第21話 本当の聖女様は今ここに?
それにしても、演舞とは舞台のようなものだろうか。どことなく、ミュージカルかオペラのようなものを想像する。でも民衆向けなら、ずっと簡素なものなのかもしれない。
「その演舞を見て以来、私ずっと異国に憧れを抱いています」
アグノラ様は、遠くを見るように話している。
「遠き国には、湖よりずっと広い一面の水景色が広がっていたり、雨よりももっと冷たい、白き加護が舞っていたりすると聞きました」
「それなら海のことでしょうか? それから白き加護は雪のことかな」
「やっぱりご存じなのですね! 是非お話をお伺いしたいわ!」
なんとなく想像で答えると、アグノラ様は目を輝かせた。アリオン国の地理や気象にはまだ詳しくないけれど、王都の周辺は気候がかなり穏やかだ。大きな川や湖はあっても近くに港町があるという話はまだ知らないし、そんな感じもしない。
侯爵令嬢のアグノラ様は、聖女について調べているうちに、旅や異国に憧れを持ってしまったのだろう。やはり罪作りな聖女推しイケメンだ。
私は目を輝かせるアグノラ様に詰め寄られ、どこまで話していいのやらと思いつつ、誤魔化せる範囲で海や雪の話をしてあげた。その度に、それはミズキ様も見たことがあるのかしらと聞かれた。自然現象についてはいくつか話せたけれど、電化製品や車や飛行機などの文明に関する話は、なんとか誤魔化して話さなかった。
そういう話をどこまでしていいのか、まるでわからなかったからだ。
それでもアグノラ様にしたら、十分満足する話だったらしい。頬を紅潮させた彼女は、扇をひらりと開くと言った。
「ミズキさんがこれだけお話ししてくださったのだから、私もきちんとお話ししますわ」
「なんでしょうか」
その話の切り出しかたは、なんだか怖い。先程の聖女様に関する話をしてくれるということだろうか。
「私は、先程シェリオ様に疲れてしまったと言ったでしょう」
「ええと、はい」
そういえば、そんなような話をしていた。聖女様の話ではないのだろうか。そうなるとこれはシェリオさんの話、ということになるのか。
「ですから、なんというか私は、ミズキさんにシェリオ様を押し付けようと、思っております」
「は? え? 押し付けって」
いや、よくわからないけれど、シェリオさんにだって好みというか、本人の意見がある。それに他人の想いを決めていいわけがない。
勝手に話していたが、シェリオさんはアグノラ様が選ぶくらいには家柄については良いのだろう。さらに騎士だけあって性格も良さそうだ。しかし可愛いアグノラ様にさえなびかないくらい、筋金入りの聖女推しだ。
「相手が本物の聖女様ならば、シェリオ様も変わってくださるかもしれないと」
「本物の、聖女?」
私は目を瞬かせて、言われたことを繰り返した。言っていることがいまいちわからない。アグノラ様は聖女ではない、でも本物の聖女様というのは存在している。
あまりにわからなすぎて、私は正直に聞いてみることにした。
「あのう、アグノラ様、本物の聖女様って今はどうしておられるのでしょうか?」
「ふふふ、まだ気が付いていないのですか? 聖女様は今私と一緒に馬車に乗って、こうしてお話ししておられます」
アグノラ様は楽しそうに笑っている。しかし私はいまいち言っていることがわからない。え? 馬車? いや、でも、今この馬車には私とアグノラ様しか乗ってない。
「あれ? ちょっと待って、ということは……。いやそんな馬鹿な」
ようやくその可能性を考えついたが、私の心だってそんなわけないと判断している。
「まさか、僕のことじゃないですよね」
一応偽装を強調して聞いてみた。でもアグノラ様の楽しそうな笑顔は変わらない。
「私だって、聖女ではないですがそれなりに力があります。ミズキさんの力もわかりますし、あれだけ加護の力に愛されたかたが、男性か女性かは判別出来ます」
思わず体がぐらりと傾きそうになった。たださっき目一杯後退ったおかげで、体は倒れず馬車の中に寄りかかる。
そうか、ばれていたのか。となると他にも気付かれているのだろうか。
「大丈夫です、私以外でそこまで感知できる者など、王都にはそういませんわ」
「そうですか」
安心したような、恥ずかしいような複雑な気持ちだ。それにこの状況でそれを私に伝えてくれるところを見ると、アグノラ様は私を騎士につき出すつもりではないらしいし。
「初代聖女様は、長い黒髪に黒の瞳をした異国の女性だったそうです。高い加護の素質を持ち、金の獅子を従えてこの国を救ったと伝承されています」
そんな話は、聖女推しのシェリオさんからもまだ聞いていない。
というより、シェリオさんの話は、可憐だとか崇高だとかぼんやりとした表現で、なんか彼の中の理想というか、偶像のようなものとして勝手に出来上がっている。
比べて申し訳ないが、アグノラ様の話は実際の伝承に基づいていてわかりやすい。
金の獅子は知らないけれど、黒髪に黒目の異国の女性ならなんとなく日本人に近いと思う。あれ? ちょ、ちょっと待って。
「まさか! 私じゃないですよね!」
今度こそ叫び声が出た。あまりに大きな声で叫んだものだから、慌てた御者が馬車を停めた。馬でついて来ていた騎士が、慌てて馬から降りて近寄ってくる。
「どうかされましたか? アグノラ様」
馬車の外から声を掛けられた。この声はダリウスさんだろう。
「なんでもありませんわ、少し話に夢中になってしまって」
アグノラ様がさらりと答えると、馬車がまたゆっくりと動き始めた。
私はその間もぐるぐると考えていた。確かに、よく考えれば辻褄は合う。
王都の神殿にある大聖石を完全に回復させるには、調律が必要だとクリフトンさんは言っていた。それには私の髪が伸びる必要あって、その私の髪は、理由があって加護の力を蓄積していたとユズトくんだって言っていた。つまりその理由というのが、大聖石を調律するためなのだろう。
つまり私は、この国を救うとても重大な要素であった聖女の髪を、ちょん切ってしまったということなの?
ようやく理解し始めた今の状況に、私の顔色は変わり始めた。
王都の大聖石はもうかなり限界に近い、それは私にもわかる。とうよりきっと私だからこそ誰より感じられたのだろう。
その髪でシェリオの前に出てみろ、無事ではいられない。
クリフトンさんは確かにそう言った。確かに聖女推しであるシェリオさんが、聖女の大事な要素である髪を切ったなんて知れば、ただじゃ済まない。
髪を切ってしまった私がただじゃ済まないのか、シェリオさんがショックで卒倒するのかはわからないけど、絶対どちらかだろう。
「そういうことだったのかー!」
「大丈夫ですから、止まらずに走ってください」
私がまた絶叫したので、アグノラ様がさらりと御者に合図を送ったのが見えた。でもいまの私はそれどころじゃない。
ひょっとして、手配されているのも、罪があってではないのだろうか。
そりゃあ、相手が国を救ってくれる聖女なら、騎士だって血眼で居場所を探す。それくらい、神殿の大聖石は限界で事態は逼迫している。
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