第19話 とりあえずイケメン
シェリオさんの戸惑ったような声だけが聞こえてくる。
「すまない、こういうことはうまく言い表せなくて、そういうことではない」
だったらどういうことだろう。
シェリオさんの言うことがよくわからなくて、私はわずかに顔を上げて彼を見た。ちょうど同じタイミングでこちらを見た彼と一瞬視線が合ったけれど、すぐにそらされてしまう。
「ミズキは本当に優しそうに聖石を見ているし、俺の話だって厭わず聞いてくれる」
ひょっとして、シェリオさんなりに私を元気づけようとしてくれているのかな。
そう考えながら、いつの間にか私は、彼の水に濡れて濃くなっている髪と、整った横顔に見惚れていた。
ハッとそんなことに気がつくと、誤魔化すように慌てて喋り出す。
「それは、私にも推しがいますからわかります。シェリオさんにとっての聖女様って元気を貰えるような存在でしょう。そういう大切な人、私にもいます」
まあ、人というかキャラクターだけど。ついでに集めたグッズは日本に置き去りなので、今手元にあるのはぬいぐるみだけだけど。それでも今日だって鞄の中に入れているし、見ているだけで私の心の支えになってくれる。この国に来た時に見られている可能性が大きいので、出してあげることはできないけれど。
しかしどうやら彼は、私の言いかたを誤解したらしい。
「もしかして、ミズキには、もう恋人がいるのか?」
「い、いませんよ! どうしてそういうことになるんですか! だって今は、推しの話をしているんでしょう!」
自分でいないとか言うのも寂しいが、そんな人いない。推しという言葉で伝わるわけがないと思いながらも、私は慌てて否定する。
どうしてそうなった、と思ったところで思い出した。そういえばシェリオさんは聖女であるアグノラ様といい感じだった。
「そりゃ、シェリオさんは、聖女様と恋仲なのかもしれないですけど」
全員がそんなにうまくいくわけがない。私はあくまで、推しは推しとして線引きしている。そのあたりを伝えたかったのだが、今度は私の言葉にシェリオさんが慌て始めた。
「なっ、なにを言っている! 俺が抱いているのは、そんな不埒な感情ではなくて、その行動と示してくださった深い愛情に感銘を受けてだな」
それなら私と似たようなものじゃないか。だったら何故、恋人なんて言い出したのか。
あれ? シェリオさんはアグノラ様とそういう仲ではないのだろうか。お似合いの雰囲気だったし、アグノラ様も彼のことをそういう感じで見ていると思う。
アグノラ様はそういう意味で好きだけど、シェリオさんにとっては尊すぎてそこまで考えられないということかな。
なんだか複雑だな。そんな風に思っていると、そらした視線が、また私のほうへと戻ってきた。真剣な表情でこちらを見ている。
「ミズキは、恋人となる者にどんな条件を求めている?」
恋人なんていないし、告白なんてされたこともないので、条件なんて大層なものを提示していいのかもわからないくらいだ。
そもそもどうして私は、こんな小屋の中でシェリオさんと恋話をしているのだろう。
ひょっとしたら彼なりに、話題を聖女から変えようとしてくれているのかも。
そう思ったので、私は明るく答えた。
「とりあえずイケメン」
「いけ、めん?」
「やだなあ、冗談ですよ」
通じたなら笑って受け流してもらえるような言い方をしたけれど、聞き覚えのない私の言葉は、真剣に受け取られ考え込まれてしまっている。
そんな風に真面目に考えられると、私の心が痛いのでやめて欲しい。
「いけめん、とはどういう条件だ」
「もう、だから冗談です、シェリオさんはそんな言葉知らなくていいの!」
この話は終わりです。きっぱり示したけれど、イケメンという言葉は記憶されてしまったかもしれない。意味が通じなかったのは本当に幸いだ。
「恋人はいない。求めるならば、いけめん、それでいいか」
「恥ずかしいから整理しないでください」
どうしてそこまで気にするのだろう。鈍感でもなく自惚れにも考えられない私は、シェリオさんの視線をどう受け取ったらいいのか困り果てて、抱えた膝の中に顔を埋めた。
雨に打たれたのは思ったより体力を奪っていたのか、視界が遮られると疲れと眠気が一気に押し寄せてくる。
おやすみなさい。そんな言葉を口にする余裕もなく、私は眠りの世界に沈んでいった。
誰かに呼ばれている。薄っすらそう思ったら、意識は一気に浮上してきた。
「ん、いつの間にか寝ちゃっていたのか」
どのくらい経ったのかな。こういう時スマホや時計がないのは不便でしかたない。
聖石のおかげで暖かかったし、少し寝たおかげか雨に打たれて落ちていた体力も回復している。その場でゆっくりと伸びをして立ち上がり、小屋の中を見回す。
小屋の中にシェリオさんの姿はなかった。干していた騎士服もないので、先に外に出たのだろうか。
「起こしてくれたっていいのに」
思わず呟きながら、乾いている服を着る。簡単に身支度を整えると、そっと小屋の扉を開けた。雨はすっかりやんでおり、空には虹さえ見えている。
よかった、これならアグノラ様もここまで来られるだろうし、大聖石だって癒してあげられる。
そう思って空を眺めていると、すぐ近くから声が聞こえた。
「起きたか、体調はどうだ?」
見ると、開けた扉のすぐ脇にシェリオさんが立っていた。騎士らしくピンと背を伸ばし、扉のすぐ傍に立っている姿は、ちょっと休憩という感じもしない。
「おはようございます、シェリオさん。あの、なにしているんでしょうか?」
「護衛だ、それが本来の役目だからな」
でもシェリオさんは、アグノラ様の護衛ですよね。そう喉まで出かかったけれど、満足そうにも見える穏やかな笑みの彼を見たら、言わないほうがいいと思った。
「雨がやんだなら、引き返した一行もこちらへ向かっていると思う」
「はい、準備はできているので行きましょう」
シェリオさんに頷き答えると、二人でもう一度、大聖石へと向かった。起きる時にも感じたけれど、大聖石は間違いなく呼んでいる。気難しいといっていたけれど、どうやら心を開いてくれたのかもしれない。
シェリオさんは歩いているときも、昨日の件など忘れたかのように、なにも言わなかった。整った表情は落ち着きすぎていて逆に気になるが、私から下手なことは言えない。
「ああ、ミズキさん、シェリオ様もご無事でよかったです!」
大聖石のそばには、すでにアグノラ様達が到着していて、私達を待ってくれていた。
「ご心配おかけしました、アグノラ様」
「ええ本当に、とても心配しましたわ、お怪我などはありませんか?」
アグノラ様は、本当に心配してくれたのだろう。私もシェリオさんも元気なことを伝えると、安心したと表情にも浮かべてくれた。
私の警告で慌てて戻ったおかげで、馬車まで豪雨は届かなかったらしい。
「ミズキさんのお陰で、助かりました」
「いえ、そんなことないです」
丁寧に感謝されることには慣れなくて、恐縮する。
それよりも、問題は目の前にある西の大聖石だ。さっきからずっとこの石に呼ばれている気がする。早くしろと急かしているのだ。それはアグノラ様も感じるらしく、二人で並んで大聖石を見上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます