第10話 騎士は推しの像を案内してくれる

 クリフトンさんは、パタンと音をさせて帳簿を閉じてしまう。やはりきちんと教えてくれるのかは怪しい。


「まったく、騎士が昼間から馬屋の灯りとは、呑気なものだ」

「クリフがダリウスと、こそこそしているからだろう」


 シェリオさんは腰に手を当てて息を吐くと、クリフトンさんをチラリと見た。私は澄ました顔で立っているが、内心では二人の会話にドキドキしている。


「だから様子を見に来たのか、察しのいい奴だ。見ての通り、まだ新人で教えることは多い。騎士は仕事に戻れ」


 クリフトンさんが手で払うようにして追い立てている。シェリオさんはそれに眉を寄せて目を細めてから、私の方を向いた。

 まだ帰らないの! 私もさすがに驚いてシェリオさんを見た。


「それで、君の名は?」

「えっ!」

「俺は第二師団の騎士、シェリオ・ブロームだ。先程は名乗りもせずにすまなかった」


 丁寧に名乗ってくれたのは嬉しいが、私は名乗る名前のことを考えていなかった。まさかミズキ・ハルカを名乗るわけにはいかない。


「ミズキだ。手が足りなかったところに、素質の高かった彼が、王都に興味があると聞いたんだ。そこで見習いとして来て貰うことになった」

「お前に聞いていない、クリフ」


 クリフトンさんが私の代わりにすらすらと答えると、シェリオさんはムッとした表情で見た。どうしてここで不穏な空気になるのか。

 私は割って入るように大きな声を出しながら、シェリオさんに挨拶をした。


「どうぞよろしくお願いします!」


 どうも疲れるし、こんな状況で髪が伸びるまでやれるのか自信がなくなりそうだ。


「困ったことがあれば、いつでも相談してくれ」


 シェリオさんはにこやかに笑い、おまけにウインクまでしてくれた。爽やかで頼り甲斐がある様子は、ドキドキと憧れる。ただ今の私はそれどころじゃない。

 しかもあろうことか、クリフトンさんは容赦なく次の試練を吹っかけてきた。


「そうだシェリオ、馬屋の灯りを気にするくらいなら暇なのだろう?」

「そうじゃない、ただ少し肩の力を抜けと言われただけだ」

「確かに根を詰めすぎには見えたな。そこで、ひとつ頼まれてくれないか」


 唐突に言われ、シェリオさんは眉をわずかに動かした。

 仕事の話なら聞かないほうがいいだろうか。そう思った私の耳に、クリフトンさんのとんでもない提案が聞こえてきた。


「ミズキが買い物に行きたがっているのだが、一人では俺も不安だ。商店街まで同行してやってほしい」

「ちょ、クリフトンさんっ」

「巡回も兼ねてということでいいなら、構わないが」

「えっ、えええー!」


 バレるなって言ったのに!

 私は慌てて身振り手振りで合図を送ったが、クリフトンさんは気にする素振りはないし、シェリオさんも首を傾げつつ了承してしまった。

 思わずクリフトンさんに近付き、シェリオさんに聞こえないように小声で詰め寄った。


「どうしてあんなこと! どうするんですか!」

「あの雰囲気だと、そうそう気がつくまい。ダリウスはつかまらなかったが、かといって君を一人にはしておけない」


 心配してくれるのはありがたいが、彼らは王国騎士だろう。騎士に買い物の護衛をさせるなんて、クリフトンさんはどうかしている。


「これが扉の鍵だ、出歩く時は戸締りをしっかりしなさい」

「わ、わかりました、行ってきます」


 クリフトンさんに差し出された鍵を、私は思わず素直に受け取ってしまった。買い物に行かないという選択肢はない。バレやしないかとドキドキしたまま、私はシェリオさんと並んで買い物に出かけることになった。

 詳しい身の上などを聞かれても、そこまで設定されていない。そんな風にドキドキしながら歩いていたが、シェリオさんは特に聞いてこなかった。

 それどころか、私がまだ王都に詳しくないことを知ると、地理や乗合馬車などについても丁寧に教えてくれた。店が多く立ち並ぶ商店街に差し掛かると、大きな食堂からは、なにかの焼けるいい匂いが漂ってくる。


「うわあ、いい匂いがする!」

「この食堂は、俺や同僚も立ち寄ったことがある。なかなか美味いぞ」


 そんな話をしながらシェリオさんと二人、並んで歩く。

 買い物をしたかった私が手に入れたのは、お茶と調味料だった。どちらも私の中では必需品だし、持ち帰りやすい。

 実はずっと調味料が足りないと思っていたのだ。聖石のおかげで料理はできたが、味付けがどうにも不満だった。それもようやく改善される。


「シェリオさんや騎士のかたも食堂に行ったりするんですか?」

「仕事終わりや非番に食事や飲みに行くことはある。俺達は第二師団だしな」

「第二師団、ですか?」


 シェリオさんもダリウスさんも確かにそう名乗った。つまり他にも団があるのだろう。首を傾げて見上げると、説明してくれる。


「第一、つまり近衛騎士は貴族の子息も多くエリートだ。そうなると軽々しくというわけにはいかないが、第二は王都やその近郊の守りが主な任務になる。多忙なぶん少しばかり身軽なのさ」

「騎士といっても色々あるんですね」


 騎士なんて、日本で暮らしていた私の中では馴染みがない。しかしこの国では花形で憧れなども持たれる立場なのだろう。


「まあ俺は、騎士の中では変わり者だ」

「変わり者? シェリオさんがですか?」


 真面目な様子はとてもそんな風には見えなくて、私は目を瞬かせる。

 するとシェリオさんは、こちらだと言って突然歩く道を変えた。少し歩きを早めて商店街を抜け、さらに進んでいく。


「あのうシェリオさん、どこへ行くんですか?」

「寄りたい場所があるんだ、良ければ君にも案内したい」


 商店街を抜けそのまま少し進むと、そこは広場になっていた。中央には水が流れ、おおきな聖石が設置されている。

 大聖石のそばに、ひとつの像が設置されていた。等身大より少し小さなその像は、石を抱えた長い髪の女性の像だった。


「これは、どなたの像ですか?」

「聖女の像、そう呼ばれている」

「これが、聖女様」


 像を見上げて私はやっと思い出した。そうだ、この人とびきり聖女推しだった。

 確かにあの熱い語りは、変わり者認定されそうな勢いがあった。しかも初対面で、推しの像に連れてくるあたり相当推しているのだろう。

 ちらりとシェリオさんを見上げると、彼は目を輝かせて像を見上げている。


「聖女は世界と加護の力に愛され、王国が永く栄えるよう奇跡をもたらす存在でね」


 あああ、始まってしまった。

 聖女の話に興味がないわけじゃない。拳を握り熱く語りたくなるくらい聖女が好きなのだろう。しかしそれ以上に、始まってしまったシェリオさんの聖女語りは熱く深すぎて、半分以上頭に入ってこない。こうなったらシェリオさんには好きなように語ってもらうことにして、私は像を見上げた。


「世界に愛され、奇跡をもたらす聖女様」


 聖女なんていうからには綺麗な女の人を想像する。シェリオさんは、そんな聖女様の護衛として傍にいたいのだろう。


「聖女の護衛は、代々第二師団から選ばれることになっている。だから俺はずっと、第二の騎士にこだわり続けている」

「シェリオさんが護ってくれるなら、聖女様も安心ですね」

「そうかな、ありがとうミズキ」


 私が笑顔を浮かべて伝えると、シェリオさんは嬉しそうに笑った。格好いいけれど、少し変わったところがある真面目な騎士、不思議なひとだ。

 それより、気になることがある。そんな凄い力を持っている聖女様は、今どうなさっているのだろう。神殿の大聖石は限界に近いように見えた。聖女なら、あの大聖石のことだって助けられるはず。

 ただ目を細めて聖女の像を眺めるシェリオさんに、そのことは訊けない気がした。

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