第7話 当面の目標は二つ

 全然分かっていないけれど、私なりに頭の中で整理する。

 私が髪を切ったことは、クリフトンさんやダリウスさんにとってあまり良くないこと。そしてシェリオさんもそう考えるだろう。内緒でなんとかしたいから、まずはダリウスさんを味方として引き込む。そんなところまでは察しがついた。

 やはりここはダリウスさんには味方になってもらうしかない。苦労体質で優しいならいける気がする。私はなるべく真摯に頭を下げた。


「お願いします、力になって下さい」

「ということだ、騎士ダリウス」


 クリフトンさんがいけしゃあしゃあと言葉を添えた。こちらは私と違って状況を把握しているだろうし、騎士と付けたのもきっとわざとだ。


「聞きたくないが、聞こうか」


 ようやく立ち上がったダリウスさんは、大きく息を吐いた。

 クリフトンさんが、状況をまとめるように言った。


「この髪では調律もなにもかも無理だ」

「確かにな」

「こちらとしては、お前以外の騎士連中、特にシェリオにはばれたくない」

「……だろうな」


 調律というのは、さっき私がクリフトンさんと聖石の話をした時にも出て来た言葉だ。

 私だって最初から髪を切るつもりだったわけではない。突然この国にやって来て、不安や苦労があって、仕方なく切ることにした。

 けれど頭を抱えている姿を見ると、なんだか申し訳なく思えてくる。

 私は短くなった髪の先をそっと引っ張ってみた。でもそんなことですぐに伸びるわけない。引っ張られて少し痛いだけだ。

 しばらく考え込んでいたダリウスさんが、さっと右手を上げた。


「はい、俺からひとつ提案がある」


 三人しかいないのだから、そんな風に発言の許可を得る必要はない。だがあえてダリウスさんはそうして私とクリフトンさんの気を引いた。


「最近、王都で話題になり始めている聖石がある、新作で貴重な加護細工だから、実物を見知っている者は多くない」

「どういう細工だ? 聞かない話だな」


 突然出てきた聖石の話に、クリフトンさんも目を瞬かせた。王都御用達の聖石師である彼が知らないなんて、怪しい品じゃあないのか。ダリウスさんは私にもよくわかるように、その聖石について詳しく説明してくれた。


「身に纏う目眩し加護のようなものだ、伸ばして見せることはさすがに無理だが、髪の色味を変えて見せられる」


 なるほど、つまり髪染め粉のようなものだ。そんな応用が効くものもあるなんて、聖石は思った以上に便利アイテムだ。聖石と呼ばれているけれど、なんだか電化製品と魔道具の中間くらいのものが多い。

 私とは対照的にクリフトンさんは眉を顰めている。


「聖石は国家としても重要な資源だぞ、それを軽々しく娯楽に使うなんて」

「使いこなすには加護の扱いが難しいからな。娯楽の域まではいかないさ」


 ダリウスさんは眉を寄せているクリフトンさんにもからりと笑って見せた。難しいという言葉に私は少し不安になる。この国の人でも扱いが難しいというその聖石を使って、一体どうしようというのか。


「髪の色を変えたくらいで、誤魔化せるでしょうか?」

「その髪の長さだったら、男か女かも曖昧だろう。シェリオ達には、俺とクリフで思い込みを誘導してやればなんとかなるものさ」

「そういうものですか」


 確かにこの街に来て髪を切ってからは、男か女かは曖昧にしている。そこにきて髪の色が変われば、見つかる確率はぐっと減るかもしれない。


「どうだクリフ、手に入るか?」

「おそらく数日中には可能だろう」


 今知ったばかりなのに、クリフトンさんはしっかりと頷いた。そんな珍しく貴重な聖石がすぐに手に入ると言えるなんて、クリフトンさんはいったいどういう立場の人なのだろう。王室御用達の聖石師といっても、全く謎だ。


「それを使って、あとは出たとこ勝負ということか」

「じゃあ、ひとまず話は終わりだ」


 ダリウスさんはそう宣言すると、大きく伸びをした。ただでさえ大柄な体がさらに大きく見えるけれど、優しい雰囲気があるから怖くはない。


「とりあえずしばらく、シェリオからは逃げるしかあるまい」

「髪がある程度伸びるころには、事態も変わっているだろうと思いたいからな」


 話はそこでまとまってしまった。傍で聞いていた私は当事者なのだが、半分くらいしか理解できていない。


「ああそうだ、大事なことを忘れていた」


 ダリウスさんは、そう言うと私へと向き直った。大事なこととは? 首を傾げていると、ダリウスさんはゆっくりした仕草で私の前に片膝をつき、恭しく礼をした。


「俺はダリウス・フィーゼン、第二師団に所属する騎士だ、どうぞよろしく」

「よろしくおねがいします。私は瑞樹遥華、ミズキ・ハルカです」


 シェリオさんに名乗った時、彼が上手く聞き取れなかったこと思い出し、今度はゆっくり繰り返して名乗った。

 今回はきちんと聞き取れたらしい。ダリウスさんはにっこりと笑ってもう一度、よろしくと言ってくれた。大きな体で騎士の制服を着ているけれど、優しい人みたいで安心する。


「ハルカか、そういえばシェリオがハルカって言っていたな」


 シェリオさんが名前を覚えてくれている。手配のために覚えているだけだろうけど、それでもなんだか嬉しい。


「はい、ハルカは名前です。ミズキというのが家の名前になります」

「なんだ、そっちが家名か」


 言葉の意図がわからなくて私は首を傾げた。ダリウスさんの言葉からして、この国は名前が先で苗字が後ろなのだろう。それに確かに私の氏名は、どちらも名前に聞こえるような響きだ。


「いいやこっちの話、肝心の名が聞き取れなかったってシェリオが、騒いでいたんだ」


 ダリウスさんはおかしそうに思い出し笑いをしている。名前が聞き取れなかったのは問題だろうな、手配をするにも名前がわかっているのとそうでないのとはだいぶ違う。


「それで、ハルカには当面の目標をふたつ提示したい」

「はい」


 クリフトンさんが改まって言った。私も背を正し見上げる。


「ひとつはシェリオに、空から落ちてきたハルカだということを察されないこと。もうひとつはそれを君の髪が伸びるまで隠し続けることだ」


 やっぱり重要な鍵は、切ってしまった髪らしい。でも結構ざっくり切ってしまったし、伸ばすといってもどのくらいかかるのかわからない。


「もし君が祖国に帰るとしても、髪が伸びることが必要だ」

「そうなんですか?」

「おいクリフ、それは」


 色々なことがありすぎて、帰る方法を調べることなんてすっかり忘れていた。というより空の亀裂から落ちているし、この国に飛べる道具なんてなさそうだしで、私も考えることを後回しにしていたのだ。

 それにしても髪が伸びるまで帰れないなんて、これからどうしたらいいだろう。提示された条件からして、もう髪を切って売るわけにもいかない。


「ハルカには加護の力の素質がある。王都の聖石工房でその力を活かせるように、職場を用意しよう。そのほうが君としても、部屋で静かに暮らすよりずっと有意義だ」

「はい! よろしくお願いします」


 手配を掛けている騎士に突き出されない。そのうえ仕事も貰える、という提示に私の表情はようやく明るくなった。

 しかしこれが結構大変なことだった。つまり私は上手く乗せられてしまったのだ。

 話が終わり、私は仕事場に案内してもらうことになった。その前に、もう一度だけ壁に覆われた大聖石に触れたい。


「少しだけ、時間を貰えますか?」

「構わない、待っていよう」


 大聖石に近付くと、私は額を押し付けて励ますように伝えた。


「だいじょうぶ、もうちょっとだけ、一緒に頑張ろうね」


 囁くように声を掛けると、大聖石はまた淡く光る。返ってくるその反応からして、この子はもうしばらく大丈夫だろう。それでも気は抜けない。王都の重要区の供給だけじゃない、この大聖石自体を守ってあげなくては。

 石なのに、どうしてそんな風に考えたのだろう。

 よくわからないまま私はもう一度、大聖石に向かって囁き掛けた。


「うん、私は一緒にいるよ」

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