第22話 消えてしまった大聖石の光
ようやく状況を把握しはじめた私は、思わず馬車の中で頭を抱えた。そして状況がわかってくると、次に押し寄せたのは不安と恐怖だ。
「どうしよう、この国が滅んだら私のせいかもしれない」
そんな私の声は聞こえたろうに、アグノラ様はまだ笑顔を浮かべてさえいる。
「あまりご自分を責めないでくださいミズキさん、クリフトン様もミズキさんにそんな風に責任を感じて欲しくなかったから、話さなかったのだと思います」
「そ、そうでしょうか」
髪が伸びるのにどれだけ掛かるかわからない。私は短くなっている髪をつまんでそっと引いてみた。そんなことはあの神殿でもしたが、それで髪が伸びるわけはない。
あの時頭を抱えていたダリウスさんの気持ちもわかる。どうしてクリフトンさんが、手遅れだったといったのかも、ようやく理解できた。
しかしそれを今知ったところで、私に何ができるだろう。
「ミズキ様、顔を上げてください、王都の様子がおかしいですわ」
「え? どういうことですか」
私が頭を抱えている間に、どうやら馬車は王都へと戻ってきたようだ。予定として聞いていた通り、帰りのほうが早かった。というより、アグノラ様との話が濃すぎて、帰りはあっという間に時間が経った。
アグノラ様に言われて、私も馬車の中からそっと外を窺う。確かに王都はなんとなくざわめいているような気がする。
「なんだか街の雰囲気も暗いし、加護の力が弱くなっていませんか」
今の時刻は夕刻だ、本当だったら街には段々と明かりが増えていく頃だ。それなのに、明かりはどこか少なく、色んな人が通りに出て空を見たり、顔を見合わせている。
馬車は王都の中を抜けて、重要区のはずれにある私の工房まで戻って来て止まった。
騎士や御者が降りる準備をしてくれていると、慌てた様子で誰かが馬車に駆け寄ってきた。ダリウスさんがなにか叫ぶ声が聞こえたかと思ったら、馬車の扉に手を掛けたのは、慌てた様子のクリフトンさんだった。
「わっ!」
「クリフトン様、どうかされたのですか?」
いつも冷静なクリフトンさんがこんなに慌てている様子は、初めて見る。
「アグノラ嬢、すまないがミズキを至急返してもらいたい」
「なにかあったのですね」
アグノラ様が尋ねると、クリフトンさんはそこで表情を強張らせた。なにかを言うのを躊躇っているという雰囲気に、なんだか嫌な予感がする。
「それは」
俯いて考えているクリフトンさんに、馬車の中からアグノラ様が言った。
「クリフトン様、私だって候補のひとりだった者です。状況は把握しておりますし、ミズキさんには髪のことや調律のことまで、ある程度お話ししました」
しっかりと意志の込められた強いアグノラ様の表情は、こんなに嫌な予感のする今の状況でとても頼もしく見えた。私もしっかりしないと、そう思ってクリフトンさんを見て答えた。
「はい、アグノラ様から全部聞きました」
私が答えると、クリフトンさんは目を見開いた。そして毅然としたアグノラ様の表情と、申し訳なさそうな私の表情から把握したのだろう。
御者に向かって鋭く命じた。
「このまま二人を連れて重要区の神殿に向かってくれ。すぐに許可を取るから最奥まで入っていい」
御者が大きく頷き、馬車から私を降ろさないまま、ダリウスさん達もまた出発の準備を始める。それからクリフトンさんは、本当に小さな声で言った。
「神殿にある大聖石の光がさきほど消えた。間に合わなかったんだ、限界だった」
「っ!」
私は思わず息を飲んだ。
ここに来たばかりの見立てでは、もうちょっとは耐えられるような気がしていた。でもあの頃の私は感知に慣れていないとユズトくんにも言われたし、見誤ってしまったのか。
表情と立ち位置からして、すぐそばに立っていたダリウスさんにまでは、クリフトンさんの声は聞こえたらしい。ただ少し離れたシェリオさんや他の騎士には聞こえなかったようだ。
顔を見合わせてから、シェリオさんが馬から降りてこちらへやってくるのが見えた。
「どうしたんだ、なにがあったクリフ」
「シェリオ、お前の馬を貸せ」
クリフトンさんは、問いかけには答えず、足早にシェリオさんの乗っていた馬に近付いた。ひらりと身軽な仕草で馬に跨る。
「なっ、突然なにを、なにがあったか説明しろ! おいクリフ!」
シェリオさんが叫ぶけれど、クリフトンさんは無視して馬で駆けて行ってしまった。いつの間に馬に戻ったのか、ダリウスさんまでもが素早い動きでそれに続く。
私とアグノラ様が乗った馬車は、他の騎士が扉を閉めると、すぐに動き始めた。
「クリフトン様はおそらく、シェリオ様の足止めをする気で、馬をつかったのでしょう」
「え?」
「この状況で、ミズキさんのことがシェリオ様に知られれば、さらにややこしいことになります。それは、なんとなくおわかりでしょう」
言われて納得する。確かにそうだ、シェリオさんだって立派な騎士なのだから、状況を知れば冷静に騎士として判断してくれると思いたい。
でも、それでも、きっと聖女に憧れて護りたいと言っていた心は、傷付く。ただこの状況では、シェリオさんが知るのも時間の問題だろう。その時、一体どうなるのか。
「どうか、間に合いますように」
なによりの問題は、神殿の大聖石だ。あの大聖石は、王都中の聖石を支えている存在だ。今光が消えてしまえば、連鎖的に王都中の聖石の加護は、混乱してうまく働かなくなる。
再び動き始めた馬車の中で、私は泣きそうになっていた。
悔やんでもしかたがないと思うのに、いい考えは全然浮かばない。
「大丈夫ですわ、ミズキさん」
アグノラ様が私の手をそっと握ってくれた。温かな力が伝わってくる気がして、私は震えながらその手を握り返した。
初めて神殿に来た時と同じように、馬車は止められることもなく進んでいく。到着した場所は、大聖石が置いてある場所に一番近い裏口だが、ここは馬車で入るには特別な許可が必要らしい。許可を取ってくると言ってからそれほど掛からず、顔パスならぬ馬車パスに出来るなんて、本当にクリフトンさんは何者なのかわからない。
馬車から降りて、そのまま大聖石のある神殿へと向かう。
神殿の最奥は、変わらず広く静かだった。高い天井は、夕日を取り込み明るく輝いている上に、さらに明かり用の聖石が灯っている。そんな幻想的な光景を見ると、まさか大聖石の光が消えてしまっているなんて思えない。
「そんな、僅かに残っていた光が……」
神殿にはすでに神官や聖石師らしき人が数人いて、揃って大聖石を見上げている。
私とアグノラ様が近付くと、大聖石を診ていた聖石師の人が一番近くて触れやすい場所を空けてくれた。しかし石に触れなくてもここまで状態が悪ければよくわかる。もう力が残っていないと。
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