第18話 聖女推しは同担拒否

 シェリオさんは壁と一体化しそうな勢いで、視線を逸らしたまま動かない。おそらくこの国の騎士である彼と、日本人の私とでは微妙に感覚が違うのだろう。脱いだといっても、胸元は布でぐるぐる巻きだから見えていないと思っていたが、そうではないようだ。

 見られているのは私のほうだが、なんだかシェリオさんに申し訳ない気がしてくる。


「そそそ、そこに」

「そこ?」

「毛布と聖石が」


 シェリオさんがスッと指差したほうに近付くと、そこには確かに探していたような布があった。肩を隠すように毛布で体を包み、設置されている聖石を確かめる。

 聖石は、火と風の加護を得たもので、暖を取る他に服も乾かせそうだ。

 扱いも難しくないそれを少し調整しただけで、すぐに暖かい風が流れ始めた。


「つきましたよ! あったかーい」


 これなら服もそうかからずに乾きそうだ。雨が降り続く外も、徐々に弱まっている。

 暖かな風が干した服にうまく当たるように角度を調整していると、まだ壁に張り付いているシェリオさんがぼそぼそと言った。


「俺が無頓着だった。気付かなかったなんて言い訳にしかならない」

「別にいいですよ、誤魔化しているのは僕、……私ですから」


 しっかりと体に毛布を巻きつけると、もう一枚あった毛布をシェリオさんへと差し出し、暖まりましょうと促す。

 シェリオさんは毛布で体を包むと、ようやく私のほうを向いてくれた。

 お互い少し離れたところに座り込むと、すぐに尋ねられる。


「クリフは知っているのか」

「はい、知っています。私、出身が遠い場所なので、隠したほうが都合もいいと」


 嘘は言っていない。ひょっとしたら女性だということがバレた流れで、手配にも気付かれてしまうのではないかと不安になったが、どうやらそこまでは気付かれていない。

 ならこれ以上追求されては困るので、私は話題を変えることにした。


「そういえば、私お弁当持っているんですよ。濡れてぐちゃぐちゃになってないといいけれど」

「おべんと?」


 クリフトンさんも聞き返していたし、この国にはお弁当の習慣はないのかもしれない。

 私は身につけていた鞄を引き寄せると、中から包みを取り出した。騎士や貴族令嬢であるアグノラ様に振る舞えるような料理の腕ではないけれど、なにかあったら食べようと持って来てよかった。

 パンにチーズとハムや玉子を挟んだだけの簡単なサンドイッチと、野菜の酢漬け、それから唐揚げに似たようななにか。用意できたのはそのくらいだが、雨に降られて疲れている今では十分だろう。


「私の故郷ではかなり一般的でして。こうして食事を持ち歩けるように用意して、職場や旅行に持って来るんです」

「なるほど携行食というわけか、では遠慮なくいただくよ」


 シェリオは受け取ったサンドイッチを珍しそうに眺めていたが、まずひと口食べてくれた。私の味付けはちょうど良かったらしく、そのままさらに食べ進めていく。


「美味しいよ。ひょっとして、ミズキはこうなることを予測していたのか」

「まさか! 言ったでしょう、出かける時に用意するのが一般的だって。ここで食べなくても無事に帰って食べることもできますし。でも、帰ったら一人だったので、こんなふうにシェリオさんと食べるのも楽しいです」


 にっこり笑って言うと、シェリオさんはサンドイッチを持ったままポカンと私を見つめ、すぐにサッと視線をそらした。


「一人というが、工房の、聖石師で同期などはいないのか? 俺はそちらには詳しくないが、学院や師の制度もあるだろう?」

「そういうものなんですか」


 シェリオの言葉に、今度は私の方がぽかんとした表情で止まった。そんな制度あるなんて全く知らなかった。でも確かに、聖石師の仕事はだれでも出来ることではない、だから重要視されているくらいだ。

 思えば馴染みのお客さんはいるが、友人や同僚といった人はいない。


「あー、田舎者だったので、自己流というかなんというか」

「師もいないで、あれだけの技量を身に付けたのか」


 あまり詳しく話してバレたくないというのに、雨で疲れているせいか、私は少しずつ話をしてしまった。シェリオさんは少し離れたところで、食事をしながら聞いてくれている。


「実は慣れない加護の力を、間違って使ったりして。それで今は、クリフトンさんが見張りも兼ねて手助けしてくれている、ようなものでして」


 間違いは言っていない。そもそも初めて使った加護の力で、騎士を打ち倒してしまったのが手配の理由だし、その後に髪を切ってしまって帰る術を失ったのも本当だ。

 おまけにシェリオさんには絶対バレるなと言われていたのに、女だということまでバレてしまった。


「はあ、帰ったらまたクリフトンさんに怒られるかも……」

「まさか、西の大聖石の件が解決したとなれば、クリフも評価するだろう」

「そうでしょうか」


 クリフトンさんの冷ややかな視線が怖いのは、シェリオさんだって知っているはずだ。だったらシェリオさんからあまり怒らないようにって言ってもらおう、そう思って首を動かすと、真剣な表情を浮かべた彼と目が合った。

 きりりとした表情に思わずどきどきしていると、シェリオさんに言われた。


「それより、俺もミズキに言いたいことがある」

「な、なんですか?」


 ひょっとしてバレてしまったのか。帰ったら捕らえられて罰されることになるのだろうか、この国の罰がどのくらいかはわからないが、騎士と諍いをしたとなるとどのくらい重い罪なのだろう。


「何故あの時一人で飛び出した。引き返せと警告したのは君だろう。元から一人で大聖石に向かう気だったのか」

「そのことですか」


 どうやらバレたわけではないらしい。そこは少しホッとした。

 私は膝を抱え直すと、問いに答えた。


「状況が刻々と変わったためといいますか、アグノラ様達も心配でしたが、大聖石も放って置けなかったんです」

「まったく、とんだお人好しだな」


 その言葉には、少しカチンときた。あんなに苦しがっていたのに、わからないなんて。大聖石を全く感じないから、シェリオさんはそんなことが言えるのだ。

 なんとか言い返してやりたくて、私は彼の推しである聖女様のことを持ち出した。そうすれば少しくらい効果があるだろうと思ったのだ。


「でも、シェリオさんが大好きな聖女様だって、そうやってこの国の人と聖石を愛して癒していたのでしょう?」

「それはっ」


 シェリオさんの目がいっぱいに見開かれる。私の言葉は、想像以上に突き刺さったらしい。ほら、言い返せないじゃないか。しかし優越は心地よく感じないし、それどころかなんだか心苦ささえある。


「そんな風に、君に聖女を語って欲しくはない」


 シェリオさんは不機嫌そうに言った。

 この聖女推し、ひょっとして同担拒否なわけ? なんとなくそう思ったけれど、それ以上は黙っておいた。

 雨の音はもうかなり小さくなっている。このぶんだと、もう少ししたらやんでくれるだろう。そうしたらアグノラ様を呼びに行って、大聖石を癒す。


「聖女様だったらもっと上手く癒したかも。こんなに苦しいって感じさせることもなく、あの大聖石を助けてあげられたかな」


 雨はまるで、大聖石の流す涙のように感じられて、私は思わず呟いた。


「ミズキは聖女ではない」

「わかっていますよ、そんなこと」


 この聖女推し、まだ喧嘩売る気なのか。でももう疲れているし、このくらいで勘弁して欲しい。そう思うと、膝を抱えてその中に顔を埋めた。

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