第17話 豪雨を凌ぐためにバレたこと
いざとなったら風の加護で雨はある程度凌げる。そう考えた私は、すぐそこに迫っていた雨の中に飛び込んだ。大聖石まであと少しと言っていた。だから一人ならなんとか駆けられると考えた、のだが……。
「くっ、思ったより水がすごいかも」
豪雨、という言葉だけでは言い表せられない雨は勢いも強く、服を着ていても当たる場所が痛い。戻ったほうがいい、私自身の判断が間違いでなかったとしみじみ痛感する。
雨から感じられる水の加護のせいで、走っているうちに大聖石の方向さえも曖昧になってきた。止まって考えている時間はないが、闇雲に走っている余裕もない。
どうしよう、そう思った瞬間、手を掴まれた。視界の悪い雨の中、顔を拭って顔を上げると、濡れて濃くなっている青灰色の髪と見覚えのある騎士服とが見えた。
「こっちだ! 手を引いてやるから走れ!」
「シェリオさん!」
「君ひとり行かせるわけにはいかないだろう!」
豪雨の中、聞こえるようにそう叫んでくれた。どうやら心配して追って来てくれたらしい。怒ったように言いながらも、シェリオさんは私の手を引いて走り始めた。大聖石の場所は心得ているのだろう、豪雨の林を迷いなく走っていく。私もせめて当たる水の勢いが弱まるように、風の加護を使いたいが、水の影響力が強くてうまくいかない。
それでも私は、シェリオさんと一緒に豪雨の中を全力で走り続けた。
「見えたぞ、あれがそうだ!」
「あれ、が、西の大聖石」
大聖石の周囲は整備されているのか、地面も石造りになっていた。少し滑るが林の中よりはずっと走りやすい。
さらに進んだ場所には、神殿のように屋根こそないが、台座になっていて大きな石が置かれていた。強く光っているそれは、間違いなく大聖石だ。
「やっぱり、聖石もかなり疲労している」
「なんとかなりそうか?」
やまない豪雨の中、私は聖石に近づくとそっと掌を当てた。声を掛けようとするが、雨の中で大きな聖石を見上げると、強い雫が顔へと当たる。まるで痛みを堪えて泣いている幼子のようで、私は石を抱えるように手を目一杯伸ばした。頬を石にぴたりと付けて、もう一度声を掛ける。
「怖くないよ、だから落ち着いて、ね」
頬と手から大聖石の状況を感じ取ってみる。気難しい、そんな風に言いたとえられたその聖石は、やはり私の呼びかけを素直に受け入れようとしない。
やはり聖女であるアグノラ様がいないと駄目なのだろうか。そんな思いもふとよぎるが、私は雨の中あきらめずに続けた。
そのまましばらく経つと、聖石が瞬くように反応し始めた。それと共に、強く発していた光が徐々に柔らかに落ち着いていく。
大聖石がようやく、私の声と加護を聞き入れてくれたのだ。
「ひとまず、今はここまでしか出来ません」
私は聖石から体を離しホッと息を吐くと、シェリオさんに報告した。大聖石は確かに、ここに来た時よりも、落ち着いて淡く光っている。
降り注いている雨も、次第に勢いを弱めはじめたが、完全に降り止む気配はない。
シェリオさんが大聖石とまだ降っている雨を見て、尋ねてきた。
「雨はやまないのか?」
「出している力が大きすぎて、この聖石自身でもすぐに引っ込めることが出来ないようです。完全にやむまで数刻は掛かるかなって」
雨の勢いが少し弱まったおかげで、怒鳴らなくとも会話が出来るようになったことはありがたい。並んで大聖石を眺めたシェリオさんが、安心したような声音で言った。
「ではこれで、この大聖石はひとまず大丈夫ということか」
みんな心配しているだろうから、早く戻って報告しよう。
そう言って馬車に戻りかけたシェリオさんを、私は引き止めた。聖石をゆっくりと撫でて様子を見ながら答える。
「いいえ、雨がやんでからもう一度診る必要があります。落ち着いてからでないと、加護の力を完全には受け入れられないでしょう」
「わかった。しかし、このままここに立ってはいられない、ひとまず雨を凌ごう」
まだ戻れない、そう言われシェリオさんは驚きを示した。それでも頷いてくれ、来た道とは別の方角を指し示す。
「そこに小屋がある、本来はこの大聖石の管理用に建てられたものだ」
「わかりました、いきましょう」
私はシェリオさんに答え、一緒に小屋に向かった。
走るほどではないというより、二人ともぐっしょり濡れて走る元気がない、といったほうが正しい状態だった。シェリオさんの言った通り、少し歩いたところに小さな小屋がひとつあった。
中に入ると私は膝に手を付いて項垂れた。座り込む程ではないが、濡れなくなったことで今度はどっと疲れが出てくる。
濡れないというだけでこうも楽になるのか。しみじみ感じながら、呼吸を整えた私が顔を上げると、シェリオさんが、ちょうど上着を脱いでいるところだった。
「ちょ、シェリオさん!」
「しばらくは待ちになる。濡れた服を着続けているわけにもいかないだろう」
「そりゃ……、そりゃわかりますけど」
突然の展開に、私は目をうろうろと彷徨わせて壁際まで後退る。宿泊は避けたかったが、まさか昼間のうちからこんなことになるとは思ってない。
シェリオさんはまるで気にしていないのか、脱いだ服を干すように掛けている。さすがに全て脱いでいるわけではない。けれど騎士服の上着とその下に着ていたものは脱いでいるので、相当な薄着だ。私としては、ずぶ濡れの自分の心配もあるが、目の置き所がない。
「っくしゅん!」
「意地を張るな、病にでもなったらどうする?」
別に意地というつもりではなかったが、どうしたらいいのだろう。一体なにを試されていて、どう行動したら正解だろうか。目をぐるぐると彷徨わせても服は乾かないし、濡れた服は体温を奪っていくばかりだ。
やはりこのまま服を着ていたら寒い。限界に達した私は、もう色々諦めた。こうなったらどうとでもなれだ。
「あーもう、わかりました。脱げばいいんでしょう、脱げば!」
こういう場合、恥じらっていては逆効果だ。きっと意識しないようにさりげなく済ませたほうがダメージは少ない。
服装はこの世界の文化に合わせて、少年に見えるようなものを選んで着ている。私は実はこの世界の男女の下着状況まで、詳しく分かっていない。だから手に入った着やすいものを身に付け、胸元に関してもさらしのように布を巻いて誤魔化していた。悲しいかな元々胸は豊かではないので、それで済んでいる。さすがにそれまで外すわけにはいかない。
びしょびしょに濡れて貼り付いていた上着を脱いだだけで、ずいぶんすっきりした。首から掛けていた、髪の色を変えている聖石だけは、外れないようにさらしの中に押し込む。
やはり服は掛けておこう。それから流石になにも着ないのは恥ずかしいので、羽織る布のようなものが欲しい。そう思って小屋の中をきょろきょろ見回していたが、そこでようやく思い出した。そういえばシェリオさんはなんだか静かすぎないか?
疲れて休んでいるのだろうか。そう思ってちらりと見ると、シェリオさんは目が溢れるのではないかというくらい見開いた状態で固まっていた。
どうしました? そう尋ねるよりも早く、私の耳に裏返った声が飛び込んできた。
「す、すまない!」
「え?」
首を傾げてシェリオさんの方を向くと、慌てて体の向きを変えられてしまった。まさかそんな少年のような反応をされるとは思わなく、首を傾げて尋ねる。
「よくわかりませんけど、なにが?」
「まさか、じょせ……などとは、思わなく……」
「ああ、そのことですか」
もごもごと言い訳され、ようやくその設定を思い出した。大聖石のことや、そもそも脱ぐ時点で戸惑いを乗り越えたので、後の心配などはすっ飛んでしまったのだ。つまり私も、どうとでもなれと思った時点で配慮を忘れた。
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