第33話 クリスマスの夜2
学園の大ホールにはすでに多くの人が集まっていた。入学式以来に足を踏み入れたそこは、今日は照明を全開にして、中央には大きなシャンデリアが飾ってある。天井の淵には深紅の垂れ幕を飾り、まるでヨーロッパ貴族の宮殿のように煌びやかだった。
会場には大小さまざまな人がいて、生徒たちも親御さんらしき人も、戦災たちも、揃いもそろって高級そうなイブニングドレスか、燕尾服みたいなかっちりしたスーツに身を包んでいる。佇まいもみんなお金持ちそうで、生徒だけでなく大人たちも上層階級の交流をを深めようと余念がない。ちなみに私の両親は、こんな上流階級の夜会なんて縁がないからと、端から出席する予定はない。両親に私がワルツを踊っているところなんて、恥ずかしくて見せられないもの。
大ホールに入って、ICクラスと特待生が集う一角に近づくと、ブラッドがこちらに気づいて私を迎えた。彼は、シックなブルーグレーグレーのぴったりとしたスーツに身を包んでいた。ジャケットから覗くシャツの色は薄い葵色で彼の瞳の色とも私のドレスの色ともおんなじ。ピッカピカに磨き上げた靴に小物までさりげなく光っていて、完ぺきといわざるを得ない。
「かれん、とても綺麗だよ。」
彼は私を見つけると、彼は珍しく満足そうに目を細めて頷いた。
「どうも」
「さあどうぞ」ブラッドはそう言って私の方へ右手を差し出した。
開会の時間になった。まず学園長が壇上に表れて今年1年を振り返っての挨拶を行った。
続いて来賓のの諸役員方からの挨拶。それが終わると、各学年からの〇〇を披露する番になる。同学年内でも、普通科とIC/特待生クラスで何組かのグループに分かれていて、演奏する曲が異なる。1年生4グループの内、私たちIC/特待生クラスはその取りを飾る。
「もしかして緊張している。」
大ホールの脇で待機している間、ブラッドがいたずらぽく聞いた。
「別にそんなんじゃないけど、あなたに迷惑が掛かったら嫌だから。」
私はそっぽを向いた。
「心配するなよ。俺がリードするからさ。」
「信用できないんですけど。」私は口を開きかけたけど、彼はさらに続けた。
「今まで悪かったって、からかっていただけなんだ。」
ブラッドはいわくありげにウィンクした。
3グループ目のダンスは終盤に差し掛かり、いよいよ私たちの出番。緊張と期待感入り混じる思いで、私たちは大ホールの中央へと移動していった。1年生の取りということもあって、私たちは一層の拍手喝采で迎えられた。外国人生徒が珍しい親御さんたちは、彼らを少しでも近くで見ようと集まって、演目用に縁どられた線のぎりぎりに詰め寄った。
かくして、演目の火ぶたが切って落とされた。ICクラスと特待生というちぐはぐなペアで構成された私たちは、偏に練習の成果を発揮すべく互いに手を取り合った。
私は練習した通りに、ブラッドとのダンスを踊り始めた。流石に彼も今日は邪魔をしてくることはなかった。ただ曲のリズム合わせて私をリードしてくれている。
彼と踊っている間、私は一人王子のことを考えていた。最初に言った通り、今日のこのダンスに彼の姿はない。私を抱きとめて甘い言葉をささやいた彼は、それっきり私の前から姿を消した。あんな終わり方は納得できない。それに、ブラッドの言っていた、王子が私に隠しているという秘密もまだ、彼の口からはきいていない。それを彼の口からきくのはとても勇気が要った。でも、このままにしていたら、もう二度と彼とは一緒にいられなくなるんじゃないかと思ってしまう。
ふと、ホールの天井の淵に目を向けると、二階の観覧席の観覧席の一角に見覚えのある人影が佇んでいるのを見つけた。見紛うはずもない。それは王子だった。
今日はここからでもよく見えるシルバグレーのスーツに身を包んで、今日は自慢の栗色の髪も横に流してセットされたそれはシャンデリアに照らされて黄金に輝いているようだった。ついこの前私に顔をうずめたあの横顔は、ここからでもはっきりと見えて、どきりと心臓が高鳴った。かれは今、観覧席の縁に寄りかかって、物憂げに宙を眺めている。
私の白いうさぎ。追いかけても決して手の届かないうさぎ。一度は諦めて、彼との平凡な日常を守ろうと心に決めた。だけど、一歩踏み出さなければ、彼をこのまま逃したくないのであれば、このまま彼がもっと手の届かないところへ行ってしまう前に、伝えなければ。とそう思った。
その時、ワルツの曲がフィナーレを迎えて、私たちは、観客の拍手喝さいのもとへ立たされた。あちこちから歓声が上がり、鳴りやまない拍手を受けて私たちはしばらくその場にとどまって、思い思いに観客へ答えた。
「かれん、聞いてくれ、ここで君に伝えたいことがあるんだ。」
振り向くと、彼は不意に私の手を取ってその胸に握りしめると、その場で片膝をついて私を仰ぎ見た。
「ブラッドいったい何をしているの。」
動揺する私をよそに、事態に気が付いたほかの生徒たちも気が付いて私たちを間を開けるように引き下がった。
いつの間にか、拍手は止み、観衆は何事かと静まり返って様子を見守る。
「かれん、俺は君のことが好きだ。最初に遭った時からずっと。君が他に思う人がいようとも関係ない。どうか私の気持ちを受け取ってもらえないだろうか。」
そういって、彼は羨望の眼差しで片手を差し出した。
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