第25話 聖女のすべきこと

 王様にはどれくらい加護の力があって、大聖石の声が聞こえているのかはわからない。今日思いついた私の作戦だって、どこまで成功するかもわからない。

 しかし、しばらく考えていた王様は、大きく頷いてくれた。


「わかった。国民へは私から説明しよう。神殿も早急に、王都民が誰でも拝礼が可能になるように手配をする」

「陛下! それはっ」


 周囲の人は慌てたけれど、王様はそれにちらりと視線を送っただけで黙らせてしまった。


「言ったはずだ。この国の王として、すべきことをすると」


 思ったよりすんなりと、私の話を聞いてもらえたので、とても安心した。でも大変なのはこれからだ。神殿を開放する手配や、王様の声というのがどういう形でされるかはわからない。けれどまずそれをするには、私も準備をしなければならない。


「では私も、私のするべきことをします」

「というと?」

「あの大聖石に、みんなの声が聞こえやすくなるように加護の力を与えます。再起動、つまりすぐに調律することは難しいですが、そこまでなら私にさせて下さい」


 それで大聖石が回復するのか、私の髪が伸びるまで持ち堪えるのか、それはやってみないとわからない。でもこのままなにもしないより、確実に効果はある。

 まだなにか言いたそうな人はいたけれど、王様が承知して決めたことなので、この場で反論されることはなかった。あとはそちらで相談して決めてもらうしかない。


「聖女殿、大聖石のことを皆に知らせれば、国民からは聖女を求めすがる声も起きよう」

「はい、そうかもしれません」

「そうなれば、貴方にも護衛が必要になる。優秀な騎士を数名、貴方に付けるつもりだ」


 王様に言われて、私は思わず返答に困った。

 頭の中に聖女像を見上げるシェリオさんの表情が浮かんだ。聖女の護衛をしたい。そう言ったシェリオさんに、私は本当のことをまだ言えずにいる。髪を切ってしまった私は、彼の想いを裏切ってしまったかもしれない。

 それでもきちんと話をして、彼がどう想うか、私を護ってくれるのかを確かめなければならない。


「そのお話、少し待ってもらえますか?」


 王様がどこまで事情をしっているのかはわからないけれど、私が言葉を濁すと、なにも聞かずに頷いてくれた。


「わかった。決まるまでは仮の者を手配するが、いいね」

「ありがとうございます」


 丁寧に王様にお礼を言う。もちろんお礼は日本式だけれど、おそらく十分伝わった。


「こちらこそ、よろしく頼む」


 王様も同じように言って、そして笑顔を浮かべてくれた。自信に満ちたその表情は揺るがない。王様と私の初めての対話は、必要なことだけを話してあっという間に終わった。

 伝えたいことはかなり話せたし、きちんと話も聞いてくれた。あとはお任せするしかない。謁見の間を出たところで、深呼吸が出来たらようやく安心した。

 髪と瞳はまたすぐに金に戻した。もう色んな人にバレているけれど、念のためそうしておいた方がいいと思った。

 また同じように近衛騎士に護衛されて、謁見の間を出て神殿に戻る。

 王様と話していた間に、陽は落ちたので窓から見る景色はすっかり夜だ。大聖石の力が足りていないからか、やはり王宮も薄暗い。


「戻ったかミズキ、王と話は出来たようだな」

「はい、伝えたいことはだいたい話せました」


 神殿には、クリフトンさんやダリウスさん、それからアグノラ様もまだ帰らずに残ってくれている。私は、王様にした話をもう一度クリフトンさんやアグノラ様に話した。


「この神殿を民衆に開放して、加護の力を循環させる、か」

「確かに今のミズキさん一人で負担を背負うより、効果はあるかもしれません」


 ですが、とアグノラ様は心配そうに大聖石を見上げた。


「確かに大聖石のことを案じ、回復を願う民衆は多いでしょう。しかし人の中には疲労の蓄積した聖石を責め、心ない言葉を掛ける者もいます」


 そんな声を大聖石が聞いてしまった時には、逆効果になるのではないかということだ。

 加護の力がよく感知出来るアグノラ様の意見はとてもよくわかる。


「それだって、これからのみんなと聖石には必要かもしれません」

「これからの我々と聖石か……」


 私の言葉に、その場はしいんと静まり返った。私に出来ることは、王様と約束したように、準備は進めるだけだ。

 謁見のために用意してもらったワンピースは、着心地もいいから着替えは後にした。この服はこのままもらっていいのだろうか。せこいかもしれないが、裁縫が一切できないので服を仕立てて貰うのも結構掛かる。後でアグノラ様に交渉しよう。

 靴は脱いだ、なんとなくだけど、裸足のほうがやりやすい。

 そして西に行くのに持っていた鞄を開け、一番奥にしまい込んでいたユズトくんぬいを出してそっと床に置く。アグノラ様がそのぬいぐるみを覗き込んで私に尋ねた。


「それはなんでしょうか? ミズキさん」

「私の元気の元です」


 普段は推しという言葉で言い表しているし、今は中身は違うけれど、この子は唯一日本から一緒に来てくれた。アグノラ様にわかりやすく言うならなんと呼ぶべきだろう。


「大切にしている、お守りかな」


 髪はどうしようと思ったけれど、少し悩んでこのままやることにした。ユズトくんは聖石を絶対外すなと言っていたから、たぶんそのほうがいい。


「みなさん、少し下がっていて下さい」

「ミズキ様、どうかご無理はなさらずに」


 神殿には、まだ神官や聖石師の人も残ってくれている。さっきよりは人が少なくなっているけれど、みんななにか出来ることをしたいと、残ってくれているのだ。

 まず片手で聖石に触れ、集中する。手から力を流すようなイメージを膨らませるけれど、反応はない。


「やっぱり聖石も力を使い果たしているからうまくいかないか」


 静まり返っている大聖石に、今度は両手を当ててみる。片方から流した力を大聖石の中に巡らせて、もう片方の手でそれを調節するような感覚だ。

 なにも答えてくれない大聖石に、必死に呼びかけた。


「お願い、大聖石、少しでいいから」


 どうかお願い、私の声に答えて! 全力じゃなくていいの、ほんのちょっとでいい、なによりあなたを護るための力を……。

 祈り続けたのか、それとも一瞬だったのか、それはもうよくわからない。


「やった! 聖石が輝いた!」

「やりましたわ、ミズキさん!」


 くすんだ色だった大聖石が、ほんのわずかに明るくなった。かつての眩しい光ではないけれど、もう一度だけ、大聖石自身と私たちに機会をくれた。そんな気がした。

 やりました! 振り返って笑顔で答えようとしたけれど、出来なかった。

 目の前が暗くなっていく。なんだろう、力が抜けて立っていられない。


「ミズキさん!」

「ハルカ!」


 ああもう、ハルカって呼んだのは誰? 一応隠しているから気をつけてって、そういうことになっていたでしょう。でもそんな風に呼んでくれるなんて、温かくて嬉しい。

 ぼんやりとそう思った私の身体は、石のように重たくぐらりと傾いた。

 このまま倒れたら痛いかな。そう思ったけれど、意識はどんどん暗く沈んでいく。

 倒れる寸前、咄嗟に誰かが手を差し伸べてくれた。だって床に叩きつけられると思った身体は、ちっとも痛くなかったから。

 ぼんやりと霞む視界の向こうに、碧色の瞳を揺らしたシェリオさんが見えた気がした。


「ミズキ、どうして君は……、ハルカッ!」


 遠い暗闇の向こうから、今にも泣きそうなシェリオさんの声が、聞こえた。

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