第9話 騎士との邂逅は突然に

「変わりましたか? これならどうでしょうか」

「悪くない、雰囲気もずいぶん変わる。これなら騎士も誤魔化し通せるだろう」


 私の髪は蜂蜜色のような金色になった。発動の時に少し調整をしたので、瞳の色も黒ではなく茶に変わって見えているはずだ。


「変えてしまえばあとはこの聖石を身に付けているだけで効果が現れる」


 そう言ってクリフトンさんが、ペンダントの鎖を出してくれた。鎖を付けて首から下げれば目立たないし、服の下にも隠せるだろう。


「なんだか、コスプレみたいで落ち着かないです」

「こすぷれ? よくわからないな。窮屈に感じるかもしれないが、慣れてくれ」


 それからクリフトンさんと、細かい設定の打ち合わせをした。見えかたによっては、女にも見えるが、少年に間違える者も多いだろう。その辺は曖昧にして、受け取りかたに任せることにした。


「男のふりをするならば、自分の呼びかたには気をつけろ」

「私じゃなくて、俺? 僕? うーんどちらかというと僕かな」


 ますますコスプレのボクっ子みたい。私はそう思いながら、口の中で僕、僕と繰り返した。口調は慣れるしかない。


「あのう、クリフトンさん」

「なんだ? 他に要望があれば聞く」


 要望というか、したいことがある。


「買い物に行きたいのですが、この姿なら外に出てもいいでしょうか」

「必要なものがあれば取り寄せるが、そうではないらしいな」


 ここ二日、外に出たかったけれど我慢していた。この工房で暮らすにしても、足りないものは色々ある。日本で暮らしていたようにといかないだろうが、気晴らしのためにも、お店を見て買い物がしたかった。騎士には十分気を付ける、それなら構わないだろうか。

 クリフトンさんは顎のあたりに指を置いてしばらく考えると、条件付きで許しを出した。


「ダリウスを呼ぶ。街に出るなら同行させるんだ」

「それはかまわないですが、ダリウスさんが一緒だと、シェリオさんに声を掛けられる確率は上がると思います」


 騎士、その中でもシェリオさんに見つかるなというのが、クリフトンさんとの約束だ。手配されている私としても、髪色まで変えたのに早々に捕まりたくない。

 風の加護もあるし、一人でサッと行ってきた方が身軽でいいと考えていたが、クリフトンさんも譲ってくれなかった。


「そうかもしれないが、慣れないうちは護衛につかせる」

「護衛っていうか見張りでしょう」


 私は聞こえないようにぼそぼそと呟いた。


「少し待っていろ、ダリウスを連れてくる」


 そう告げると、工房から出て行ってしまった。

 今のうちにこっそりと出かけてしまうことも考えないわけじゃないが、それをして後々怒られるのはかなり面倒そうだ。


「まさか毎回、呼ぶ気かなあ」


 たぶん慣れるまでだろうけれど、ダリウスさんだって騎士の仕事があるだろうし、なんだか申し訳ない。

 力を抜き、作業台にもたれ掛かっていると、しばらくして重い木の扉が開いた。クリフトンさんったら随分早く帰って来たなと思いながら扉のほうを見る。


「おかえりなさい、え?」


 開いた扉に向かって声をかけた私は、そこでピタリと止まった。

 扉から入ってきたのは、クリフトンさんでもダリウスさんでもなかったが、見覚えはあった。騎士服を着て青灰色の髪をしたその人は、碧色の瞳でこちらを見ている。


「初めまして、第二師団の者だが、聖石師はいるか?」

「あの、ええと……」


 扉を開けて入ってきたのは、あろうことかシェリオさんだった。私はすぐに動けずに、ぽかんとシェリオさんを見る。

 そんなことは気にしていないのか、シェリオさんはすぐに用件を切り出した。


「新任の聖石師が工房に入ったと聞いて来たんだ。先日、同僚の騎士が細工を預けたはずだが、状況を知らないか?」

「ええと、わた……僕がそうです!」


 どどどどうしよう! 混乱しつつも私は必死に頭を回転させて、シェリオさんに言葉を返す。初めましてと言われたということは、私のことに気が付いていない。髪色を変えた誤魔化しはしっかり効いている。

 首を縦に振って応じると、今度はシェリオさんのほうが驚きの表情を浮かべた。


「君が?」

「はい、クリフトンさんからここを任されています!」


 そう責任者はクリフトンさんで、なにかあったら彼宛にお願いする。悪いのはあくまで彼だ。そんな気持ちで私はシェリオさんに答えた。

 髪色が変わっているおかげでまったく気付かれていないようだが、背中を伝う汗は止まる気配がない。


「同僚が預けた道具はどうなっているかな。やはりないと不便でね」

「それならいくつか預かっていますが、どれでしょうか?」

「馬屋の灯りに使っていた物だが」


 作業台の端に置いていた道具をわかりやすいように並べると、シェリオさんはやって来て確認し始める。整った顔がすぐ近くまで迫り、男の人のわりには綺麗な睫毛がよく見える。胸のときめきと、バレないかという緊張で視線の置き場がない。

 それでも灯りと馬屋ならと心当たりを選び出した。


「灯り用の聖石だったら、これかな?」

「ああこれだ、この小さい物が二つ、間違いない」


 シェリオさんは頷き、小さな聖石の細工を確かめ始めた。


「小さくて加護も簡単だったので、直してあります」

「ありがとう、助かるよ」


 礼を言うと、シェリオさんはその二つまとめて引き寄せた。

 受け取りが終わっても、シェリオさんはまだそこに立ったままだった。無言の二人に微妙な時間が流れる。

 まだなにかあるのだろうか。私としては話していたいけれど、ボロも出したくない。お客様に店側からお帰りくださいとも言えない、複雑な状況だ。

 ようやくシェリオさんが、手に何かを持つ仕草をして首を傾げた。


「騎士扱いだから、受け取りのサインがいると思うが?」

「サイン?」


 そう言われて首を傾げた。そんなものが必要なのか知らない。ダリウスさんからは練習がてらと言われて預かっただけ。しかし考えてみれば、仕事として請け負うなら預かり帳などは必要だろう。

 普段はどうやって管理しているのだろう。しかしここでシェリオさんに聞くのもおかしな話だし、ここでこれ以上会話するのは、正体がバレそうで怖い。

 その時、静かに扉が開いた。銀の髪が見えたので、私は飛びつくように捲し立てた。


「丁度よかったクリフトンさん! 初めましての騎士さんが来ました! 僕は、受け取りのサインのことをまだ知りませんが、どうしたらいいでしょうか!」

「……ええと、まず状況を聞こう」


 私の早口と勢いに、さすがのクリフトンさんも面食らったらしい。またそっと入ってさり気なく声を掛けるつもりだったろう。だがそうはいかない。

 今の私はとても困っていて、非常に焦っている。

 シェリオさんが目を細めてクリフトンさんを見た。


「受け取りのサインだ、騎士扱いの依頼だろ」

「そうか、確かに管理の帳簿は必要だったな」

「おいクリフ、まさか修理だけさせて後回しにしていたのか」

「そうではない、急かすな」


 クリフトンさんは壁際の棚まで行くと、ノートのような物をひとつ取り出した。どうやら管理の帳簿自体は存在しているらしい。シェリオさんが確認しそこにサインを入れる。

 私はそれを注意深く見ていた。今度から自分がしなければならない。この調子だとクリフトンさんはなにをどこまで教えてくれるか怪しいし。

 見たところ、言葉と同じで文章も理解が出来る。日本語ではないが、書いてあることはわかるのだ。書けるかどうかまではわからないけれど。

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