第31話 花祭りを一緒に過ごす
「ミズキが誰と祭りを楽しむのか、ひと目確かめようと思っていたが、そのミズキを探すのにこんなに掛かるとは思わなかった」
「誰とって……。これ配り終わったら、ひとりでぶらぶらする予定ですけれど」
なんだか二人の会話が食い違っている。あれ? もしかして私、気がつかないうちにシェリオさんの誘いを断った?
はっきり答えると、横を向いていた視線が戻ってくる。
シェリオさんにしっかり見つめられると、なんだかドキドキしてくる。今度は私のほうが視線を逸らしたい。
「以前、君からの食事の誘いを断っただろう。だから、今度は俺から誘いたかった」
「そうだったんですかー!」
もしかして護衛がなんとかって言い出しあの時か! 護衛と言われたから、それなら必要ないと答えた。あんな誘いかたじゃあ、一緒にお祭りを楽しもうと誘ってくれていたとは気付かない。
それならそう言ってくれれば良かったのに。そう思った私はぴたりと止まった。
聖女が心配で、護衛が必要だと考えるならわかる。しかしシェリオさんが私と一緒にお祭りの日を過ごしたいと誘う理由がわからない。
だってこれじゃまるでデートに誘われているみたいだ。
「で、デート! そそそんなこと!」
「どうしたミズキ?」
だいたいシェリオさんは今日も、いかにも騎士が巡回しています! といわんばかりの騎士服だ。プライベートなら出来れば私服で誘って欲しい。でももしかしたら、高校生などでたまにいる、とりあえず制服着ます系かもしれない。しかしイケメンなら、余程のことがない限り私服で失敗しないだろうに。
「でも、シェリオさんお仕事ですよね? 今だって巡回中じゃ……」
「今日は非番だ、巡回の義務はない」
だったらどうして制服を着ているのだろう。思わず騎士服の襟に付いている装飾を眺めていると、シェリオさんはようやく私の考えていることに気付いた。
「初めての花祭りを楽しむ聖女の護衛騎士には、憧れもある」
「はあ、なるほど」
つまり今日は、騎士のコスプレをしている騎士というわけですね。
私は聞き取られないように呟いた。私が無言になったのをどう勘違いしたのか、シェリオさんが咳払いをして言葉を添えた。
「ミズキ、一緒に祭りを見に行かないか? 俺は君を誘いたい」
「わかりました。おすすめを教えて下さいね」
聖女だからか、はたまた妹分くらいに思っているのか、デートと呼べるのかもわからない。それでも私はシェリオさんとお祭りを楽しむことにした。
私が頷き応じれば、嬉しそうに笑ってくれるから。
「ならば、俺も手伝おう」
「いいです! これは私が配りたいので」
「しかし……」
格好良いシェリオさんがそんなことしたら、女の子が並んでしまうに違いない。そんな光景は、想像するとなんだか面白くない。
お菓子だって残りはあと少しなので、そんなに時間はかからない。
配っていることをどこかで聞いてきたのか、話をしている間に数人の子供が遠巻きにこちらを見て待っているのが見える。
「おいで、お菓子をどうぞ」
「ありがとう!」
二、三人だと思っていたけれど、手招きするとかなりの人数がやって来て、残りの数はあと少しになった。そう時間も掛からず全てのお菓子を配ると、店の中にいるカリナさんに、休憩がてらお祭りを見に行くことを伝える。
「折角の花祭りだ、楽しんでおいで」
にこやかに送り出してくれたカリナさんにお礼を言うと、待っているはずのシェリオさんを探す。店からそう離れていないところに彼を見つけ声をかけた。
「お待たせしました、シェリオさん」
「かまわないさ。ん? 髪の色をいつもの色に戻したのか?」
服装は和装っぽいままだが、髪色は金に戻した。水色はさすがに悪目立ちしそうだし、コスプレっぽい。
「その仕立てなら、黒や濃い髪色が似合うと思うが」
じっと見てからそう言われ、私はびっくりして固まってしまった。
ずっと黒だったしそちらのほうが私も慣れている。しかし王都が思ったより落ち着いているとしても、今の状況で黒髪にするわけにはいかない。
「けれどそれは、気付かれると街が混乱するので」
「そうか、そうだったな。すまない」
「いいえ、そう言ってもらえて嬉しいです」
和装風にしたのは、単なる思い付きだ。けれどシェリオさんが黒髪に似合う、なんて言うからとても驚いた。
「特に希望がなければ、俺のおすすめを紹介するが、どうだ?」
「はい、シェリオさんのおすすめで」
待っている間、彼なりにプランを考えてくれたらしい。花の見所も含めて、全面的に彼に任せることにした。
商店街から路地を曲がり、少し歩いたその通りはラクラの花が綺麗に咲き誇っていた。
「うわあ! すごく綺麗!」
「そうだろう。数日前にも巡回で通ったが、花が咲けばここはとても綺麗だ」
ラクラの花びらが幻想的に舞っている光景は、日本の桜並木とは違う。ここは本当に異世界なのだと思ってしまう光景は、私の心のどこかに切なさも感じさせた。
「ラクラの花は祭りをするくらい見事に咲くが、長い時間眺めていると樹に心を抜き取られるという伝説がある」
舞っている青紫の花を眺めながら、シェリオさんがぽつりと呟いた。
「樹に心を抜き取られる? そのくらい綺麗な花ということでしょうか」
「さあ、どうだろう。この樹たちは、こうして裏通りでは見事に咲いている」
桜だって綺麗に咲くが、不穏な伝説が多い。名前といいやはり似ている面もある。確かに凛として綺麗な花だが、どこか怖さも感じる。
長く見ていると心を吸い取られる、そんな風に考える気持ちもわかる。
「ラクラの花が咲き終わると、しばらく涼しい日が続く」
「寒さを教えてくれる花か」
「なるほど、そういう考え方も出来るか。ミズキは、どこか不思議で温かい考えをする」
そう言ってシェリオさんは笑った。
二人で花を見ながらゆっくりと歩く。なるべく思い出さないようにと思っていたのに、満開の花を見ているからか、つい考えてしまう。この国に来た時はスマホも時計も持っていなかったから、日本の季節を知る術は私にはない。
「ミズキ? ミズキ!」
「え? は、はい! あ、あれ?」
繰り返し呼ばれていると気がついた時、私の目からは涙が溢れかけていた。
シェリオさんが心配そうにこちらを見ている。なにか言わなくてはと思うのに、言葉が出てこない。この世界でもそれなりに暮らせていたし、日本に戻りたいと強く意識したことはなかった。でも私は心のどこかで帰りたいだろうか。
自分でもわけがわからなくて、でもシェリオさんを心配させたくなくて、言葉を探す。
「なんか樹の影響を受けちゃったのかも、しれないです」
「ミズ、……ハルカ、無理をする必要はない」
シェリオさんはすっと腕を伸ばして私を抱き寄せた。まるで花から隠すように、優しく背中を撫でてくれる。抱きしめられているなんてドキドキするはずなのに、腕の中はとても温かで落ち着く。
「シェリオさん、私ね」
なにを言おうとしたのだろう。私は急に恥ずかしくなって、そっとシェリオさんの胸を押し戻した。
「なんでもないです、呼んでみただけ」
「ハルカ……」
誤魔化すように言うと、シェリオさんはそっとハンカチを差し出してくれた。
そのハンカチはいつから持っていたのか、少し皺になっている。カッコいい場面なのにいまいち決まらない。なんだかおかしくて、私は目元を指で拭いながら笑った。
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