第33話 君を何者にも奪われたくない

「来たか。こちらに来ると思っていたから待っていた」

「クリフトンさん! ダリウスさんも来ていたんですか」

「シェリオが止めるかと思っていたが、押し切ったようだな」


 クリフトンさんとダリウスさんは、すっかりお見通しでこちらに来ていた。

 私は苦笑を浮かべながら問題の大聖石を見上げる。

 聖石としての大きさはかなりで。西にあった水の大聖石と同じくらいだろう。あの石は綺麗なクリスタル形状をしていたが、これはどちらかというと炎のような形だ。


「確かに、加護の力が感じられませんね」

「光が消え、力が届かなくなったのはこの大聖石だけじゃない」

「もうひとつの大聖石も、ですよね?」


 タイミングが重なったことには、理由があるのだろう。見上げていた姿勢からちらりとクリフトンさんを見ると、その表情はかなり険しく曇っていた。


「それだけじゃない、騎士団の本部詰所と東の住宅街にある大聖石も、光が途絶えた」

「そんな! 一度に四つも?」

「どこの大聖石も状況は同じ、突然光が消え加護の力が引き出せなくなった」


 それは、困っているとかそういう次元の問題じゃない。

 他の人たちが話しているのを聞きながら、私は試しに大聖石へ触れてみた。ここの大聖石は火の加護を帯びているはずなのに、それがまったく感じられない。


「誰かが、なんらかの工作をしたと?」

「それはない。そんなことを行うなら、ミズキくらいの加護の力、もしくは神殿の大聖石が必要になる」

「かろうじて持ち堪えさせている、神殿の大聖石には無理だろう」


 三人に見られたが、心当たりがない私は首を振った。おそらくその頃の私は、シェリオさんと向かい合ってオムナポリタンもどきを頬張っていた。


「とにかく、回復するかどうか、いちど試してみますね」


 私の力が届けば、あとは時間がかかってもそれを四回繰り返せばいい。そう思って両手でぺたりと大聖石に触れた私に待ったが掛かった。


「待ってくれ、ミズキ」

「どうしました?」


 まず止めたのはシェリオさんだった。おそらく私のことを心配してくれたのだろう。しかし今回はシェリオさん以外も厳しい表情で私を見ている。


「大聖石に関しては、これから調査をする予定だ。ミズキにも加護の力は感じられない。今はそれがわかっただけで十分だ」

「え? でも試してみたら癒せて輝きが戻るかもしれませんし」

「そうだとしても、今回のことは異常だ、すぐに行動するのはよそう」


 クリフトンさんまでもが私を止めにかかった。

 上目でお願いするように見ても、誰一人やってみようとは言ってくれない。

 それでも私は大聖石の前で足を踏ん張って動こうとしなかった。


「ハルカ、一度深呼吸をして聖石から離れよう?」


 シェリオさんが優しく言いながら、手を差し伸べてくれる。

 そこはとても温かいだろう。心のときめきのまま飛び込んでしまえたら、それはどんなに甘美で良いか。でも私は動かなかった。

 子供のようにいやいやと首を振る。


「でも、でも……」


 どうしよう、今日の私は少しおかしい。淡い青紫をしたラクラの花が、人の心を抜き取るどころか、逆に増し溢れんばかりだ。花のせいにすることがそもそもおかしいのだけれど、きっとそうだ。

 気が付いたら、私は勝手に喋り出していた。


「でも、大聖石が輝かなきゃ、私がここにいる意味が、なくなっちゃう。だって私はそのためにここにいる聖女でしょう」


 それはきっと私が、心の奥底にしまいこんでいて、言うつもりのなかった弱音だ。ひとたび思いが口から出たことで、やっと自分のことがわかる。

 私はこの世界でずっと不安だった。

 靴音を鳴らしてシェリオさんが近付いてくるのが、瞳を覆う水の膜越しに見えた。咄嗟に下がろうと思ったけれど、後ろには大聖石があって行き場がない。


「そんな意味なら持つ必要はない」

「シェリオさん?」

「ハルカに理由が必要なら、俺のためにここにいてくれ」


 そう言うとシェリオさんは私を抱き寄せた。裏通りで優しく包んでくれた時とは違う。

 強く抱き寄せられ腕に力を込められる。


「あのっ!」

「……ずっと葛藤していた」


 青灰色の髪がくすぐるように首筋に触れ、吐息も僅かに感じられる。

 高鳴っていた胸は、シェリオさんの腕に包まれている間に落ち着き、トクントクンと心地よい鼓動を奏で始めた。

 彼の言葉の続きが知りたくて、私は僅かに身動きしながら声を出した。


「かっとう?」

「俺は聖石にさえも君を奪われたくなくて嫉妬している。俺だけが君に心焦がれていればいいのに、君が聖女ならそれは叶わない。そんなこと、騎士にあるまじき考えなのに」


 苦しそうに、それでいて優しいシェリオさんの声が心にまで響く。

 そんな熱烈な告白、ずるい。


「ハルカが聖女でなければいいと、そう考えていた」


 しっかりと抱きしめる腕は、とても温かく頼もしい。

 私が聖女でなければいい。それは私が回復した日にも言ってくれた。

 突然この国に来て、私は手に入れてしまったこの力に、いつの間にか拘っていたのかもしれない。


「ありがとうございます、シェリオさん」


 あんなに聖女推しなのに、それさえも自分で覆したいくらい想ってくれている。

 嬉しいって思っていいのかな。優しいしカッコいいし、初代聖女様の話をし始めると止まらないけれど、そんな時の彼はとても楽しそうだ。

 どうしよう、考え始めたらドキドキしてきた。

 しかもこんなところで抱き合って、みんなが見ているんじゃ!


「あのっ、もう大丈夫ですから!」


 私は慌てて声を出すと、自分とシェリオさんとの間に手を入れて突っ張るように彼を押し戻した。

 すぐに少し離れて距離ができたけれど、それでもまだ顔が近い。

 碧色の瞳が、こちらを心配そうに覗き込み、そして柔らかく笑みとなった。


「ああ、少し落ち着いた表情になった。ハルカはそのほうがいい」

「そのほうって、どのほうですかっ」


 表情どころか、顔は絶対真っ赤なのになに言っているのか。もうこれだからイケメンは。

 ブツブツ言っているうちに、そっと背中を押されてようやく私は大聖石の前から離れた。

 こほん、と咳払いが聞こえたけれど、私はすぐに顔を上げられなかった。クリフトンさんやダリウスさん始め、その場にいた人たちにはしっかり見られている。

 聖石への拘りからは抜け出せたけれど、頭の中はドキドキが残っている。

 俯いている私の視界に、黄色いふわふわとしたそれは自然に入り込んできた。

 腰にぶら下げている、推しのユズトくんぬいだ。

 いつも誰かがいる時には、なんの動きも見せないはずのユズトくんと私の目が合った。

 ような気がした。


「ユズトくん! 今こっち見たでしょう!」


 シェリオさんから手を離すと、ぬいを釣っていた紐を解き握りしめる。


「ハルカ?」


 唐突に突き離されたシェリオさんが、やや不満そうな表情を浮かべたが、それより先に問い詰めるのはこのぬいだ。一部始終を見ていた以上に聞きたいことがある。

 そうユズトくんなら、この大聖石の状態を知っているに違いない。


「他の人がいたって、今日は逃がさないからね! 聞きたいことがあるのよ!」

「いやあ、熱き抱擁であった。我は実に良き場所から見たぞ」


 またしれっと動かなくなると思いきや、ユズトくんは楽しそうな声で私を冷やかす。抱擁なんて言われ、私はまた赤くなってぎゅうっとユズトくんを握りしめた。


「痛い、苦しい、強い! ハルカお主はもっと丁重に我を扱えと言っておろう……」

「なによ、勝手にユズトくんの中に居ついているくせに」


 それでも少しは手を緩める。


「ハルカ、それは一体なにと会話をしているんだ?」

「よもや手の中にあるそれが喋っているわけではあるまい」

「ええとつまり、これはそのう……」


 シェリオさんとクリフトンさんに立て続けに尋ねられ、私は言葉に詰まった。

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