第2話 華麗なる日常の異変
こんな夢を見た。私は不思議の国に登場する主人公の少女アリス。ある日アリスはきれいな青い目をした白いウサギを追いかけて、摩訶不思議な世界へと繋がる穴へと、足を踏み入れる。
そこには私が見たこともない異世界が広がっていて、一人ぼっちのアリスはみんなと仲良くできずに一人ぼっち。追いかけてきたはずのウサキはもアリスの見えないところへ行ってしまい、アリスは一人帰り道もわからないまま彷徨い歩いている。
そんなとき、可愛そうなアリスの元へ声をかけてくれる者があった。茶色い紙に、輝く黄金色の瞳をした王子様。アリスをその腕に抱きとめて、甘い言葉で囁くの。
「__きて。 起きてってば。」
「____起きなよ。こんなところで寝ていたら風邪ひくよ。」
寝ぼけ眼で見上げるとそこには、夢で見たのとおんなじ、大きな黄金色の瞳が2つ。寝ていたはずのソファにかがみ込んでこちらを見下ろしている。
「ギャーー! 」
一人部屋であるはずの場所に、いるはずのない自分以外の誰かがいることに気がついて、私は飛び上がった。反射的に身を起こして、そのままソファの背もたれまで後退する。
何が起きているのか全くわからないまま、その男の顔をまじまじと見ると。そういえばどこかで見たことのあるような顔と気がついた。そうだ、今日新入生代表で挨拶をした、あの生徒___。
「か、神崎くん⁉
どうして…なんであなたがここにいるんですか⁉ 」
私は金切り声を上げた。
「あー、ごめんごめん。
なんか寝てるみたいだっから驚かすつもりはなかったんだけど。」
なんかうなされてたみたいだから。と、彼は私の悲鳴など聞いてなかったかのような呑気な声でそういった。私の頭は更に混乱した。
「落ち着きなよ。部屋の探索をしていたら、クローセットの床の下で見つけたんだよ。あれを。」
彼はそう言ってクローゼットの方を指さした。ドアもが開けっ放しのクローゼットからは、部屋の電気がついていないにも関わらず奥から明かりが漏れていた。近寄って見ると、さっきの段々になった天井に繋がる扉が開いており、上の階、つまりこの男の部屋と思しき場所に繋がっている。
「えっ? どうしてここ開いてるんですか?
だって、ここは、私が見たときは開かなくて、ただの非常口のはずじゃ‥。」
話を聞いても何一つ理解できない。相変わらず例の新入生代表は眼の前にいるし。私、もしかしてまだ夢でも見ているの?
「そこ、俺の部屋のクローセットの床に繋がっているんだ。脱出口みたいになってて、俺もキャビネットのしたに隠れていたから全然気が付かなかったんだけど。」
どういうこと。一体何の意味があって、上の階とここを繋げてあるのか理解が出来なかった。この学園の規則で、寮内は私的に男女で接触することは禁止されている。だから部屋だって階層毎に別れて生活しているし。こんなことが起こって良いはずがない。
「と、とにかく。今日のところはもう帰ってください。そして二度と来ないで!明日寮監督の人に言って部屋を変えてもらってください。今日のところは黙っていてあげますから、もう二度と来ないでください!」
私はクローゼットの天井に穴みたいに空いた扉の方を指差すと、口早にまくし立てた。
「二度と?」
帰りかけていた筈の彼が急に立ち止まってなにやら難しい顔をしている。
「それは困るんだよな、第一この寮はもう定員になっちゃってるから、他に空いてる部屋ないし、その間どうしろって言うの?君が変わりに出て行ってくれるならいいけどさ。」
「はあ? 」私は意味が分からなかった。
「そんな事言われても。むしろなんで私が出て行くんですか?
ここは女子寮だし、不法侵入してきてるのはあなたですよ。」私は反論した。
「だからさ、俺だってここが君の部屋に繋がっているなんて知らなかったんだから。これは単なる事故だろう。」
彼は、急に冷ややかに付け加える。
「俺は君がいようがいまいが何も困らないし。都合が悪いんなら君が出ていけばいいじゃないか。」
「正気ですか。」私は憤慨した。そんな我儘がまかり通るものかと。
「じゃあ、出て行きますよ。でもその前にこの状況を管理室の人に見せて説明してもらいますから。」私はそう言って、外の方へ歩きだした。
その瞬間、不意にものすごい力で背後から腕を掴まれ、そのままクローゼットの壁に押し付けられた。何が起こったのか理解できない私は、両肩を掴まれたままその場に硬直する。
「な、何するの?」
と身を捩って逃れようとすると、彼は力ずくで私の両腕を掴み上げて、身動きをできなくする。
「だから言ってるじゃん、それは困るんだよ。
言うことを聞かないと、ただでは返してあげないから。」
さっきまで呑気だった彼の顔が、目つきを鋭く強張らせている。
「お、脅してるんですか?」
やっとのことで絞り出したのはなんとも頼りない嘆き。私は眼の前に立ちはだかる彼に圧倒されて、萎縮してしまった。
「単なるアドバイスだよ。君だって初日から問題を起こしたくはないだろ。」
彼は身動きのできない私を弄ぶように言った。それは新入生代表挨拶時の真面目な印象からはかけ離れた悪魔の微笑みだった。直視したら妖気に吸い込まれてしまいそう。
「わ、わかったから。言うとおりにするから、離してもらえないですか?」
諦めて降参すると、彼はようやく私を壁際から開放した。私は彼を刺激しない範囲で出来るだけ後退し距離を取ると、心拍数が上がって膝から崩れ落ちそうになるのをなんとかこらえながら、その場に踏みとどまった。
「もの分かりがよくて助かるよ。
そういえば、きみ名前なんていうの。特待生の席に座ってた子でしょう?目立つ金髪だったから壇上からよく見えたよ。でも君は日本人なんだね。てっきり俺らと同じクラスかと思った。」
「花園かれんです。けど」私は渋々答えた。
「可愛い名前だね、よろしくね、かれんちゃん」
彼は先程の気迫など嘘のように、一変して爽やかな笑顔をこちらに向けた。私は切り替えが早くてあっけにとられてしまったけれど、こうして見ると童話に出てくる天使のようで一瞬騙されそうになる。
「じゃあ、僕はもう行くから。また明日ね。」
呆然と立ち尽くす私を尻目に、彼はクローセットの中へ消えていった。
彼が出て行くと、あたりは何事もなかったかのように静まり返った。
「い、生きている? 私ちゃんと生きている?」
私は心臓の鼓動を抑えるように、両腕を自分の肩に回して抱きしめながら嘆いた。
ああ、なんて酷い学生生活の幕開けだろう…自分でも哀れに思いながら私は初日の夜を一睡もできないまま明かした。もう二度とクローゼットの天井が開くことがないことを祈りながら。
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