第8話 仕事場である小さな聖石工房へ

 クリフトンさんが案内してくれたのは、三角の屋根をしたかわいい建物だった。白い壁に赤茶の屋根が印象的な建物は、まるで物語に出てくるおうちのようだ。見ているだけでなんだか楽しい気持ちになる。


「なんだか冷静そうなクリフトンさんとは、真逆のかわいいおうちですね」

「なにか言ったか?」

「いいえ、なんでもありません」


 重い木の扉を押し中に入ると、大きな作業台と道具が収められた棚、それから書棚が並んでいた。ここが聖石工房なのだろうか。奥には水の流れる台もあるし、さらに小さな階段があり、上って覗くとその上は寝室だった。


「少し狭いが我慢してくれ」

「いいえ、じゅうぶんです!」


 狭いと言ったけれど、日本人である私の感覚からしたらそうでもない。寝室にも必要そうなものは全て揃っているようで、暮らし心地はよさそうだ。


「この工房には、他の聖石師はいないんですか?」


 ひとしきり部屋の中を見て回ってから、気になったことを聞いてみた。こんな良さそうな場所を独り占めしていいとは思えないし、他に勤める聖石師がいるのなら挨拶をしておきたい。なにしろ私は、この国のことさえもまだぼんやりとしか把握していないのだ。

 クリフトンさんはゆっくりと首を振って答えた。


「ここは普段使っていなかった工房だ。だから客も多くは来ないし、君の居場所としては条件にうまく合う」

「そうですか、重要区の工房というから、てっきり忙しいのかと思いました」

「多忙になるかどうかは、君次第だろう」


 目を細めたクリフトンさんに言われ、ぴくりと肩を持ち上げた。さりげなくだが、とてもプレッシャーを掛けられた。


「ともかく、工房を開けるのは、例の髪色変えの聖石が手に入ってからだ。それまでは細工や王都のことに慣れてもらう必要がある」

「わかりました」


 クリフトンさんに向かって神妙な表情で頷く。冷静な視線を向けられると、どうも緊張してしまう。

 背中に力を入れて立っていると、重い木の扉がギイと音を立てて開いた。

 振り返って見ると、やって来たのはダリウスさんだった。なにかを抱えて入ってくると、コトンと音をさせてその持っていた物を作業台へと置いた。

 なんだろうと眺めると、どうやら聖石の嵌った道具のようなものらしい。


「丁度、工房に出そうと思っていたんだ。練習としてはいいだろう」


 道具には大小の聖石がそれぞれ嵌め込まれているが、どれも光がなく力が滞っている。これを直すのが、私の仕事というわけだ。

 実際の道具を置かれると、途端に緊張してくる。急に修理しろと言われてできるだろうか。練習としてなら、修理の納期は余裕を持ってくれるだろうけれど。


「ええと、また動くようにすればいいんですよね」

「最初だからな、失敗してもなんとかしよう」

「ありがとうございます。まずは簡単そうなの、は、と」


 まずは一番症状が楽そうな道具はどれだろうと、順に傾けたりひっくり返したりしていく。練習に持ってきてくれただけあって、どれも大した疲労ではないように見える。

 小型の道具そのものや、聖石と細工の部分だけを外して持ち込んだものなど聖石も少しずつだが特徴が違う。


「これならなんとかなりそうかな」


 急に聖石師の仕事をしてもらうと言われて、不安だったけれど、まずひとつ選んだ道具の聖石に触れる。


「うーん」

「やはりいきなりでは無理か」

「そうか、加護の力の流れが滞っていますね、原因はこの細工かな」


 手で細工の金具を締め直し、そして指で石を丁寧に撫でた。心の中で話しかけるような、そんな気持ちで力の流れを促す。すると聖石はすぐに淡く光り、道具が僅かに震えた。


「出来ました! まずひとつは動きましたけれど、これでどうでしょう?」


 私は顔を上げて、ダリウスさんとクリフトンさんを見た。出来たといってもなんとなくやってみただけだ。聖石は動いているが、それが手順として合っているかはわからない。

 しかし二人を見ると、驚きぽかんとした表情をしている。


「どうしました?」

「驚いた、筋がいいという段階じゃない」

「ここまで手際がいいと、聖石に関しては教えることはないな」


 難しいことをしたわけではないと思ったのだが、どうやら私はすんなりと二人から合格点を貰ってしまった。


「残りの物も急いでいないから、その調子で調整を頼む」

「わかりました、見ておきます」


 ダリウスさんの言葉にしっかりと頷くと、今日はこれで解散ということになった。当たり前だけど、クリフトンさんもダリウスさんもそれぞれ本来の仕事がある。


「髪色変えの聖石が手に入るまで、店は閉め、外出は控えるように。この工房にあるものは、全て自由に使って構わない」

「ちょっとのお買い物も、駄目ですか?」


 確かに奥の台所には食料も置いてあった。けれど市場くらいは自分で見に行きたい。そう思ってクリフトンさんを見上げて訴えたが、落ち着いた青の瞳は簡単には揺らがない。


「数日は我慢しろ、必要なものは手配するから言ってくれ」

「聖石絡みの仕事はいくらでもある、後で追加を持ってくるから退屈はしない」

「そういうことでは、なくてですね」


 二人に畳み掛けるように言われ、私は肩を落とした。しかしいつまでも文句は言っていられない。ダリウスさんだって手配人の私を庇っていることが、同じ騎士のシェリオさん達に見つかればどうなるかわからない。髪色を変えたぐらいで、果たして王国騎士の目を欺けるのか、まだ不安もある。

 数日は出られないのだったら、まずは物の位置を把握するためにお掃除でもしよう。

 私は前向きに考えて、もう一度工房内を見回した。

 数日掛かるといったって、手に入れるのは貴重な新作細工だ。それなりに日数は掛かるに違いない。そう思っていた私の元に細工を持ったクリフトンさんがやって来たのは、驚くことに翌々日だった。


 その日も私は工房内の掃除をしていた。昨日は寝室を整えたから、今日は台所と工房と決めている。自炊が出来ないわけじゃないけれど、火をくべる聖石が容易に扱えるようになっている自分の能力にはしみじみ感動した。工房の掃除といっても、床は掃けば終わりだし、工具などは使い方がわからないので、必要にならない限り迂闊に触れない。


「工具についても知りたいけど、クリフトンさんったら全然来ないしなあ」

「それはすまない、色々と立て込んでいるものでな」

「ひゃっ! もうっ、だから急に声掛けないでくださいよ!」


 重い木の扉はいつ開いたのかわからなかったが、振り返るとそこにはクリフトンさんが立っていた。


「そう言うな、髪色を変える聖石が手に入ったので持ってきた」

「もう用意できたんですか!」


 話題にもなっているが、新作だから珍しいと聞いていた。もっと時間が掛かると思ったのに、驚きの早さだ。

 クリフトンさんが取り出した聖石は、思ったより小さかった。装飾具としては少し大きいかもしれないが、ペンダントやブローチにもなりそうなサイズだ。


「この手の細工は、小型になるほど扱いは難しいのだが、運が良く一番小さい細工が手に入った」

「それって、扱いがすごく難しいってことですか」

「言うより試したほうが早いだろう、聖石に触れてみなさい」


 やたらハードルを上げられたけれど、クリフトンさんは、使えないものを用意するようなタイプじゃない。私は恐る恐るその聖石を引き寄せた。スイッチのようなものはついてない。そっと聖石に触れると、流れる加護の力は感じ取れる。


「うーん、どうやら力の加減で色の調整が出来そうです。もしかしたら瞳の色も変えて見せられるかもしれません」

「そこは力量によるのだろうな」


 何色にしようかな、イメージしやすいほうが力もすぐに定着するはず。迷った時は推し色だ。私は机の下に、外から見えないように置いてあるユズトくんぬいを思い浮かべた。

 ユズトくんは、あれ以来ずっと静かにしていて、動く気配もない。

 イメージを乗せて聖石に触れると、しばらくして纏うように効果は現れた。

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