私でもTPOをわきまえる羽目になる瞬間くらいはある。今日がそれ。朝のうちはせめてもの抵抗にと今日は気合を入れて、ショートボブの両サイドを編み込みにしてまとめ、淡いレモン色をしたギンガムチェックのコットンワンピースをひらめかせてカントリー風な少女スタイルを演出していたけれど、それも今はお預け…


 今は午前中最後の授業の真っ最中、私は今上下長袖の体操着に全身うもれ、日陰の方でうずくまっている。中学時代から帰宅部だった私にとって運動という概念は存在しない。この体育の時間も今まで同様、万年見学で突き通すつもりだった。体を動かすだけで嫌なのにましてや外だなんて・・焼ける! 小麦肌ロリィタなんて言語道断。金髪ブロンドがにあう細くて折れちゃいそうな白い手足を目指すなら、不健康と言われようと運動は階段を上り下りする以上は禁止と心に決めている。


 でも学校中のほかの女の子たちにとっては、これは一種のパラダイス。先程からしきりに校庭の方を気にしながら授業を受けるほかのクラスの生徒たちや、うちのクラスの女子勢が釘付けになっているのは、ICクラスの皆々様の見事な肉体美。元々手足が我々アジアンより長い彼らが汗を流す姿は圧巻です。もううちのクラスのガリ勉男子勢が一緒に走っているのが申し訳なくなるレベル。授業開始前なんか、彼らが校庭に出てきただけで、ベランダというベランダが観客でいっぱいになったほどだった。うちの女子も体操の時からもうそわそわしちゃって、授業なんかそっちのけだ。そんな彼らを横目に私は今、このサウナとかした体操着の中でひたすら己との戦いに没頭していた。

 そんな時――。


「おおーい! アニメガール!」

 顔を上げると、アレックスがまるで闘牛みたいにこっちに突進してきているところだった。いつもはラフなTシャツ姿か制服もどきみたいな格好なのに、今日は陸上選手みたいなぴったりとしたウェアから筋肉が浮き出していて、まるでウサイン・ボルトみたい。


「だから、アニメガールって呼ばないで」

暑さにやられてテンション急降下の私はげんなりする。


「君元気なんだろ? ドッチボールやろうぜ!、こっち一人人数足りないんだ。」


「無理――私熱中症だから」

一人足りないぐらいで大げさな。元々戦力にならない私がいようがいまいが、戦況にかわりあるはずながない。


「早く早く、立ってるだけでいいからさ。」


「ちょ、ちょっと!」

話を全く聞かないアレックスは、言い終わらないうちに私の腕をひっぱると灼熱のコートへと引きずり出した。


「お、かれん! やっとその拷問着みたいな長袖体育服を脱ぐ気になったのね!」

アレックスのチームにいたジェシカは目を輝かせた。ジェシカは、今日は髪をポニーテールにして、テニスプレーヤーみたいな胸元の大きく開いたシャツに自慢の長い足を贅沢見せつけたホットパンツというスタイルが決まっている。


「断固として脱ぎませんよ?」私は憤慨した。暑苦しい服装で動き回らなきゃいけないのはなかなかの拷問だけれど、それでも直射日光を肌に当てるよりはましだ。運動する気はなかったから、簡単にしか塗っていない顔の日焼け止めが、果たしてどれだけ持つか考えていると、後ろから声がした。


 

「アレックス、お前らの救世主ってのはそいつか?」

振り返ると相手コート上に敵チームの1団が入場してくるところだった。こちらを挑発してくきたのは、ブラッドだ。今日はランニングシャツにハーフパンツという、いたって普通のスタイルのはずなのに、まるでスポーツブランドのモデルが撮影現場に登場したように、まわりをざわつかせた。周りの女子生徒たちが息を飲んだ。彼は、あれ以来何かに付けて私に突っかかってくる。最初こそ気にしないようにしていたものの、最近は段々とやり口が強引になってきていた。今日もまたなにか企んでいる顔をしている、十分に気をつけなければ。

「学園のマリーアントワネットがドレスを脱ぐなんて、革命でも起きたんじゃないか?」

ゲラゲラ笑いながら捲し立てる。周りのちょっと嫌味な囲いどもも同調して笑いが起きた。最悪だ、ロリィタを着ていない私なんて私じゃない。こんな格好で大衆の笑いものにされなきゃいけないなんて、これじゃあまるでギロチンを伴わない公開処刑だ。


「彼女でいいんだよ。彼女こそが俺らの勝利の女神なんだからさ」

 聞き覚えのある声に振り返ると、清々しく王子が入場してきた。今日は普段のクラシックなポロシャツにチノパンという英国風スタイルではなく、海外セレブが夏のバカンスに来ました。みたいな半袖のウェアにハーツパンツというラフなスタイル。ラケットを片手に軽井沢とかでテニスをしている姿が目に浮かぶ。さらに日本の高校ではありえないシルバーのネックレスとかをちらつかせていた。周りの女子が色めきだつのも納得の完璧なスタイルだ。そのまま堂々とブラッドの前に立つと、自慢の爽やかスマイルで応戦する。


「白馬の王子様の登場、って訳だ」

 彼はにやりと笑った。

 二人のやり取りを見ていた私は、とてつもなく面倒くさいことに巻き込まれてしまったと、心から後悔した。本当だったら今も、校庭の隅で白い肌をキープする為に暑さに耐えながら、自分との戦いに興じていれば良かったものを・・。

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