第3話 華麗なる日常の異変2
翌朝になって、複雑な気分を抱えながら私は自分の部屋を後にした。結局、昨晩のことが今も頭に焼き付いて離れず、昨日は一睡もできなかった。
でも切り替えて、今日は気分をすこしでも盛り上げようと、お気に入りの紺の星柄のシフォン地のワンピを着ることにした。某有名ロリィタブランドで並んで手に入れたもので、当時は発売日当日に売り切れてしまった人気シリーズだった。甘くなりすぎないようにパニエを仕込まないでカジュアルに着こなす。
当たり前のことなので今まで言わなかったが、私は学生生活をロリィタ一色で過ごす気でいて、いわゆる制服とかカジュアルな私服というものを着る気は一切ない。
後ろ指を指すようなものが現れればこう言ってやるのだ。文句があるのならベルサイユへいらっしゃい!(あなたももっと勉強したらよかったのに)
部屋を出るとちょうどまみやちゃんもでてきたところだった。
「おはようございます。かれんちゃん、昨日は良くお休みになれました?」
「う、うーん・・あんまり眠れなかったよ、緊張とまだ慣れないからかな・・」
昨日、学生代表が上の階から不法侵入してきたせいで一睡もできなかったよ。なんて口が裂けても言えない。
「私もですわ。今日から始まる学園生活を思うと、ワクワクしてしまって一睡もできませんでした。それよりカレンちゃん、今日も素敵なワンピースですのね。とっても良くお似合いですわ。」
「ありがとう、まみやちゃんも今日はスーツじゃないんだね?すごくにあってるよ。」
まみやちゃんは今日はシンプルなシフォンブラウスににカーディガン、スカートという、清楚なお嬢様なスタイルだった。学校指定の制服はまみやちゃんも着ていない。髪は今日も毛先をカールさせてハーフアップにしている。
エレベーターで下へ降りて食堂へ向かうと、もうすでに多くの人が降りてきていて賑わっていた。奥の方の受け取り口に沢山の種類の料理やフルーツが並んでいて、ビュッフェスタイルみたいに各自好きなものを摂る。テーブルの方を見渡すと、窓辺のテラスに近い席のあたりに、一箇所女子で人だかりができているところがあった。目を凝らしてよく見れば、その輪の中心にいるのは忘れもしない、学生代表のイケメン高校生
今日も朝から大勢の女の子たちの相手をしながら、優雅にテーブルを囲んで朝食を取っている。
「まあ、凄いですわね。さすが学生代表。一日にして学内の女子のハートを鷲掴みですわ。果たして彼の御眼鏡にかなう女子は現れるのでしょうか。
ねえ、かれんちゃん?」
と、まみやちゃんはのんきに意味ありげな視線を投げかけてくる。
「さ、さあ…どうだろうね。案外取っ替え引っ替え何人ともデキちゃうのかもよ?精々、彼のあの甘いマスクが剥がれてみんなの前にさらされる事がないことを祈るばかりだよ。」
「まあ、カレンちゃんは、随分とあの方に手厳しいことを仰るのですわね?
女の子でしたら誰しもが彼のお相手にと夢みて疑わないでしょうに…。
さては、かれんちゃん、もう他に想う方がいらして?」
「私は単にそういうのに興味がないだけだよ。色恋沙汰とか面倒くさくて、私はあんまり関わりたくないなあ…。」私は言葉を濁した。
「まみやちゃんは? どうなの?
やっぱりあの王子が気になるんだ?」私は苦し紛れに話題をそらした。
「私は全く興味ありませんわ、あんなもやし男」
「え、そうなの? 」意外な一言だった。
「男はやはり日本男子でありませんと。大和魂の欠片もないひょろ男なんて目じゃありませんわ。そう、例えば…」
そういって、まみやちゃんが見上げる先には一人の男子生徒がいた。確か彼は同じ特待生クラスの
「有栖川くん?」
有栖川 弥生くん。茶道の有名な流派の家元の息子、由緒正しいお家の生まれで、親戚も元華族やら財閥やら、政治会の重鎮とか、日本の影の実力者がたくさんいるらしい。確か成績も特待生クラスの中ではトップ。確かに言われてみれば顔もイケメンの部類に入ると思う。真面目そうな黒髪で、地味だけど整った顔立ちは、メガネをかけた向井理ってかんじかな。でもなんというか私みたいな下々のものには近寄りがたい雰囲気を漂わせている。気難しそう。今も誰とも喋らないで一人でみそしるをすすってるし。
指さしながら振り返るとまみやちゃんの顔はみるみる真っ赤に染まった。そのまま俯いてしまって、黙って黙々と朝食を食べ始める。まみやちゃんあんなのがタイプなんだ、なんか意外だな。とほんわかしていると。それは唐突に訪れた。
「___誰の話していたの?もしかして俺のこと? 」
突然背後から聞き覚えのある声がして、私の心臓は跳ね上がった。
恐る恐る振り返ると、案の定そこには、忘れもしないあの栗毛色の髪と茶色い瞳が目の前にあった。お得意の王子様フェイスを貼り付けてこちらに頬笑みかけている。
「おはよう。花園さん。今日も可愛いね。」
「ど、どうしてあなたが!?」
気が動転して叫び声をあげると、彼はにやっと笑って
昨晩そうしたみたいに、私の方にかがみ込んで、耳元に顔を近づけて囁いた。
「___実はお礼がいいたくて…。昨日はありがとう。本当に助かったよ」
彼はそれを、食堂中の生徒たちが見ている前で公然とやってのけた。
騒がしかった食堂内が一瞬にして静まり返り、一部始終を見ていた他の生徒からはどよめきが上がった。奥の方でさっきまで王子囲んでいた取り巻きが、信じられない面持ちでこちらを凝視しているのが視界の端に写った。
「か、神咲くん。ちょ、ちょっといいかな。」
私は顔から火が出る勢いだったけど、何とか冷静を装って彼を食堂の外へと連れ出した。
人気のない玄関ホールの裏手の非常階段のあるあたりまで来ると、私はくるりと向きを変えて捲し立てた。
「ちょっと、どういうことですか!?
昨日私に、あんなに口外するなって脅しておきながら、自分で騒ぎを起こすなんて。昨晩のこと、知られたらまずいのはあなたの方ですよ。」
必死に抗議する私をよそに、彼は今日も冷静で飄々と構えている。
「別に、何も深い意味なんてないよ。ただ君と僕が親しい間柄だって印象付けておいた方が僕には都合が良いかと思って。」
彼は何か悪事を企てているときのように、不敵な微笑みを浮かべて言った。
「どういうことですか? 」
私は怪訝そうに尋ねた。
「そのうち分かるさ。」
「言っておくけど、俺はせっかく面白くなってきた君との生活を、簡単に手放すつもりは無いから。それじゃ、また後でね。」
目を細めて不敵に笑いかけるとその場を去ってしまった。
またしても後に取り残された私はうなだれた。すでにあたりに人影はなく、みな揃って教室へ向かっていったらしい。玄関ホールを抜けて外へ出ると、校舎へと続く垣根の小道の端の方に、白い聖母マリアの石碑が哀れみをかけるようにひっそりと佇んでいた。
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