第27話 ハロウィーンパーティー5

 入り口の人込みをかき分けてICクラスに入ると、中に人はまばらだった。もともとハロウィーンに興味がない少数の何人かは、いつもの制服っぽい恰好のままで暢気に昼食をとっているし、ほかにはハロウィーンにあまりなじみのなさそうな中国人らしき何人かが、キョンシーみたいな恰好をして内輪ではしゃいでいる以外には、教室の中は静かだった。

 奥のほうを見やると、何やら見知らぬ男子生徒が一人、窓辺に腰かけて風にそよいでいる。


「あれって。」


 彼は、栗毛色の髪を毛先だけシルバーに染めているようだった。半分銀髪のかかった顔の輪郭は整っていて、すっととがった鼻と、くっきりとしたアーモンド形の瞳には、深紅の瞳が光っている、頬を上げてはにかんだその白い歯の八重歯のところには、鋭くとがった牙が覗いていた。


「やあ、僕の愛しい花嫁たち。ようやくここがわかったんだね。」

見知らぬ生徒は、こちらと目が合うと、王子の声で私たちに語り掛けた。


「あれって、神咲君なの?」

 確かに、よくよく見れば王子だった。ただいつもの陽気で甘いほほえみはなく、今日はどこか愁いを帯びてこちらに微笑みかけている。彼は私たちを見つけると、一応いつもの調子で甘いセリフをかけたけれど、確かにその声に覇気がない。


「どうしたの。今日はなんだか元気がないですわね。」


「そうかな、いつも通りだと思うけど。」

とぼけた調子でそういったものの、彼はわずかに肩を落とした。


「今日の僕はルーマニアからやってきたヴァンパイアだからね。日の当たるところは苦手だし、いつもよりおとなしくしようと思っていたんだけど。」


「人気者は大変ですのね。」

まみやちゃんは彼の疲れ切った表情など素知らぬ様子で雑に返した。


「それで、君たちはわざわざこんなところまで何のようだい。

もしかして、4人とも僕に血を吸われに来たの。」大歓迎だよ。一人ずつ順番にね。


彼は茶化して言ったつもりなのだろうけど、一瞬心臓が止まるんじゃないかってくらいドキリとした。


「アレックスとブラッドが、ぜひ神咲君のところへ行ってみるようにいうものですから。」


「あ~あの異教徒の頭の空っぽなバカ騒ぎ集団か。」

王子は急に冷たい声で吐き捨てた。


「あいつらめ、俺が宗教上興味ないって言っているのに、無理やり着せ替えやがって。この衣装見てみろよ。」両手を広げた彼の眼はカラコンのせいか、赤く血走って見えた。


「どうって、とっても似合っているように見えるけど。」


「これはさ、ドラキュラ伯爵の衣装なんだよ。彼は実在のルーマニアの領主がモデルになっていて、残虐非道な手を使って敵軍の進行を打ち負かした。小説では悪役として描かれているけれど、本当は東欧地方の英雄みたいな存在でもある。問題は、ルーマニアに攻めてきた敵軍っていうのが、オスマン帝国といって、僕らの祖国でもあるトルコの前身の国家。この意味わかる。あいつらは面白がって俺の祖国を馬鹿にしているってわけ。」

王子は最早本性丸出しって感じで、苦々しげに詰った。


「そんな、ブラッドは何を考えているか知らないとしても、アレックスはわざとそんな非道な冗談を思いつくでしょうか。」


「細かいことは気にしなくていいんじゃないの?

そもそもハロウィーンってキリスト教のお祭りでしょう。なのにここは仏教の国、日本。なんでもありなんだよ、この日本っていう国はさ。」

初音ちゃんは各国の込み入った文化や事情には疎いのかとても冷ややかだ。


「本当に何でもありだよね。この国はさ。」

王子は物憂げに目を細めた。その姿が望郷を憂う吸血鬼って感じでいかにも様になっていたから、私はそばで一人見とれてしまっていた。


「まあいいや、こうして素敵な魔女4人姉妹も拝めたわけだしね。

それも全部かれんが一人で用意したんでしょ。みんなのいつもとは違う一面を垣間見れたんだから。僕はもう満足だよ。」

 そういって、王子はいつものように思わせぶりな視線を投げかけてそっとこちらにウィンクして見せた。


「せっかくなら僕も君たちと一緒に午後のひと時を過ごしたいところだけど、申し訳ないが遠慮させてもらうよ。僕が一歩教室の外に出ると途端に大勢の女の子たちに囲まれちゃうんだ。」


「確かに、今日の神咲君を一目見たら女の子たちはみんなあなたの虜になってしまいそうですものね。」


「それじゃあまた後でね。」とっいってみんなで教室を後にしたとき、不意に王子が後ろから私に呼びかけた。


「___かれん、また後でね。」

 他の3人はもう教室を出てしまったから、おそらく私にしか聞こえていないはずだった。思わず振り返ってちらりと彼の方を仰ぎ見ると、王子が目を細めてこちらに微笑みかけている。夕日を背に佇む姿はまるで血に飢えた魔物のように、妖艶な雰囲気を醸し出していた。私は顔が真っ赤になるのを悟られないように、そのまま教室を後にした。

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