第35話 年明け

 クリスマス夜会の日、それは冬休み前の最後の日。クリスマスを過ごした生徒たちは、その足で両親とともに帰省し年末年始の休暇を過ごす。冬休みの到来だ。

私もあの後すぐに学園を抜け出して一人家路へとついた。だから、あの後みんながどうなったかを私は知らない。


 私は殺伐とした気持ちで年末を迎えていた。思い返すのは、王子に告白したあの夜のことだ。クリスマスの華やかな宴と、その後の悲劇__。どうしてあのとき、あんなこと言ってしまったんだろう。お陰でもうおしまいだ。これからはもう、彼の背中を追いかけてそばにいることは叶わない。


 新学期が憂鬱だった。このことはまた学校中の噂になるだろう。この休暇でみんながあの日あった出来事なんか、全部きれいさっぱり忘れてしまえばと願ったけれど、たとえそうだとしても私の日常はもう二度とは戻ってこないし、もうどうでもいいことだ。


 そんなことを考えるうちにあっという間にお正月を迎えて、また以前のように寄宿舎の自分の部屋に帰ってくる。一人ぼっちの私の部屋はあっけらかんとしていて、今までのドタバタ劇が嘘のように静まり返っていた。私は少しでも気分をあげようと、お気に入りのお洋服に着替えて見たけれどあまり効果がなかった。寧ろ今の沈みきった私には、甘々の派手なフリフリレースやパステルカラーのプリント柄は不釣り合いに思えてしまって。仕方なく始業式の日は落ち着いた色合いのクラロリっぽいロングワンピースにニットカーディガンを合わせて行くことにした。

 

「かれんちゃん。あけましておめでとうございます。良い休日を過ごせましたか?」


 まみやちゃんは眉間にしわを寄せて心配そうにしている。


「まみやちゃん、久しぶり。なんだかあえてホッとしたよ。」

 まみやちゃんからは休み中ひっきりなしにLINEが来ていたけれど、あまり詳細には説明していなかった。


「本当に大変でしたね。クリスマス以来お会いできずに、心配しましたわよ。」

“クリスマス”というフレーズに、目には見えない攻撃を食らって悶えた。


「心配かけてごめんね。」受け流すのがやっとだった。


「服装もなんだか急に落ち着いてしまわれて。まるで普通の女の子に戻ってしまったようです。まさか、彼のプロポーズをお受けしてしまったのでは___。」

 言いながら、まみやちゃんは両手で自分の口元を抑えて身悶えた。


「いや、それはまだ何も。ただ今日はなんだか元気がなくて」


 そういえば、ブラッドへの返答もまだだった。おざなりにしていた現実が私に伸し掛かる。

 とりあえず、まみやちゃんへは後できっちり説明するからと念押しし、先にみんなのところに戻ってもらった。


 

 放課後、私は再び校庭裏の一角にある、創設者の銅像が据えられているあたりに来ていた。


「言っただろう。君は神咲とは一緒にはいられない。」

いつもの調子でブラッドが笑った。


 ブラッドとはきちんと話をしなければ行けないとは思いつつも、連絡先も知らない彼とどう話をつければいいか分からなくて、とりあえず思いつきでここへ来てみたけれど、まさかの再開するとは思ってなくて、私は心臓が飛び上がった。


「その服装のほうが似合っている。かれんは人と違うことよりも、ほかの人と並んで立っていた方が美しいと思う。人の輪から外れて生きるよりも、人の上に立つべきだと思う。」

 彼はまっすぐにこっちを見下ろしている。


「俺といれば、それが叶う。ほかの生徒なんて目じゃない。約束するよ。後悔はさせない。絶対に。」


 つらく当たられたこともあったけれど、プロポーズの言葉も、今の言葉も、彼は正直に言ってくれたのだと思う。


「そういってくれてありがとう。

でも、ごめんなさい。気持ちには答えられない。それは本当の私じゃない。」


「あいつはもう君のところへは戻らないのに。 なぜあんな奴の影を追うんだ。」


「そうだね。確かに神崎くんへの思いは叶わなかった。でも、もし彼がいないとわかっていても、答えは変わらないよ。」


 なにを言われてもめげずに、自分を突き通している君が好きだ。と王子は言った。もう敵わない彼の思いをこの期に及んで汲んでやる気もないのだけれど、もし王子がいなくとも私は私のままだ。だから答えは変わらない。


「ああ、何でもかんでもここではあいつに負けっぱなしだ。本当に、嫌な奴だよ。」ブラッドは天を仰ぎ見て嘆いた。


「好きにしたらいいさ、俺は好かないけどな。神咲の奴も、お前のその頭おかしい女みたいな服装も。」


「ありがとう。」私は彼の最大限の譲歩と捉えてそういった。


「最後に一つだ教えておいてやるよ。

あいつは結局、君に本当のことを言うつもりが無いみたいだし。

神崎黎音は、この春で学園を辞めるんだ。国に帰ることになったらしい。だから君とは一緒にいられない。」


「___えっ?」

思っても見なかった衝撃の事実に、私は呆然と立ち尽くしてしまった。

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