第28話 どうして貴方の助けになれなかったのか

 ダリウスさんは、出掛ける準備をした私が工房の鍵を閉めるまでは一緒にいてくれた。その後はやはりクリフトンさんに報告があるらしく、行ってしまった。工房の鍵は閉めたけれど、一応別の騎士が見回りをしてくれるそうだ。そこまでする必要はないとは思ったのだけど、倒れて心配をかけてしまったので強く言えなかった。

 ちなみにユズトくんとはなにも話をしていないけれど、今日は鞄の中に入れてきた。お話したってしなくたって、これは私の推しでありお守りだから。


「さて、では行きましょうか」

「はい」


 シェリオさん本人は、聖女の護衛らしく振る舞っているつもりなのかもしれない。けれど急に言葉遣いを変えられた私の方は、どうも耳に馴染まない。まずはそこから突っ込むべきなのか、どうしたいいのか考えながら、私は商店街に向かう道を歩き始めた。


「あのう、ミズキ様」

「なんですか?」


 ミズキ様ときたか、それまでの言葉遣いからしてそうくるだろうとは思っていた。でもいざそう呼ばれると、なんだかとても距離が出来てしまったようで寂しい。それでも金色に変えている髪を揺らしてシェリオさんを見ると、彼は神殿のあるほうをちらりと眺めてから訪ねてきた。


「神殿に赴かなくてよろしいのでしょうか? その、大聖石の様子は」

「その必要はないです、さっきダリウスさんから報告は受けましたし、ここからでも微かに力を感じます。今日は人が多く訪れているから、力の循環がうまくいっている」


 だとしたら私が過剰に刺激しないほうがいい。聖女の力といっても、つまりは強い加護の力で強引に干渉するということだから。

 商店街に向かって軽快に歩き始めた私に、シェリオさんもそれ以上言わなかった。

 おそらくなにか考えを拗らせていて、言える立場じゃないなんて考えているのだ。

 私は歩きながらシェリオさんに向かって話しかけた。気になっていたことがあるのだ。


「大聖石の前で倒れた時、ハルカって呼んでくれたのはシェリオさんですよね」

「それは、その……。はい、つい咄嗟に声が出ていました」

「私の名前を覚えていてくれて、嬉しかったです」


 元いた日本にだって、名前で呼んでくれるような人はほとんどいなかった。けれどそれは私がずっと名乗っていた大事な名前だ。この世界に来たばかりのあの日、うまく聞き取れなかった名前をシェリオさんが覚えていてくれたことは、今思えば嬉しい。


「あの、その、ミズキ様の本当の名前を伺っても宜しいでしょうか」

「クリフトンさんから聞かなかったんですか?」


 さっきダリウスさんが言っていたややこしい騒ぎの中身はわからないけれど、シェリオさんも絡んだであろうことは間違いない。だったらおそらくハルカとミズキの関係も問いただそうとしたはずだ。そこの繋がりを把握したからこその、この言葉遣いだろう。


「貴方のことを、クリフから聞きたくなかった。だからその、彼から聞き出したのは、最低限のことのみでして……」

「なるほど、どっちも私の名前です。私ミズキ・ハルカという名前です」

「ミズキ・ハルカ……」

「私の国では、ミズキが家の名でハルカは私自身の名になります」


 今度はきちんと聞き取れるように、しっかりと発音して説明すると、シェリオさんは小さな声でもういちどハルカ、と繰り返した。たったそれだけなのに、なんだか心が温かくてくすぐったい。


「クリフから、貴方に関してひとつだけ指示を受けています」

「クリフトンさんからの指示? ひとつだけですか」


 私の護衛に関することだろうけれど、なんだろう、全く思い浮かばない。シェリオさんがちらりと私を見て唇を噛んでいる様子からして、彼はいまいちその指示に納得がいかないらしい。

 全然わからないなあ、そう思い歩きながら首を傾げていると、ようやく口を開いた。


「髪に関する追及は、誰も貴方にしてはならないと」

「なんだ、そのことですか」

「それに関しては、騎士の扱いとは別に全ての処理が済んでいるそうです。だから貴方にそれを蒸し返して追求することは、固く禁じられました」


 なるほど、なんとなくわかった。クリフトンさんは、シェリオさんとの間で一番話が拗れそうというかシェリオさんが騒ぎそうな話題を、一切禁じることで適当に回避したのだ。

 別にダリウスさんだって知っていることだし、話しても構わないと思うけれど。

 おそらく、髪を切った経緯が広くバレると、誰の問題かっていう話になるからだろう。


「つまりシェリオさんは、クリフトンさんの指示を破って私に髪のことを聞きたいって、そういうことでしょうか」

「っ! クリフが禁じるくらい、貴方にとって辛い経験だったのでしょう。わかっているのに、俺は……どうしてその時、貴方の助けになれなかったのかと、悔いています」


 うーん、これはクリフトンさんからもダリウスさんからも内緒にされて、なんか勝手に拗らせてしまったパターンなのでは? 実際は、辛い予感を勝手に回避しようとして、すっきり切ってしまったのだけど。そうなると騎士に手配されていたと誤解していた話もしなければならないし。確かになんか面倒だ。


「ええと、シェリオさんが思っているような辛い体験なんてないですよ」

「本当でしょうか? 俺には……、言いにくいのかもしれないが、騎士として受け止める覚悟もあるし、口だって閉ざせる。君の気が楽になるように使ってくれていいんだ」


 むしろ私が気楽に考えて過ぎていたから、今回の騒ぎになったのだが。

 これはシェリオさんなりの優しさだ、だから素直に気持ちだけ受け取っておこう。


「ありがとうございます、シェリオさん。その気持ちだけで嬉しいです」

「困ることがあれば、いつでも頼ってくれ」


 笑顔を浮かべてくれるシェリオさんは、やはり整った表情と相まってキラキラと輝いて見える。さっき勝手に拗らせていた悲壮感漂いそうな表情といい、美形騎士ずるい。

 彼の口調が以前の口調に戻っていたので、指摘ついでに頼んでおくことにした。


「シェリオさん、私からお願いがひとつあります」

「なんでも言ってくれ」

「さっきの畏まった喋り方は苦手なので、ずっとそのいつもの感じでいてください」

「あっ、それはその……、これはっ」


 気がついたシェリオさんがあたふたしたが、私は笑顔で念押しして応じさせた。

 シェリオさんの中での聖女の騎士とは! みたいな決まりごとがあるのかもしれないけれど、私はそんな聖女の枠に納まる気はない。

 話ながら歩いているうちに、私たちは商店街に着いてしまっていた。そのまま私は店が並ぶ通りを過ぎて、ある場所へと向かう。


「なんだか通りに人が少ないですね」

「今日は皆が、大聖石を見に神殿に行っているからな」


 歩きながら周囲を見回す。聖石の負担を減らすように工夫してくれているのだろう、商店も灯りの聖石などは間引かれている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る