第6話 あれは多分かなり強めの聖女推しだ

「どどどういうことですかそれ?」

「これを被ってそちらに隠れているんだ、早くしろ」


 鋭く言ったクリフトンさんに布を投げられ、私はそれを掴んで柱の影に隠れるように入り込む。見つかったら無事でいられない。そんな状況に不安が込み上げ、布をしっかりと頭から被り、震えそうになりながらしゃがみ込んだ。

 どうしよう、私やっぱり騎士に指名手配されちゃっているのかな。

 イケメンに優しくされる、そんな都合のいい世界なんてなかった。ぎゅっと目を瞑り息もひそめた。どうやら近付いてくる足音はひとつではない。

 足音はすぐ近くまで来ると、シェリオさんともう一人誰かの話し声が聞こえてきた。


「クリフ、今さっき詰所の聖石がこちらの流れに反応したが」

「いや、どうにもなってねえな、これは」

「見ての通りだ、進捗はない」


 すぐにクリフトンさんに話しかけ始めたことからして、私のことには気がついていないらしい。布の隙間からそっと覗くと、シェリオさんと赤茶髪の騎士さんだった。私がこの世界に来たばかりの時に、並んで手を差し伸べてくれた二人だ。

 間違いない、青灰色に輝くような髪に碧色の瞳をしたシェリオさんは、何度見ても惹き込まれそうになる。シェリオさんはクリフトンさんが立っている脇を通り抜け、壁を覆っている大聖石に近付く。そして私がしたようにそっと触れる。

 大聖石はシェリオさんが触れてもしいんと黙っていた。誰でも反応するわけではい。

 というより、疲労が激しくてうまく反応できないのだろう。そんな気がする。


「なんとしても、この大聖石には再び輝いてもらわねばならない。この国のためにも、あの方のためにも」


 あのかた? シェリオさんは誰のことを言っているのだろう。騎士なのだから仕え護る対象がいるのかもしれない。私は思わずシェリオさんが綺麗なお姫様か令嬢を護っている場面を想像してしまった。そんな姿はカッコいいシェリオさんにお似合いだ。

 けれどそれは、少し寂しいようにも感じる。

 シェリオさんと可愛いお姫様を想像し、そっと落ち込んでいる私を置いて、三人は立ち話を始めた。


「間近で力を見てから、俺の敬愛は高まるばかりだ」

「はいはい、もう聞き飽きたよ、その敬愛する聖女様っていう話」

「お前も見ていたろう、ダリウス。あの神々しいまでに可憐な姿を!」

「始まってしまったな」


 やれやれという感じのクリフトンさんの声は、布を被っている私のところまで聞こえてきた。始まったってなにが? 疑問に思うより早く、シェリオさんが熱く語り出した。


「いいか、聖女はこの国に光をもたらしてくださるかただ。伝えられる話では、美しい乙女であったとされているが、俺はこう考えている。美しかったのはその心だ」

「わかった、わーかったから」


 赤茶髪の騎士さんが宥めにかかったけれど、始まってしまったシェリオさんの熱い語りは止まらない。


「聖女として高い力を有していたのではない。その尊き存在をみなが認めたからこそ、聖女と呼ばれるようになった存在だ。その考えは、我々騎士の模範にもなる。俺が今騎士でいられるのも、聖女の伝説を数多く知り、その教えと行動を知ったからこそなんだ。聖女にどれだけ支えられ助けられたかわからないくらいだ」

「まあ、そうだな」

「不謹慎ながら俺は、あの方との巡り合いに感謝している。いいか、これは運命だ!」


 シェリオさんが仕えているのは、お姫様ではなく聖女様なのだろう。強く輝く碧色の瞳には彼のとても強い意志が感じられる。雰囲気と見た目では、クールイケメンなのかもと思っていた彼があそこまで熱く語るなんて。

 なんというか、ああいう勢いのある喋り方ってどことなく覚えがある。

 聖女様を信頼し護る騎士の鑑というより、あれは多分かなり強めの聖女推しだ。

 背中を謎の汗が伝っていく。私だってユズトくんという推しがいる。だからシェリオさんが聖女推しだとしても偏見を持つ気はない。

 凄く格好いいのに、なんか残念な人だなと感じたのも正直あるけれど。

 でもシェリオさんはああして熱く語るくらい、聖女様のことが好きなのだろう。

 聖女様か、きっと可憐で素敵な人なのだろうな。知らないうちにこの国に落ちてきて、あろうことか騎士に手配されてしまった私とは大違いだ。思わずそう考えてしまうと、被った布をさらに引き寄せてその場で丸くなった。

 それから三人は報告のような会話をしていたが、私はいまいち聞いていなかった。


「もう一度、街を巡回してくる」


 そんなシェリオさんの声が聞こえて、会話が終わったことに気がついた。

 被っている布の隙間から覗くと、ちょうど踵を返したシェリオさんは、神殿から出ていくところだった。街を見回って、そしてその後は聖女様のところに戻るのかな。

 ちょっと聖女様が羨ましいな。

 凛々しく歩く後ろ姿を見ると、思わずそんな風に考えてしまった。

 慌ててしゃがんだせいで、私の足はそろそろ痺れている。ダリウスと呼ばれていた赤茶髪の騎士さんはまだその場に残っている。どうしてシェリオさんと一緒に帰らないのか。

 早く帰れ、心の中で唱える私の思いなど伝わるはずもなく、シェリオさんがいなくなると、クリフトンさんとダリウスさんは改めて会話を始めた。


「それで、なにを隠している、クリフ」

「ここで察するとは、案外に苦労体質だな、ダリウス」


 クリフトンさんの表情が変わった。そんな表情できたのかと思ったが、きっとクリフトンさんはわざとやっている。


「というわけで、貴様にうってつけ、とびきりの苦労がある」

「そんな前振りをされて俺が聞きたくなるとでも?」


 ダリウスさんにも、クリフトンさんのわざとらしい表情の変えかたは伝わったらしい。

 思いっきり顰めた表情は私にも見えた。でもそのまま話を聞こうとするあたり、ダリウスさんはおそらくクリフトンさんの指摘通り苦労体質に違いない。

 クリフトンさんは上着の裾を翻して振り返ると、私が隠れている柱に近付いてきた。


「出てきていい。こいつは付き合いも長く信用できる」


 私に向かって言ってくれているのはわかる。わかるけれど、ダリウスさんの騎士服と腰に下げている剣は、私を探し回っている騎士と同じものだ。

 急に信用できると言われたってまだ怖いし、そもそもクリフトンさんだってどこまで信用できるのかもわからない。

 私が丸くなって隠れている柱へと、ダリウスさんも近付いてくる。被っているのは薄い布だし相手は騎士だ、近寄れば気配でわかるに決まっている。


「誰がいるんだ?」

「先ほど保護した。手遅れだったがな」


 手遅れという言葉の意味はわからないが、こうなったらもう逃げられない。私は覚悟を決めると、被っていた布を外す。ゆっくりと立ち上がり、柱の影から出た。

 頭ひとつぶん以上大きいダリウスさんを見上げて、恐々挨拶をする。


「こんにちは」


 最初の挨拶は肝心だ。クリフトンさんの意図はわからない。けれど私としては、なんとかシェリオさんや他の騎士に黙っていてもらいたい。

 ダリウスさんはぽかんとした表情で私を眺めている。ひょっとしてあの時、空から落ちてきて会ったことは覚えていないのだろうか。手まで差し伸べてくれたのに。


「髪、長かったよな?」


 やっぱり覚えていたらしい。どう答えようか悩んでいると、クリフトンさんが代わりに説明をしてくれる。


「髪を切ったのは当人だ、事件性はない。騎士に追い回されていることを不安に感じ、移住食に困って売り払った」

「まじか……」

「取引した店までは突き止めたが、取引は違法ではない。無理に押さえたところで長さが戻るわけもあるまい」


 クリフトンさんの説明はあくまで事務的で淡々としている。いちおう私を弁護してくれているとは思うけれど、なんというかもう少し言い方があるだろう。

 ダリウスさんはそこまで話を聞くと、その場に座り込んで頭を抱えた。


「まじか、どうするんだよ、おい」


 大きな体を丸め、呻いている。

 状況はわからないけれど、ダリウスさん的には相当困った事態らしい。


「シェリオは知っているのか? 知らねえよな」

「知らないからああして必死に探している。先に押さえて情報規制しておけたのはさいわいだ、まったくな」


 クリフトンさんもそう言って大きく息を吐く。

 よくわからないが、髪を切ってしまったことはかなり重大な問題らしい。たしかにたかが髪なのにおかしいくらい高額で売れた、つまりそれくらい価値のあるもので、本来なら流通させてはいけなかったのだろう。

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