第30話 騎士は諦めが悪い
この国の人は、なんというか逞しい。大聖石のことが知られれば街は大騒ぎになるという予想は、全く当たらなかった。街の人は積極的に神殿へ出向き、祈りを捧げている。街の人の想いが伝わっているのか、大聖石の光は消えていない。
聖石に頼る部分の多かった王都の人たちも、聖石の負担を軽くするように心掛けているらしい。私も工房で聖石の調整をしていると、よく質問されるようになった。
数日雨が降って、空が暗くなったけれど、それでも神殿に来る人の数は減らない。
すっかり朝の散歩ルートになった人や、王宮勤めで帰宅のついでに立ち寄る人など、毎日訪れる人も多くいる。
「ここまで成果が出るとは思わなかったと、みな感心している」
「王都にずっとある大聖石ですから、やっぱり王都の人が好きなんでしょう」
シェリオさんから世間話のような報告を聞く。あれからも私は、聖女の専属護衛騎士の話をはぐらかしている。けれど本人の希望なのかクリフトンさんが計らっているのか、警護の当番にシェリオさんが来る確率は高い。
律儀に立番で勤めを果たしているシェリオさんと話しながら、私はせっせと作業をしていた。仕事である聖石の調整ではなく、小さな包みをリボンで結んでいく。
「ところで、ミズキは一体なにをしているのかな?」
「お祭りの準備です」
「王都の花祭りのことか? もうそんな時季か」
依頼に来た人達から聞いたのだが、もうすぐ王都の花祭りという大きなお祭りがある。
この国では馴染みの深いラクラという樹が、あちこちで淡い青紫色の花を咲かせる。その景は、とても幻想的で綺麗だとか。
名前はなんとなく似ているけれど、色も花の様子も桜とは違う。まだ咲き始めの花を見ていると、なんだか日本の春を思い出した。それに明るい行事があるのは嬉しい。
「私も、故郷のお菓子を配ろうと思って」
「ミズキの故郷か?」
シェリオさんは私の言葉にぴくりと反応し、まだリボンを結んでいない包みへ手を伸ばそうとした。そんなことはお見通しなので、指が袋に届く前に声を掛ける。
「シェリオさんといえど、まだ見ちゃ駄目です」
「手厳しいな」
拗ねたような表情を浮かべ、沢山ある袋をそわそわと眺めている様子は子供みたいだ。
「花祭りは初めてだろう? その……、見て回るならば案内と警護は必要だな」
「え? そんな予定ないですし、必要ありませんけど」
「ミズキは、もう誰かと過ごす予定があるのか?」
憮然とした表情のシェリオさんに言われたけれど、私はよくわからなくて首を傾げた。
騎士が巡回してくれているおかげか、王都の治安は悪くない。むしろみんな気を付けているので、前より良いくらいだ。私だって騎士に付いてもらうほどじゃない。
そもそも私は加護の力が使えるので、いざとなれば走るか吹き飛ばすくらいはできる。
「誰かというか、まあ私だって色々と予定があります」
「そうか、先約があるのか」
当日は、カリナさんのお店の前でお菓子を配らせて貰えることになっている。場所を借りるのだから、もちろんカリナさんのお店の手伝いをするつもりだ。
お菓子と手伝いが一段落したら、お祭りを見て回りたいとは思うけれど、しっかり決めて行動するつもりもない。
良く言えば、その辺りも含めて当日の雰囲気を楽しみたいなと考えている。
「そうか、気が緩み、花祭りのことまで気が回らなかった俺の責だ」
「当日も騎士の巡回はありますし。そんなに気にしなくても、私なら平気です」
「……そうではない」
そうじゃないってどういうことだろう。私はリボンを結びながら、ふいっと視線を逸らすシェリオさんの横顔を眺めた。しかしいくら眺めても逸された瞳はこちらを向かない。
その理由に気がついたのは、お祭りの日になってからである。
花祭りの日、カリナさんの店の前で、私はリボンを結んだお菓子の袋を配っていた。
「お菓子を配っていまーす。これどうぞ!」
「お、おお、ありがとうよ」
シェリオさんに故郷の味と言ったが、中身はクッキーとお煎餅もどきだ。少しずつ沢山作ったので、目の前を通る人に片っ端から配っている。興味津々に貰いに来てくれる人以外も、遠巻きにしている人には声を掛けて呼び寄せて渡す。
「ボウズ、じゃなくて嬢ちゃんか、どっちだ?」
「可愛ければどっちだっていいさ、私にもひとつおくれよ」
「はーい、どうぞ」
その日、私はいつも金色にしていた髪を、綺麗に咲く花に合わせて薄い青色にした。
この世界の人は、日本人と違って様々な髪色をしているが、流石に水色や紫色なんて人はいない。その髪色に、着物のような袴のようなイメージの服を着た。裁縫は苦手なので、職人街の仕立て屋にデザインを持ち込んだ。初めて見るデザインだったのに、話を丁寧に聞いて作ってくれた服はかなり出来がいい。
ちなみに鏡の前に立った私の感想は、黒髪なら違和感はないが水色になると途端にコスプレ感がすさまじい。当たり前だ。
お洒落をしている人だって通るけれど、奇抜な格好をしている私は群を抜いている。
それでもお祭りの効果なのか、私はさらりと街の人に許容されている。
「もう一個くれねえか? ウチは子供が二人でね、これじゃ喧嘩になっちまう」
「はいじゃあ特別です」
「ありがとうよ」
「お菓子だけじゃなくて、お店にも寄っていって下さいね」
カリナさんのお店への呼び込みも忘れない。お菓子を二つ持ったおじさんは、笑顔で店の中に入って行った。
「かなり作ったけれど、この勢いだと全部配り終わっちゃいそう」
「お嬢さん、ひとつくれないか?」
「はーい、どうぞ…って、ひえっ!」
声のほうに笑顔で振り返った私は、思わず驚きの悲鳴をあげた。
立っていたのはシェリオさんだった。慄いた私に小さく息を吐いて目を細める。
「使っている聖石細工の効果は聞いたが、まさか色変えも可能だったのか」
「こ、こんにちは」
差し出していたお菓子を引っ込めようとしたが、それはしっかり取られた。
この色だったら、私とわからないかも。そう思っていたが、彼の目はそこまで甘くない。
「ミズキ、その使いかたクリフは承知しているのか?」
「よくわかりましたね、私だって」
「……流石に二度目だ、気が付くに決まっている」
シェリオさんはちらりとお菓子の包みと、それから腰に紐で結び下げている、ユズトくんぬいを見た。なるほど、私だと分かった決め手はそこらしい。
色々と明かされてしまった今なら、このくらいの使い道は許される、と思う。
クリフトンさんから髪の色についての注意は受けたことはないし、私が選んで金色の髪にしていた。そもそも短い黒髪を誤魔化すために変えているし。
「シェリオさんは巡回ですか?」
「ミズキを探していた」
「あー、工房に居ないし、行き先も言わなかったから」
どこにも居ないので心配で探していたのか。なんだか申し訳ない。無事ですアピールも兼ねて、袖をひらりと振って見せるとシェリオさんはふいと横を向いた。なんだろう、その反応は。てっきり異国の衣装を気にしてくれると思ったのに。
「断られたというのに、俺は諦めの悪い男だろう」
「え?」
シェリオさんを見ると、憮然とした表情が浮かんでいる。諦めとはなんのことだろう。
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