第29話 顔に聖女って書いてあるわけじゃないもの
まず向かったのは、商店街の外れにある聖女の像がある広場だ。あそこにあった大聖石は、商店街を支えているものだ。つい最近私もアグノラ様も診たばかりなので平気だとは思ったが、知っている聖石は気にしておきたい。
「この間、診たばかりだしここの聖石は落ち着いていますね」
「ここの大聖石が問題ないのなら、商店街も大丈夫だろう」
「王都にはこのタイプの大聖石もいくつかあるんですっけ?」
「確かにあるが、起き上がったばかりのミズキに、これ以上負担を強いるつもりはない」
確かに神殿の大聖石のことは過剰に負担をかけ過ぎて倒れたけれど、このサイズの大聖石ならそこまで負担にはならない。といっても簡単に信じてはもらえなさそうだ。
ふとシェリオさんの視線を追うと、やはり眺めていたのは聖女の像だった。大聖石の様子が気になったのは本当だが、それよりも疲れが溜まっているシェリオさんを、この場所に連れてきたかったというのもある。
像を眺めていたシェリオさんが、ゆっくりと喋り始めた。
「俺は、ずっと伝承や物語に出てくる聖女を慕っていた。その聖女を護り支える騎士に憧れ、そのようになりたいと思い過ごしてきた」
「そうですね、私もシェリオさんの話、たくさん聞きました」
悪い意味ではなく、聖女の話をするシェリオさんは本当に楽しそうで嬉しそうだった。熱く語っている様子は、本当に憧れているなと伝わってくるくらいだ。
「ただ、大聖石の前で倒れる君を見た瞬間、わからなくなったんだ」
「わからなくなった、ですか?」
「君が聖女でなければ良かったのにと、そう思ってしまった。どうして君が倒れる必要がある? 倒れた君のために祈ってくれる者はいるのだろうかと、色々な思いが過ぎった」
「……シェリオさん」
「あんなに聖女を求め、焦がれていたのに、俺はおかしいな」
そう言うとシェリオさんは、ふっと口元を僅かに持ち上げて笑った。自嘲なのか全然違う別の感情なのか、それは私にはよくわからない。
ただ、聖女を信じていたシェリオさんだからこそ、そんな風に心を痛めてくれている。それはとてもよくわかった。
「シェリオさんが、いつだったか言っていました。聖女だからじゃなく、その行動を見たみんなが聖女だと認めたって」
「確かに俺は常々そう考え、聖女を尊敬し慕っているが」
「だから、私もまだ聖女じゃないってことにしましょう!」
そうだ、いい思いつきだ。そうすればシェリオさんや他の人だって畏まらずにすむ。
別にこの国なんてどうなっていいと思っているわけじゃない。この国で暮らしていて不便なことも多かったけれど、楽しいこともたくさんあった。親切な人だっていたし、この国も悪くないなって思えたから、大聖石を救おうと思ったのだ。
「ミズキ、君は時々とんでもない発想をするな」
「だって別に私の顔に聖女って書いてあるわけじゃないもの」
「どれどれ?」
笑いながらシェリオさんが私の顔を覗き込んだ。彼の整った顔が目の前いっぱいに広がり、綺麗な碧色の瞳に吸い込まれそうになってしまう。急に近くなった距離に、私は笑っていたことも忘れて、息を吸い込みそして飲み込んだ。
心臓が高鳴る、今までだって整っていてかっこいいなとは思っていたが、それでもこんなに意識することなんてなかった。私一体どうしたんだろう。そう思ってぎゅっと手を握りしめている間に、彼の顔は離れていった。
今の距離は近かったと思ったのか、シェリオさんも照れているのがわかる。
「……少し調子に乗ったな、楽しくてつい」
「そ、そうですね、楽しかったですものね」
お互い変なところだけは強調して言い合うと、そのまま黙り込んでしまった。
今日の護衛にはシェリオさんを指定してしまったから、なにがあっても一緒に付いていてもらわなければならない。とっても嬉しいのに、気恥ずかしくて困る。
でも恥ずかしいから今後の護衛はシェリオさん以外で、なんて言えないし、なによりシェリオさんに護衛してもらいたい気持ちもある。護衛の騎士のこと本当にどうしようか。
「ミズキ、この後はどうする? なにか買い物があって商店街に来たのだろう」
「そうですね夕ご飯と、おやつ買おうかなって。そういえばシェリオさんは今日の夕ご飯はどうします? 一緒に、食べますか?」
さっきは交代でとっていますなんて言っていたけれど、交代っていつだろう。時間のことを深く考えずに、護衛はシェリオさんでと指定したが、いつまで付いていてくれるのだろうか。
シェリオさんはしばらく視線を彷徨わせてから、ようやく申し訳なさそうに言った。
「俺としては、ミズキと一緒に食事がしたいが、それは出来ない」
「……そうですか」
さっきの焼きそばナポリタンは美味しかったし、これを機に聖女所縁の夕ご飯を教えてもらうというのも楽しそうだと思ったのに。シェリオさんだって箸のことなど気になることも多いはず。
しかし彼も、報告や夜間に向けて巡回路の手配など、やることがあるらしい。
「すまない、また機会があれば、誘っても構わないだろうか」
「はい、わかりました」
私がしょんぼりしてしまっていると、とても優しく笑い、次は必ずこちらから誘わせてくれ、と言ってくれた。
食事をするのにいくつかのおすすめを教えてくれ、そしてなんとシェリオさんはお米のようなものが買えるお店を教えてくれた。どうやらそこは、異国の食材を扱っているお店で、そこの店主はシェリオさんの聖女推しの知り合いらしい。その人も聖女推しらしいが、こちらはとても怪しい感じのおじさんだった。シェリオさんと一緒に来た私に興味津々といった感じでちょっと怖かったので、買うときにはシェリオさんに付いて来てもらおうとこっそり思った。
お米は玄米っぽかったけれど、もうまさしくお米だ。国外からの流通品らしくかなり高かったが、お米に飢えていた私に買わないという選択肢はなかった。
「シェリオさん、どうしてもっと早く教えてくれなかったんですかー!」
「す、すまなかった。火の通し方が独特で、俺もなかなか食べこなせないものだから、勧められなかった」
「大丈夫です、うち炊飯器なかったんで!」
私は大学に通うために一人暮らしになり、電子レンジと炊飯器で迷った時に、電子レンジを選んだ。だからずっとお鍋でお米を炊いていたのだ。だから水加減だって火加減だって自信がある。おそらく玄米っぽいのを考慮して炊けば問題ない。
「楽しみだなあ」
「喜んでもらえて本当によかった」
お米が食べられるというだけで、もう笑顔がおさまらない。さっき工房を出て商店街に向かった時は、なんだか気まずくて微妙だった二人の空気は、笑う私のせいか優しい表情のシェリオさんのおかげか、とても温かだった。
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