第36話 バレンタインデー
まだまだ寒い日が続く2月。王子のいない生活にも慣れきた私は、今日は珍しく張り切っていた。今日がバレンタインデーということもあり、今日は特別に、選択授業の家庭科でお菓子作りを行う。まみやちゃんと、初音ちゃんと連れ立って、エプロン姿に着替えた私達は、教室へと向かっていった。
張り切っているとはいえ、私にはもうチョコレートを渡す相手なんていないのだけれど。それを思い出すと、また忘れかけていた年末のことが頭を過ぎって悲しい気持ちになる。でも、いつまでもくよくよしていられない。授業でお菓子作りなんてそうないし、みんなでお茶会みたいで楽しそうだと、私は気持ちを切り替えた。
先生の指示でグループに分かれて、各グループごとに材料が配られていく。今日作るのはホールケーキのガトーショコラだ。グループで協力して一つのホールケーキを焼き上げる。
「かれんちゃん。実は私、料理が本当に苦手で・・もし手順を間違えたりしてしまいましたら教えて下さいね。」
まみやちゃんは今日は珍しく緊張の面持ちだった。
「あはは、珍しいね。まみやちゃんが他でもないかれんに助けを求めることがあるなんてさ」初音ちゃんが茶化した。
「大丈夫。私がボールを混ぜていつから、まみやちゃんは砂糖を何回か小分けにして少しずつ入れてね。」
「こ、こうでしょうか。」
そういって、まみやちゃんは小皿の中に入っていた砂糖をすべて打ち込んだ。
「ちょっとまみやちゃん!」
「も、申し訳ありません、手が滑ってしまって、どうしましょう・・取り出してみましょうか。」
まみやちゃんは狼狽していたそばで、私はあたふたとボールをかき混ぜて収拾を試みる。
そばで見守っていた初音ちゃんは笑いをこらえきれずにいた。
「まみやちゃんって、不器用なんだね。めちゃくちゃ意外。」
初音ちゃんは、このように思ったことをオブラートに包まずはっきりいう。ちょっとまみやちゃんはびっくりしちゃうこともあるけれど、彼女にとっては平常運転だ。
「そうなんですの。昔から台所仕事がどうも苦手で。お恥ずかしいですわ。」
「今日はなんとしても美味しいケーキを作らないとだもんね。愛する彼ためにさ。」
初音ちゃんが意味ありげな視線を投げかけると、まみやちゃんは白い頬が真っ赤に染まった。
「それってあの、食堂でよく見かける日本男児の? 」
そういえばと、太古の記憶を掘り起こして、私は尋ねた。
「そうそう。実はちょっと前からやり取りしているんだってさ。」
「全然そんなんじゃありませんのよ。以前ちょっと話をしたくらいで、まだお渡しすると伝えても居ませんの」
まみやちゃんは顔をブンブン振り回して抵抗した。
「いいな~」私は思わず感嘆の声を漏らしてしまった。
「かれんも早く気持ち切り替えて次行きなよ次。いつまでも引きずっていると時間の無駄だよ。」そこそこモテるんだしさ? と初音ちゃんが付け加えた。
その言葉はぐさっと心に刺さった。
「かれんちゃん、今はまだ気持ちの整理が難しいかもしれませんが。もし、これからまた素敵な人が現れましたら、私達は全力で応援しますわよ。」
「ありがとう、そうだね。いつまでもくよくよしているわけにも行かないし、私も少
しずつ気持ちを整理してみるよ。」
まみやちゃんたちの励ましに耐えるように、私はいった。
その後もいくつかハプニングに見舞われながらも、何とか生地を型に流し込んで、オーブンに入れて焼き上げてみると、こんがりとガトーショコラが焼き上がった。上々の出来栄えだ。
「やった~何とか出来上がったね。」
「一時はどうなるかと思いましたが、何とか形になりましたわ。」まみやちゃんもホッと旨を撫で下ろしていた。
「半分はこの後お茶を入れて私達で食べるとして、残りの半分は切り分けて各々持ち帰ろうか。」
そういうわけで、お菓子を堪能して、お土産までもらってしまった私達は放課後帰宅した。まみやちゃんは例によって用事があると言って先に失礼していったから、あとのことはまた後日聞いてみようと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます