第24話 寂しい大聖石に声を

 クリフトンさんはしばらく考えていたけれど、光が消えて静まり返っている大聖石を見上げ、ようやく応じてくれた。


「わかったと伝えてくれ。聖女ハルカの準備が出来次第、謁見を願うと」

「承知いたしました」


 近衛騎士さんは、深く礼をするとまた扉から戻っていった。なんと私は急に王様に会うなんてことになってしまった。もちろん、大丈夫だろうかと不安はある。

 なんとなく視線に気がついて、私はそっと自分の格好を見た。西の大聖石に行ったままの服装なので、少年のような目立たない軽装に、上着を着ているだけだ。しかもその上着は一度ずぶ濡れになって乾かしているので、すっかりごわごわだ。

 どう見たって、王様に会える格好じゃない、視線の意味はわかる。


「さすがにそのままの格好というわけにはいくまい」

「確かにそうですが、でも私、王様に会えるような着替えなんて持ってないです」

「それならば、私がすぐに用意しましょう。王宮内で部屋と侍女をお借しください」

「わかった、すぐに手配しよう」


 アグノラ様が服を用意してくれることになった。でもどうしよう、突然アグノラ様みたいな綺麗なドレスを用意されて着ろと言われても、そんな服は着こなせない。

 会いたいと答えたのは私なのに、慌ただしく準備が始まると途端に怖くなってきた。

 おろおろしていると、なんだかやる気になっているアグノラ様にがっしりと腕を掴まれてしまった。侯爵令嬢でもあるアグノラ様は、王様に会ったこともあるのだろうか。ぼんやりと思いながら、私はもうすっかりされるがままになった。

 ドレスやコルセットを用意されたって困る。そう思っていた私にアグノラ様が用意してくれた服は、彼女のドレスとは違っていた。

 その服はどちらかというと、絹のような生地をワンピースに仕立てた服だった。しかしデザインはワンピースだけど、さらりとしていてとても着心地が良く、裾などに細かい刺繍が入っていてとても綺麗だった。

 これは、借り物だろうし絶対汚せない。ミートソースやカレーを食べたら怒られる服だ。

 着替えながら聞いたところによると、かつての聖女様が着ていた服を、色々な人が改変していった集大成らしい。なんにしても動きやすそうな服で本当によかった。

 アグノラ様が付いていてくれたのは、この着替えまでだった。そこから私は、騎士に案内されて王様に会うために、王宮内にある謁見の間に向かっている。

 私を先導している騎士はみんな、先程伝言に来た騎士と同じ色の服を着ている。それまで護ってくれていた、第二師団の騎士服ではない。急に知らないところに来てしまったようだったが、決めたのは私だ。


「心細くても、きちんと話をするって決めたんだから」

「こちらが、謁見の間です」

「は、はい」


 案内された大きな扉の前で、私はまず大きく呼吸した。

 王様に、わかってもらえるだろうか。不安はあるけれど、あの大聖石や王都の人たちのためにも出来ることはまず話すことだ。

 そう心に決めると、私は騎士の人たちに扉を開けてくれるよう視線を向けた。


「リヴァン・アリオンだ。この国の王をしている」

「初めまして、ミズキ・ハルカです」


 王座の間に座っていたそのかたは、銀の髪に青い瞳をした、かっこいいおじさまという感じの人だった。王様という言葉から、厳格な人からおじいさんまで各種想像していたけれど、とても想像しきれない雰囲気をした方だ。そこまで高齢ではないし、おじさまなんて呼ぶべきじゃないくらいにも見える。それにしてもこの髪と瞳、どこかで見た組み合わせの色だ。でも今は、そこは考えないほうがいい。

 怖そうな感じもしないし、これならきちんと話ができるかもしれない。そう思って私がほっとしていると、王様はまずおっしゃった。


「私は王として君に謝罪をするわけにはいかない。だから君もどうか、詫びることはせず、胸を張っていて欲しい。今回の件に関して、異国から来た君は被害者だ」


 いいね、そう念押しするように言われて私はぴんと背を正した。

 低く響く声は、一言ずつ全てに重みがある。


「君の状況は、既に報告を受けているし、神殿の大聖石の状況も知っている」

「はい、そのことに関して、私から王様にお願いがあり、ここに来ました」


 相手は国王様だったけれど、状況を知っていると言った通り、どうやら挨拶や謁見の礼儀などは私に合わせてくれた。わかりやすいように、単刀直入に話を始めてくれたからとてもありがたい。


「その願いというのを聞こう。我が国はなにをすればいい」

「ええと、聖石に声を伝えたいです」

「聖女としての君の声を?」


 王様は少し考えてから私に聞き返した。声を聞かせたいと伝えれば、きっとそう返されると思っていた。しかし私はすぐに首を振った。


「そうではありません。私の声を伝えるには、やはり加護の力がもっと必要です」


 私の髪と瞳は、王様に謁見する直前にペンダントの聖石をコントロールして黒に戻しているが、長さはショートボブのままだ。今の私に力が足りていないのは、さっきも試したからはっきりわかっている。


「そうではなく、王都で暮らしている国民の声を、大聖石に伝えます」

「国民の声? というと具体的にはどうする」

「神殿は、大聖石の力が弱まってからずっと閉ざしています。それを王都民に開放してください。だれでも、いつでも大聖石に会えるようにして欲しいんです」


 私がそう言った途端、周囲で静かに見守っていた人たちがざわめいた。異世界で王宮なら、控えているのは宰相とか大臣とか、近衛騎士だろう。私の考えを聞いてみんな動揺している。


「なんということを」

「そんなことをすれば、不安になった王都民の間で、混乱や暴動が起きる可能性だってある。それを避けるために、こうして」


 王様と私の対話だから黙っていたが、口を挟まずにはいられなかったのだろう。

 でもそんなことは私もわかっている。騒めいた人のほうなど気にしないまま、真っ直ぐに王様だけを見てお願いをした。


「ですから、私はこうして王様にお願いしています。王都で聖石を使う人達は、ほんの少しなりと加護の力を持っています」


 ひとりひとりはその力も大きくないかもしれない。でも毎日沢山の人が大聖石のところに行って願ったら、それはかなりの力になる。あの大聖石は、本来そうして少しずつ力を循環させているものだ。


「あの寂しい場所は、今の大聖石にとっては逆効果です。願いや怒りと不安、そして心配などでも構わない。聖石の声が聞ける人は王都には多くないのかもしれません。でも逆に大聖石は、王都の人たちをずっと見ていたし、もっと声を聞きたがっている」

「そのために、まずは誰より私の声が必要だと、示して見せろということか」

「王都民の気持ちを落ち着かせる為に必要なのは、なにより王様や、騎士やみなさんの協力が必要になります」


 アイスブルーの瞳はじっと此方を見ていたけれど、私は視線を逸らさなかった。


「寂しい場所か……」


 それは小さな声だった。あの綺麗で荘厳な神殿を見たら、否定される意見なのかもしれない。しかし王様はその言葉を呟いたきり考え込んでしまった。

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