第15話 日常編3
待ちに待った夏休みだ。
今日は一年で私が最も輝く日、照りつける燦々とした日差しの中を、私は猫脚ヒールのかかとを鳴らして歩いていた。今日は私のとっておきの日。戦場のような日々を過ごしていた自分へのご褒美なのだ。
ピンクのエナメルリボンパンプスにトーションレースの白いクルー丈ソックス。生足の膝から上にはドロワーズの裾が見え隠れ。その上に広げた傘のように覆いかぶさっているのは、フリルやレースが沢山施されたサックスブルーのジャンパースカ―ト。まるで絵本の中から飛び出してきたキャラクターのような風貌で、私は今大都会東京、表参道駅前を闊歩する。まだ午前中だというのに、すでに通りは多くの人が行き交いにぎやかだ。向かい側からすれ違う人の何人かは、私の姿を見るなりぎょっとして、道を開けるようにちょっと脇道に逸れていく。
ロリィタを来て巷を歩くにあたりこういう反応をされることは日常茶飯事だ。最初は周りの人からの刺すような視線や、すれ違いざまにぼそっと言われる中傷にビクついたりもしたけれど、それももう気にならない。個性を思いっきりに出して、自分自身を体現するこのお洋服は、コスプレやメイドと揶揄されるものとは異なる。これはれっきとしたファッションの一つ。
甘々で可愛らしい戦闘服に身を包むとき、私は社会や秩序に束縛されない普通から開放されて自由になれるんだ。それは見かけだけの事ではなく、内面もそうだ。周りに何を言われようともそれを貫く強さを持っている。
原宿で一番大きな交差点。その一角に、大きな円筒形のビルがそびえ立つ。原宿の中心的であるここは、行き交う人も車も皆派手で個性的だ。制服を来た中高生の若者たちのお目当ては、派手な色使いの雑貨や韓国コスメ、インスタ映えするスイーツたち。誰もここが古式ゆかしい明治神宮の参道のど真ん中だということなんて気づいていない。ここまで来ると、自分はもう後ろ指刺されるような目立つ存在ではようやくなくなる。ようやく実家に還ったような安心感で、私はビルの中へと足を踏み入れた。
今日の私のお目当ては、私の愛用するメゾンの待望の夏の新作。発売初日に完売必須な、大人気カーニバル柄シリーズの新作の発売日だ。これから行くお店のお洋服は、苺やさくらんぼなどのフルーツ柄や、ケーキやマカロンなどのお菓子柄、お城や風景などを模した風景柄、そしてユニコーンや猫、オリジナルキャラクターなどをプリントした動物柄など可愛らしいプリント柄を施した甘々なお洋服を展開している。
中でも回転木馬やユニコーンなど、パステルやグリッターラメカラーで豪華に着飾った馬をモチーフとしたシリーズは特に人気で、私のお気に入りでもある。そんな馬柄の待望の新作とあっては、せっかくの土曜日に早起きして精一杯におめかしして原宿に繰り出すくらいは朝飯前だ。
額と背中に汗を滲ませて灼熱ロードを歩いてきた私は、ここへ来てようやく安堵の息をついた。ただし、ここからが本番だ。私のお目当てのお洋服は、事前情報を見ただけでもかなりの争奪戦が予想されている。ロリィタはこう見えてまだまだニッチな分野だから、一度に発売する着数はあまり多くない。人気のシリーズともなると発売初日に完売してしまって、そのままもう二度とお目にかかれないこともありうるのだ。
目指すお店の前にはすでに二〇人ぐらいの行列ができていた。みんな一様にカラフルな装いに身を固めている。金髪やピンク撮った派手な髪色をツインテールにしたり、長い巻き髪のウイッグをかぶった後ろ姿が並ぶ。パステルイエローやサックス、ライラック、ミントグリーンなど、そのスカートの裾はどれも、ふわふわと宙に浮くバルーンのようにまんまるに膨らませて、その下から華奢な足がのぞいている。
苦労して早めに並んだかいあって、私はなんとかそのお洋服をゲットした。
花咲き誇る天空の庭を駆け巡る回転木馬(カルーセル)をモチーフとしたシリーズで、色はサックス、ラベンダー、ピンク、黒の4色展開ある。型はワンピースタイプとジャンパースカートタイプが2種類あって、私のお目当ては、チュールのペプラムがついたラベンダーのジャンパースカートだ。
よく聞かれるんだけど、どうしていち庶民の高校生の自分が一着3万円もするお洋服をこんな高いお洋服をポンポン買えるのかって___。
それは秘密。白鳥学園の七不思議、花園かれんの秘密なのだ。
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