第11話 似合いの人は聖女様だろうか

 それから気になったのは、像の近くで淡く光っている大聖石だ。


「あの大聖石は、この辺り一帯へ加護の力を伝えているものですよね?」

「そうだ、このあたりは商店が多いからな」

「少し見ておきたいです」


 そう言うと私はそっと大聖石に近付いた。少し高いところに設置してある聖石は、手を真っ直ぐに伸ばすとなんとか届き触れられた。


「やっぱり、この子もかなり疲れてしまっていますね」

「聖石の疲れが、わかるのか?」

「はい、なんとなくですがわかります」


 私は心の中で大聖石に囁きかけた。ゆっくりと加護の力が流れやすいように、応援するように届ける。

 大聖石は数回瞬き、そして元の淡く光っている状態に戻った。


「いったい、何をしたんだ?」

「少しだけ力を調整しました。あとやはり忙しくて無理しているみたいだったから、大丈夫だよって」


 にっこりと笑って報告すると、シェリオさんは目を瞬かせて私と大聖石を見比べた。

 じっとこちらを見るシェリオさんの視線がなんだか恥ずかしくて、もう一度ぐるりと周囲を見渡す。すると路地の向こうから綺麗な馬車がこちらへ入ってくるのが見えた。ここは少し広場になっており、近くの人々が歩いて来ることはあるが、馬車が通るような場所ではない。


「馬車が来る、なんだろう?」

「あれは、下がるんだ、ミズキ、馬車が止まる」


 シェリオさんに声を掛けられ慌てて数歩下がった。他に広場で思うままに過ごしていた人たちも、それぞれ下がって遠巻きに見る。

 馬車には護衛として剣を下げた騎士が数人付いていた。そのなかには見覚えのあるダリウスさんの姿もあった。彼が見つからないから、ハラハラしながらシェリオさんと出かけることになってしまったのに、こんなところで出会うとは思わなかった。


「ダリウス、巡回に出ているかと思ったら、まさかアグノラ嬢の護衛だったのか」

「なんだか、本当にシェリオさんがサボったみたい」


 聞こえないように小声で言ったつもりだったが、しっかり聞こえてしまったらしい。シェリオさんがむすっと口を尖らせるのが私にも見えた。シェリオさんだって騎士服なのだから、今からでも手を貸せばいいのに、そうはしない。そこはそれぞれの任務として、線引きされているようだ。

 停まった馬車の扉が開いて、従者が恭しく主人が降りる準備をする。ゆっくりと降りて来たのは栗色の長い髪が揺れる少女だった。


「綺麗な人が降りて来ましたけれど」

「アグノラ様だ。侯爵令嬢でもあり、王国のなかでも有数の加護の素質がある」


 従者と騎士を連れたアグノラ様は、馬車から降りてくると、広場に設置されている大聖石に近づいた。一体なにが起きるのか、人々も遠巻きに静かに眺めている。


「突然、失礼致します。みなさまの大切な大聖石を診させていただきますね」


 姿と同じく、鈴のような綺麗な声がはっきりと響く。

 アグノラ様は大聖石の目の前まで歩いていくと、ゆっくりと手を伸ばし石にそっと触れた。触れた瞬間、長い髪が加護の力をまとい輝き始めた。

 その時間は長かったようにも感じられたが、実際は一瞬だった。手を同じようにゆっくりと聖石から離すと、アグノラ様は人々や付いていた騎士にも聞こえるように言った。


「石に問題はありません。念のため、癒しの加護で整えました」

「ありがとうございます、アグノラ様」

「アグノラ様がいらして下さって、本当によかった」


 人々から感嘆の声が上がる。通りの向こうにいた人たちも出て来て、感謝の声を掛けている。どうやら王都の人々の間でも彼女は有名人らしい。

 思わず私は広場に設置されている聖女の像とアグノラ様を見比べた。ひょっとして、この方が今の聖女様なのだろうか。

 どれだけ凄い力を持っているのかは、まだよくわからない。しかし表しきれない説得力のようなものはあった。おそらくそれが、聖女様の力というものなのだ。

 人々からの感謝を受けていたアグノラ様が、見回した人垣越しにこちらを向いた。どうやら私たちに気が付いたらしい。ひらりとシェリオさんに向かって手を挙げると、人々が一歩下がった。


「こんにちは、シェリオ様、おつとめと伺っておりましたが、このような場所で会えるなんて、嬉しいですわ」

「はい、アグノラ様」


 なんだか映画を見ているみたい。私はぼんやりとそう思いながら、ゆっくりとこちらへ歩いてくるアグノラ様と、騎士らしく綺麗な礼をするシェリオさんを見ていた。

 ダリウスさんも気が付いているだろうが、やはりこの状況で挨拶などの無駄口はない。シェリオさんと一緒にいるのは私だとまだ気が付いていないのかもしれない。気が付けばもう少し反応がありそうだ。


「これからお屋敷まで戻りますが、シェリオ様が付いて下さったら、安心だわ」

「ありがたいお言葉です。しかし今は」


 シェリオさんが言葉を濁した。彼は私の付き添いでここに来ている。しかしそれももう終わるし、預けていた道具を引き取りに来たくらいだったから、クリフトンさんではないがそこまで多忙ではないだろう。

 ここで初めて、アグノラ様が私を見た。もちろん初めて会うわけだし、手配を避けて工房で働くだけの私が、令嬢でおそらく聖女のアグノラ様と話すような接点はない。

 しかしアグノラ様はじっと私を見つめている。引き結んだ口元は扇で隠れているが、視線と言いたいことは私にもなんとなく感じた。ここは引けと言っているのだろう。

 そう思ったから、私はシェリオさんに向かって言った。


「僕なら一人で帰れますから、シェリオさんはアグノラ様に付いてあげてください」

「そうか、工房まで送ってくれる者がいないか頼んでみよう、待っていてくれ」

「平気です、一人で帰れますから!」


 心配してくれているのはありがたいが、ここで私が下がらないとアグノラ様の視線はおさまらないだろう。それに正直なところ、一人で帰るほうがなにかあった時に加護の力が使いやすい。代わりにダリウスさんに送ってもらうように頼むことも考えたが、それもなんだかアグノラ様の視線が痛くなる予感しかしない。

 優しく柔らかな印象しかないのに、どうしてそう思うのか。頭の隅で考えながら、私は他の騎士と共にアグノラ様の馬車につくシェリオさんを見ていた。


「ではミズキ、寄り道はせずにまっすぐ帰ってくれよ、なにかあれば心配だしクリフにも申し訳が立たない」

「わかっています、今日はありがとうございました」


 シェリオさんは律儀にも、馬車が出る寸前にもういちど声を掛けてくれた。

 私はそんな一行が見えなくなるまで、その場に立って見送っていた。

 綺麗なドレスを着て、貴族の令嬢らしく振る舞ってみたいなどとは思っていない。けれどどうしてこんな風に寂しい気持ちになるのだろう。別行動になれば、バレる心配は減るというのに、いまいち喜べない自分がわからない。


「さて、私も帰らないと」


 私は持っていた荷物を抱え直し、歩き始めた。

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