第26話 目覚めたのはややこしい騒ぎが過ぎたあと
目が覚めると、私は普段使っている工房のベッドに寝ていた。寝転がったままぼんやりと瞬きを繰り返す。
大聖石に力を注いで、それで私、倒れちゃったんだ。
ようやく思い出す。あれからどれくらい経っているのだろう。
ゆっくりと起き上がると、枕元にはあの時鞄から出したユズトくんぬいが置かれていた。見守るように置かれているぬいぐるみに、思わず安心して指で頭を撫でる。
「おはようユズトくん」
声を掛けたけれど、今日のユズトくんは黙りだった。
首から掛かっている髪色変えの聖石に触れると、加護の力が体を包み流れて行く感覚がある。ひょっとしたら力が使えなくなっているかもしれないと思ったけれど、そんなことはないようだ。体力も加護の力も、しばらく眠ったおかげで回復したらしい。
身支度を整えて梯子のようになっている階段を降りると、工房には騎士が二人立っていた。外からは見えないのに、二人ともずっと立番をしてくれていだのだろうか。
騎士二人のうち一人はダリウスさんだった。物音で気がついていたのか、私を見て安心したような表情を浮かべてくれる。
「目が覚めたか、具合はどうだ」
「はい、だいぶ良いです。力の使いすぎで疲れてしまっただけですから」
昼も夜も大型の聖石に干渉した私は、疲労で倒れたようだ。私はなにしろ感知が上手くないので、限界を見誤ったのだ。
「食事はできそうか? 出来るなら、こちらで用意させる」
「はい、食べたいです」
用意してくれるなら、ありがたく受けたい。私が頷くと、ダリウスさんではなくもう一人の騎士が工房から出て行った。別にここの台所を使っても構わないと思ったが、騎士服のまま料理をするのもなんか変なので、買い物に行ってくれたのかもしれない。
まだずっと立っていると疲れるから、その辺にある椅子を引き寄せて座る。
「俺がいたのはたまたまだ、君の護衛は交代でしている」
「はい」
座る前にお茶を入れればよかった。なんとなくそう思っていると、ダリウスさんが水差しからお水を注いでくれた。水は不安なので必ず沸かしていたが、この際仕方がない。
身体は思った以上に水分を欲していたらしく、ひと口飲み始めたらそのまま一気に飲み干してしまった。落ち着いたところで、ダリウスさんに尋ねる。
「私は、どのくらい寝ていましたか?」
「一日半くらいだな。ややこしくて面倒な騒ぎは昨日のうちに全て済んだ、安心しろ」
「はあ、ややこしい騒ぎですか」
聖女が倒れたのだから、そりゃそれなりに騒ぎにはなっただろう。王様にだってドヤ顔で約束したのに、成果も見ずにひっくり返ってしまった。
それに、倒れる直前に私を受け止めてくれたのは、確かにシェリオさんだった。今ここにはいないようだけど、彼は今どうしているのか。
あの状況でシェリオさんが私を助けに手を出したなら、どうなっているのかと詰め寄ったに決まっている。面倒な騒ぎというのはその辺りもあるだろう。
「ええと、何から聞けばいいのかな。大聖石はどうなりましたか?」
「昨日の昼過ぎに、王からの声が出た。王都へ出回ったのは書簡で、かなり問い合わせも多く混乱している」
「そうですか」
「ただ、こういう言いかたは申し訳ないが、ミズキが無理をして倒れたのが、良い効果となった。あの場には他の聖石師もいたろう。君が必死に大聖石と向き合ったという話が広まりつつある」
「美談にされても困りますけど、それでみんなが真剣に考えてくれたなら、良かったかな」
「そんなところだ。神殿は、今朝から開放が始まった。まずは王が直接出向いたが、その時もかなりの民衆が押し寄せた」
「やっぱり、結構な大騒ぎだったんですね」
「その時に神殿ではなくここの当番に当たった騎士は、こういう言い方は良くないが、正直当たりを引いたな」
その言いかたからして、ダリウスさんは神殿の警備を担当したのだろう。
「人は多く訪れていて、大聖石が消えたという報告もない」
「じゃあ、うまくいっているのかな、良かった」
ならひとまず良かったと、ほっと胸を撫で下ろす。
「それから、ミズキの件もどうするか聞いてくれと言われている」
「なにがですか? ひょっとして護衛かな」
「そう、その件だ」
確かに王様からも、聖女に護衛を付けたいという話はされた。今は神殿の警備もあり、騎士は多忙だから、ここの担当も交代制のままではややこしいだろう。
「それって私の希望は通りますか?」
「当人だからな、そりゃミズキが言えば通る」
なんというか、この工房にも騎士はたまに来ていたし、顔見知りの人だっているけれど、急に聞かれても悩む。
やはり本人が熱く希望していたシェリオさんと言ってあげたいけれど、今どういう状況なのかがわからない。シェリオさんは、私が聖女だと知っても、護衛につきたいと思ってくれるのだろうか。
「ダリウスさんは第二の騎士じゃないから、専任となると、まず外れますよね」
聖女の騎士は第二師団の騎士から選ばれると聞いた。慣例とかよくわからないけれど、だったらダリウスさんを選ぶのは違う。
まずそう言った私に、ダリウスさんが動きを止めた。
「どういう意味だ? 俺は君に第二の騎士だと名乗ったが」
ほら、そういう表情は肯定なのに。シェリオさんと違って、熱烈に聖女の護衛をしたくて第二師団にいるというわけでもないだろう。私はなんとなく感じていた予想で話した。
「ダリウスさんって、クリフトンさんの護衛でしょう? そしてクリフトンさんは王様の親戚だと思います。なら、本来のダリウスさんは第二の騎士じゃない」
この国の騎士については詳しく知らないからこれはあくまで私の想像だ。たぶんだけどダリウスさんの立場は複雑な感じがする。主にクリフトンさんのせいで。
「クリフトンさんと王様は、髪と目の色を見ればわかります。それに、纏う加護もとても似ていました。でもどちらかというと王様のほうが、人として断然出来上がっているというか、格上というか」
「王にお会いしたのなら、そういう結論になるな」
「感知が苦手な私でもわかりますから、王族のかたって凄いですね」
忘れずに、この話はクリフトンさんには内緒でお願いしますとお願いしておく。
すぐに否定しないから、推測は当たりなのだろう。クリフトンさんの事情はわからないけれど、王族なら護衛の騎士も付けずにウロウロするのはおかしい。
「クリフトンさん、なにかあるとすぐダリウスさん呼ぼうとするし、多分そうかなって」
「参ったな、クリフに伝えておこう」
「別に伝えなくていいです」
そんなこと告げ口されたら、私がまたあの冷ややかな視線を受けてしまう。それはなんというか避けたい。それに、私が起きてもやって来ないことからして、彼はきっととても忙しいのだろう。
あともうひとつ私がぼんやりと感じていることがある。アグノラ様や本人の話しかたからして、シェリオさんも似たり寄ったりなにかある気はする。こちらはなんとなくそんな気がしただけの、勝手な妄想だが。
でも、その辺まとめての面倒ごとや苦労を押し付けられているのが、たぶんダリウスさんなのは間違いない。
「大変ですね、ダリウスさんも」
「だろう、それはジェラール殿下に言ってくれ、俺の評価と給料が上がるように」
ため息をつきながら出てきた名前に、私は思わず首を傾げて瞬きした。そういえば大聖石を診ていた時に探しにきた近衛騎士も、ジェラール殿下がどうとか言っていた。
「ええと、ジェラール殿下っていうのは誰ですか?」
「クリフの本名がそれだ、ジェラール・アリオン王弟殿下だよ」
「はあ、なんか只者じゃないしきっと身分ある人だろうって、思っていましたけど」
王族でしょうと推測したのは私だけど、まさかあのイケおじ王様の弟だったなんて。でも今更態度を変える必要はないと思ってくれそうだし、実際畏まって欲しいならきちんと身分を示している。
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