第34話 聞くまでもないことでしょう

 結局私もユズトくんが何者なのか知らない。ユズトくんぬいの中に入り込んでいるなにかという説明しかできないし、それで納得してもらえるとは思えない。


「我が何者か、というところはどうでもよかろう。この後のことを考えると、我も長く話をしてはいられぬ」

「それってどういうこと?」


 ユズトくんは私の手の中から抜け出ると、短い両手を広げてふわりと浮いた。その場にいる人たちを順番に眺め、それからまた話を始める。


「此度、主に異を唱えたのは火だ、土はそれに賛同した」

「ええとユズトくん、言っていることが全然わからないよ」

「ひょっとして、王都の大聖石の状況でしょうか?」


 雰囲気で只者じゃないと感じたのか、クリフトンさんも物腰丁寧だ。他の人は目を丸く見開いて状況を見ている。突然ぬいぐるみが動いて喋っているのだから、そうだろう。


「そうだ。光と水は直接ハルカに接触したこともありその意思は好意的だ」

「確かに、今回光が消えたのは、火と土の力を持つ聖石だ。しかしわからない、異を唱えたとはどういうことでしょうか?」


 クリフトンさんがユズトくんに尋ねた。なんとなく感じるが、ユズトくんとクリフトンさんの会話の相性は良いのだろう。私はわかるところだけ聞き、この場は二人に任せることに決めた。


「神殿の大聖石、そもそもあれが不調な理由は様々にある。それは突き詰めて行ってもすぐには解決しまい。調律を求めた大聖石は、聖女をこの世界に召喚した」

「私をこの世界に連れて来たのって、大聖石だったの!」


 そんな力があるなんて知らなかった。でもクリフトンさんも、私が日本に戻るには髪の長さが戻って大聖石が復活することが必要だと言っていたかも。

 ユズトくんがぬいの目を三角にして話を続ける。険しい顔のつもりらしい。ちっとも威厳はないが、かわいい。


「しかしこの国は、聖女の受け入れに失敗したな」

「そうです、経緯がどうであれ聖女様の力を失わせ、その御心を痛めさせてしまったのは我が国の失態です」

「それは私がっ!」

「ハルカ、話はクリフに任せよう」


 私は口を挟もうとしたけれど、シェリオさんに肩を掴まれて止められる。


「力を失ったハルカの策は、大聖石に国民の声を聞かせ、最終的な決断を大聖石に任せるというものだ。それに対してまず火が否と答え、その力を遮断した」


 今の説明は、なんとなく意味がわかった。大聖石にも属性や得意な加護があることは私も感じている。けれど……。


「そんな、投票式にするつもりはなかったのに」

「あの神殿にある大聖石はとりわけ大きく、様々な加護の力の集合体だ。答えを出そうとすれば、意見は割れる」

「ええ、そんなあ」


 そんなきっぱり意見が割れると言われても、ならどうすればいいのか。

 でもそう考えると、西の大聖石を救っておいたのはかなりのファインプレーだ。あの聖石が水の加護だったおかげで、水の印象は良くなった。商店街の大聖石はどちらかというと光の力が強かったから、そこだろう。というより逆にそんなに火に嫌われる理由がない。どうして否定されたのか。


「つまり現在、火と土が否決、光と水が可決ということか、他の加護はどういう考えなのでしょうか?」

「興味がない、というわけではないが、他はわざわざ答えを出す義理もないと」


 ユズトくんは、短いぬいの腕を器用に組んで、大げさに首を振った。

 大聖石にも、思いのようなものがあると感じていたけれど、そんな意見が割れたり興味あるなしを主張するくらいだったなんて思ってない。


「ねえユズトくん、ビシッと可決に一票くれる、強い加護っていないの?」

「うむ、まあつまりはそこだ、火は我に此度の責任を取れと訴えている。しかしのう、我は自然派だ、人は嫌いではないがなんというか絡むと面倒であろう」


 ユズトくんは途端に小声でブツブツと言い始めた。

 そういえば私が一番得意な、風の加護はどうなのだろう。私が得意なのだから、それなりに強い影響力も持っていそうだし、味方になってくれるかもしれない


「空から落ちるハルカに救いの風を与えたことだって、偶々であって……」

「クリフトンさん! 風の加護を帯びた大聖石って、どこにありますか!」


 私はまだなにか言っているユズトくんの声に被せるように、大きな声でクリフトンさんに尋ねた。そうだ、風の加護なら力になってくれるかもしれない。

 しかしクリフトンさんは、ゆっくりと首を横に振った。


「風の加護を持つ大聖石は、王都にはない」

「そんな……」

「確かに風はとても強い加護の力だが、そのために結晶に至るには長く難しい。風の加護を帯びて大聖石ほどの大きさになったものは、私も見たことがない」


 ないなんて……。そうなると風の加護は中立から動かないのか。投票制になったことは疑問だが、なんとかして可決を増やしたい。

 やはりこの火の加護を説得するしかない。大聖石を見上げていると、それまで黙って聞き手に徹していたシェリオさんが、おもむろに会話に入ってきた。


「俺からひとつ聞いていいか?」

「シェリオさん、なんでしょうか?」


 訊ねられたほうを向くと、彼は言うべきかどうか目線をくるりと動かしてから、私の手の中にあるユズトくんを見た。


「そのさっきから会話をしているものは、風の加護を司っているのではないか?」

「確かにそうですけど」

「ギクッ!」


 ユズトくんが大袈裟に呟いたのが聞こえて思わず手元のぬいぐるみを見た。

 確かに風の加護を帯びたものが、ユズトくんの周りでキラキラと光っている。

 私はようやく気が付いて大きく息を吸い込んだ。

 つまりユズトくんは、風の加護を司っている意志じゃないか。


「ユズトくん、あなた貴重な一票持っているわよね!」


 思わずユズトくんを握りしめてグラグラと振る。以前の時に学んでいるから、手の力は加減している。ここでまだ黙りになってしまったら困るのだ。

 ユズトくんは小さなフェルトの目をウロウロ彷徨わせてから、またブツブツ言う。

 もう、なんだかはっきりしないし焦ったい。

 やがてユズトくんは空中でクルクルと回った。そして周囲をフワリと飛び回ってから、私の目の前に戻ってきた。

 ぬいの目がまた三角になった。そんな表情でもやっぱり私の推しはかわいい。


「ならば此度のこと聖女に問う」

「なによ、改まって……」


 堅苦しい言いかたで喋られ、私は思わず尻込みしてしまう。シェリオさんは自分達がついていると仕草で示し、肩をそっと支えてくれた。


「この国は救うに値するか?」

「なんだ、そんなことか。大聖石だって、この国が好きだから私や過去の聖女を召喚してきたのよね。違う?」


 私は、大聖石にこの国を好きでいて欲しい。この国の人に大聖石のことをよく知ってもらいたい。それは火の加護である大聖石に対しても同じだし、この大聖石は今まではどの石より調子が良かった。それならば否決とはいうけれど、本気でこの国を捨てる気はないのだと、そう思う。


「その問いって、必要ない気がする」


 私は自然に笑っていた。

 クリフトンさんは、その場に片膝をついてユズトくんに礼をした。シェリオさんやダリウスさんなどもそれに続くように片膝をついた。

 ユズトくんが、腕をさっと振りかぶって言ってくれる。


「聖女よ、そしてこの国の者、失った調律に必要な加護の力、今回は我が補おう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る