第32話 デートは唐突に終わる

 涙の理由は私にもわからない。なにも聞かれなかったから特に説明もしない。

 ハンカチは洗ってアイロン掛けをして返してあげたいと思ったが、シェリオさんは受け取る気満々で手を差し出している。


「洗って返します」

「そんな大層なものじゃない」


 しばらく無言で意地を張り合ったが、結局私が勝ち、洗って返すことにした。

 花の前では感傷的になってしまうから、シェリオさんが次のプランを提案する。


「腹は空いていないか? この先に菓子や料理の店が出ているんだ」

「私もうおなかぺっこぺこです!」

「なら、商店街の通りに出て、何か食べよう」


 私とシェリオさんは再び並んで歩き始めた。商店街は、先ほど私がお菓子を配っていた時よりも落ち着いている。

 陽気にお酒を飲んでいる人たちもいて、並んで歩く私たちにも声が飛んできた。


「騎士サマは女連れかい? いいねえ」

「いや、男だろう? 異国の賓客の護衛……というわけでもなさそうだが」


 声に反応もせずシェリオさんは歩いていく。そういう声掛けに慣れているのか、聞いていないのかはいまいちわからない。

 シェリオさんが案内してくれたのは、ザ・異世界という感じの食堂だった。意外と普通の場所で少しがっかりした。もっとお祭りならここ! みたいな場所に案内してくれると思ったが、期待のハードルを上げ過ぎたのかもしれない。

 しかし連れてくるには、それなりの理由はあった。


「この間、ミズキに用意した食事はここの料理だ。俺も気に入っている」

「あの美味しかった焼きそばナポリタンのお店!」


 普通の食堂とか言ってごめんなさい。二人で店に入ると、すぐに二階のテラス席に通された。賑やかな商店街と、あちこちに咲いているラクラの花がとても綺麗だ。


「わあ、良い景色! こんな良い席に座っていいのかな?」

「騎士服だから、表から見えにくい場所へ押し込むのさ。狙い通りだったろう」

「ああ、なるほど」


 配慮なのか店の都合なのかはわからないが、納得した。

 でも、シェリオさんはそれを狙ってわざわざ騎士服なのではない。絶対違うと思う。

 料理に関しては、色々と気にはなるけれど今回もお任せする。この国の字は何故か読み書き出来るが、読めても料理名が分からない。

 そんなわけで、なにが出てくるのか期待して待つこと数分。温かそうな料理が運ばれて来て私は歓喜の声を上げた。


「まさかのオムライス! なんてこと! これ絶対美味しいやつだ!」

「どうやら注文の選択には、合格を貰えたようだな」


 卵は絶妙な焼き加減でとろりと掛かっていて、ソースのようなものが添えてある。

 カトラリーはやはり先割れスプーン一択だが、オムライスなら問題ない。


「ライスじゃない、これオムそばだ!」


 卵の中にあるそれをスプーンで掬った私は、また興奮して叫んだ。

 麺は、以前の焼きそばナポリタンの麺と少し違う。短い麺というかショートパスタというか、どこか独特だ。しかししっかりとした味付けによく合っている。


「お米は珍しいから、確かにオムライスは難しいか」

「この店は、王都でも風変わりと言われるが、逆にミズキに合っているようだ」


 ちなみにシェリオさんは、以前持って来てくれた焼きそばナポリタンを選んだらしい。

 オムそばは、焼きそばナポリタンと近い味付けで、卵との相性は抜群だ。


「このお店は風変わりですか?」

「そうだな、美味いから客は多いが、よく不思議な料理を出す」

「確かに、他の食堂ってもっと違うかも」


 他の食堂はソースも調理方法も、もっとシンプルだ。でもこの食堂はどこか懐かしくも感じられて、それでいてこの国らしさがあって好きだ。


「とても美味しいです。連れて来てくれてありがとうございます」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。こちらこそありがとう、ミズキ」


 私の心の中でシェリオさんはなんだか微妙な場所にいる。ただこうして二人で向かい合って食べることは、とても楽しい。シェリオさんがカッコいいからではなく、もっと別の暖かさがある。

 その答えを私は既に知っているようで知らない。

 満腹になって食堂を出たのに、私は条件反射でつい呟いた。


「やっぱり食後は、甘いものかな」

「そうくると思った」


 甘いものは別腹ってどこでも共通よね。少なくとも私の中ではそうだし、シェリオさんもそれを承知している。

 お祭りにちなんだお菓子を売る出店がまだ営業していると、そう教えられてさらに商店街を歩こうとした時だった。


「やっと見つけたよ、ミズキ、ここにいたのかい」

「カリナさん? どうかしましたか」


 駆け寄って来たカリナさんは、どうやら私を探していたらしい。


「ひょっとして、配っていたお菓子のことですか?」

「そうじゃない、職人街の親方があんたを探していたのさ」

「親方さんが私を?」


 仕事の関係で会ったことはあるが、心当たりはない。私が首を傾げていると、カリナさんは胸元に手を当てて呼吸を整えてから言った。


「職人街にある大聖石二つ、両方とも光が消えてしまってね。いま大騒ぎさ」

「なっ! 職人街の大聖石が? そんな馬鹿な!」


 隣にいたシェリオさんが、私より先に驚きの声を出した。職人街はその名の通りに工房や色んな職人さんが多く、商店街とは別の意味で聖石も普及している。

 私は、以前職人街のお客さんから聞いた話を思い出す。


「でも、職人街の大聖石って、専任の聖石師も何人かいて安定しているはずじゃ」

「だから大騒ぎなのさ。親方が神殿に相談に行ったら、ミズキなら大聖石を診られるって言われたらしくてね」


 私は思わずシェリオさんと顔を見合わせた。神殿の大聖石のことがあって、職人街でも聖石の扱いには普段以上に気を配っていただろう。それなのに。


「偶々居合わせた神殿の誰かが、ミズキの名を出したのかもしれないな」

「わかりました、私でよければ診ます」

「ちょっと待ってくれ、ミズキ」


 早速職人街に向かおうとする私をシェリオさんが止めた。振り向いて顔を上げると、とても厳しい表情で私を見ている。


「賛成はできない。一度クリフのところへ戻り、状況を相談しよう」

「でも、職人街の大聖石二つともなんて異常です。少し診るだけでも」

「しかし西の聖石や、神殿の大聖石の時だって、そうやって軽く言って無理をしたろう!」


 シェリオさんが声を荒げた。彼の言い分はわかる、けれどこのままにしてはおけない。

 結局、ちらっと眺めてちょっと触るだけだからと、私が強引に押し切った。

 職人街は商店街からそう離れていない。まず近いところに向かうことにする。


「よろしく頼むよ、ミズキ」


 そう言ってカリナさんはお店に戻って行った。

 シェリオさんはなんだか不満そうに付いてくる。心配でたまらないようだけど、あれから私は体調だって良いし、なにも問題ない。歩きも軽やかで、そんなにかからず職人街の大聖石まで辿り着いた。


「職人街の大聖石は、神殿になっているんですね」

「この聖石は火の加護が強いからな、単に熱を避けるために囲っているのさ」

「商店街は広場だったから、どこも同じだと思っていました」


 確かに神殿といっても周囲を囲ってあるだけで、見上げると空が見える。

 中はすでに人払いされていて、数人の聖石師と騎士がいるだけだった。

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