第28話 黄昏の宴

「なんだか新鮮でしたわね、彼のあんな憂鬱そうな一面を垣間見るのは。」


「確かにそうだよね。いつも人気者で誰に対しても優しい王子様なのにね。」


 教室を後にして、私たちは中庭へと戻っていった。帰る道すがら、さっき会ったブラッドたちの横を通り過ぎると、ブラッドが背後から声をかけ来た。


「おいかれん。何か落としたぜ。」

 ブラッドが指さす先には何か紙切れみたいのが、転がり落ちていた、


「え、私? 紙切れなんて持っていた覚えないけど。」


「確かにお前の袖のあたりから落ちたぜ。もしかして吸血鬼野郎のラブレターなんじゃね。」ぎゃはは、とブラッドは下品に笑い飛ばした。


 私は仕方なくそれを拾った。万が一にでも、王子がこっそり私に手渡したものだとしたら、こんな人目のつくところに落としておいてはまずいと思ったからだ。


「そんなはずないでしょう。どうせごみだろうけど、拾っておいてあげますよ。」


 ほかの3人は気にも留めていないようだったから、私はそれをポケットに入れて後で確認することにした。


 午後の授業の最中、念のためこっそりとそのメモを確認すると、私は驚愕した。


中には

“今日の夕方18時、校庭裏の学校長石造で待っている”君の王子様より。


 思わず声を上げそうになってしまった。私は心臓が跳ね上がった。一体なんだろうと勘ぐったけれど、王子が何の意味もなく、こんな意味深なことをするはずがない。教室で王子に遭った時に、かれがこっそり私のドレスにそれを仕込んだんだとしたら、彼は何か理由があって私を呼びつけたに違いない。であれば、私がそれをすっぽかしてしまうのはかなりまずい。むしろ何があっても18時に校庭裏にたどり着かなければなるまい。



 私は、放課後ハロウィーンイベントで盛り上がっている大ホールをこっそり抜け出して、校庭裏へと急いだ。


 校庭裏の一角にひっそりと佇むようにして、この学園の創設者の姿をかたどった銅像が据えられている。そこから見える学校中の様々な施設を拝むようにして一人目を細めている中年の女性らしき人は、今はあたりに一つしかない外套の影に微かにその面影を映し出すばかりで、私には不気味な幽霊みたいに見えた。


「やっぱり来たんだ。」物陰から声が聞こえて目を凝らすと、そこにいたのは王子ではなく私を不気味にあざ笑うように佇む人影。


「ブラッド。なんであなたがここに?」嫌な予感がする。


「レインの奴が来ると思ったんだろう。奴に呼ばれたら、無視するわけにはいかないってか。本当に、いったいどういう関係なんだお前らは。」


 彼は笑っていた。彼のコスチュームは昼間のままだったから、乱暴に書きなぐったピエロの白粉と口紅が、映画の雰囲気そのものでことさら恐ろしく見える。


「もしかして、あなたが仕組んだことだったの。」


「そうさ。こうでもしないと君と二人きりで話すなんてできないだろう。」


「私に、一体何の用。」


「最初に言っただろう。俺が、あいつから引き離してやるって。

あれは君が思っているような、優しい王子様なんかじゃないんだ」


それは、既に知っている。思い知っている。

「だとしたらなんだっていうの。悪いけど、私は、彼のことを優しい王子様だなんて一度も思ったことはないわよ。」


「へえ、そうなんだ。奴に好き勝手にされていているくせに、満更でもないことか。」


「あなたには関係ないでしょう。」私はむっとした。


「でも、あいつだけはやめておけ、君を悲しませるだけだぞ。」


「だから、そんなんじゃないってば。」


「あいつに聞いてみたのか。本当のところ、君のことをどう思っているのか。って。」


「そんな必要ないもの。私と彼の間にはこれまでも、これからも何も起こらないから。」


 私は吐き捨てた。でも彼はそんな私の心を見透かしているようにあざ笑う。

「お前はあいつと一緒にはいられない。これはあいつの気まぐれだ、すぐに飽いてほかの女のところへ行くぞ。そしたら、悲しむのは君なのに。」


「それがあなたに何の関係があるっていうの。」


 平然を装っていたけど、うすうすわかっていたこと事実を改めて突き付けらると、内心傷つく。。私は、別に彼の気持ちまで求めたりはしない。そもそも今の状態もが普通じゃないんだし。今の生活だって、明日急に終わりが来るとも限らない。私が何もないと言い張る彼との関係には、保障なんて何もない。


「俺は君を悲しませたりしない。これ以上、君が悲しむ姿を見たくないんだ。」


 こんな時に何を言い出すのか、と呆れ返ったけど、目の前に迫ってきた彼の表情には苦悩がにじんでいた。かれはそのまま伸ばした両手で私の肩を引き寄せようとする。


「離して。こんなところに呼び出しておいて何をするつもりなの。」

私は憤慨した。なんて強引な奴だ。


「あなたは神咲君が気に食わないからって、ちょっかいを出しているだけでしょう。もう放っておいて。」


「俺は本気だ。絶対に、君を悲しませたりしない。」後ろから呼び止める声がしたけれど、かまわず私は走り出した。


 はあ、まったく。寄宿舎への道すがら、わしは重いため息をついた。どんどん事態がややこしくなっている気がする。当初の目的を思い出せ。私はこの学園生活を、ロリィタでいっぱいにするためにやってきたというのに。と、私は自分を奮い立たせたた。



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