第5話 大聖石は疲れている

 クリフトンさんは馬車を降りると、さっさと歩き始めた。足の長さが違う上に知らない場所となれば、ついて行くだけでも大変だ。私は騎士の心配などすぐに忘れ、置いていかれないように必死に足を動かした。


「わあ、すごい……」

「ここが王都でも一番大きな神殿の最奥だ」


 そこは人の気配もなく少し冷ややかな空間だった。それでいて高い天井はどこかから光を取り込んでいるらしく明るい。いかにも神殿、という感じの場所だ。


「少し外すから、好きに見てくれていい」


 そう言うと、クリフトンさんはどこかへ行ってしまった。一人で放り出されると、私はすっかりその神殿という場所の見学に夢中になった。


「こんな場所に来て、一体どんな仕事だろう」


 思わず呟きながら、繊細に掘り込まれている柱の彫刻にそっと触れる。


「この柱、聖石じゃないみたいだけど、でも不思議な材質ね」

「加護が伝わりやすい素材を使っているのだろう、其方の髪と似たようなものだ」

「わっ、なに!」


 突然声が聞こえ、私はまた飛び上がらんばかりに驚いた。クリフトンさんが戻ってきたわけでもなさそうだ。

 きょろきょろ見回すと、なんと持っていたユズトくんぬいが、また淡く光っていた。どうやらさっきのは気のせいじゃなかったらしい。

 ユズトくんはふよふよと浮き、柱を眺めてまたくるりと回った。


「私の髪と似たようなもの? ひょ、ひょっとして」

「気付いたかのう」


 ユズトくんぬいがドヤ顔でこちらを見ている。とてもかわいい。

 だけどそれどころじゃない! 私はとんでもないことに気が付いてしまった。


「つまりクリフトンさんは、私をこの柱や壁の素材にしようと」

「おい」

「そうよ、そうに違いないわ。髪だってあれだけの価値があったのよ。きっとそれ以上に有効活用しようとしているんだわ。どうしよう、どうしたらいいの」

「……」


 考えるとガタガタと震えが止まらなくなる。ユズトくんはふわふわ浮いたまま私に近寄ってくると、ぺし、と短いぬいの手で額を叩いた。


「落ち着け、そんなわけあるまい」

「違うの? だって」

「だってもあるか。其方には加護の素質があれど、力を多く蓄積しているわけではない。髪だとて、本来ならば所以があるのだ」


 目も口も三角にしたユズトくんぬいに叱られ、ほっと胸を撫で下ろした。そもそも髪と同じなんて言ったユズトくんが悪い。なんて心の中でユズトくんのせいにする。

 そんな私を放って、ぐるぐると神殿内を見回していたユズトくんは、ぴたりと動きを止めた。くたり、ぬいの体が右に傾く、どうやら首を傾げているみたい。


「所以は、あれであろうな」


 振り返ったユズトくんぬいが短い手を動かして、部屋の奥のほう、壁の一角を指し示した。ぬいだけどなんとなく会心のドヤ顔だとわかるから、かわいい。

 示されたそこは確かに、綺麗に作られた神殿の中で少し異質な場所だった。その壁の一角だけは剥き出しの石のままになっている。


「どうしてあそこだけ石のままなの? ねえユズ……」


 訊ねようと振り返ると、ちょうどユズトくんはまたただのぬいに戻って、ぽとんと床に落ちるところだった。


「え、ちょっとこれから大事な話をするところじゃないの?」


 ぬいを拾い上げて振ってみたが、やはり反応はない。


「もう、肝心なところで役に立たないんだから!」


 振っても動く気配はまったくない。仕方なく、ひとりでその壁を覆っている石に近付く。

 すぐ近くまで寄ったところで、ようやく気が付いた。


「あれ? この石の部分、聖石じゃないかな」


 加工のようなことがされていなかったのと、壁を覆うほどだったのでそう思わなかっただけで、近くに行って確かめるとそれはとても大きな聖石だ。

 王都の街の中でも、広場に設置されていたのは大聖石と呼ばれる大型のものだったが、これは規模が違う。聖石は宝石や魔法石のようなものだと捉えていた印象を、崩してしまうくらいに大きい。


「原石、とも違うのかな。うーん、加工は一応されているのか」


 なんだか貴重そうだし、触ったら怒られるかもしれない。そう思いながら私は聖石の周りをうろうろとする。


「君にはその石がどう見える?」

「ええと、聖石みたいだけれど、加護の力がかなり弱くなっているかな。力を失くしているっていうより、疲れているなあって感じです」


 ふいに訊ねられ、私は咄嗟に感じていた印象を答えた。あとは触ってみないとわからないし、触ったところでどこまでわかるだろうか。


「って今の声は誰!」


 ユズトくんじゃない。答えておいて慌てて振り返ると、そこにいたのはクリフトンさんだった。いつ戻ってきたのだろう、突然声を掛けないでほしい。


「ほう、見分でそこまで見抜くとはさすがだな」

「クリフトンさん、驚くので後ろから話しかけないでください!」


 意地が悪いのか気にしてないのか。ユズトくんは、クリフトンさんが戻ってきたのを察知してぬいに戻ってしまったのだろう。


「聖石の力は通常、自然に回復する。しかしこれは王都でも重要区の供給を担っている大聖石でな、疲労が激しく回復が間に合っていない」

「あの、この大聖石? 触ってみても、いいですか」

「構わない、むしろこちらとしても、触れてみた君の所感が聞きたい」


 クリフトンさんに許しをもらい、そっと聖石に手を伸ばす。触れた瞬間、聖石は一気に輝いた。大きいだけあって、色々な加護の力を帯びて虹色に輝く様はとても綺麗だ。しかし輝きはすぐに収まってしまった。


「ひょっとしてこれ、光っているほうが正しい状態ですか?」

「そうだ、我々としてはその正しい状態、というのに戻したい」


 私は撫でるように石に触れた。ビリビリとも違う震え、加護の力が伝わる感覚はある。しかし聖石の中でうまく力が流れていってない。これだけ大きいのだから、もっと力が流れていなければおかしいのだと思う。


「ううーん。たぶん、再起動すればなんとかなると思うんですが」


 再起動というのは、動きが悪くなった時のスマホやパソコンに近いように感じるから、いい例えだ。聖石に蓄積する加護の力を、電気のようなものに例えるならそうなる。

 ただそれには相当大きな加護の力が必要だ。聖石師として高い能力も必要とされる。


「サイキドウ? やはり調律が必要か」


 クリフトンさんは私をちらりと眺めて大きく息を吐き、片手で目元から額を覆った。落ち着いた表情は変わらないが、まるで困り果てて頭を抱えている、そんな雰囲気だ。


「それを君が行うことは、……出来なそうだな」

「はい、お役に立てず、申し訳ないです」


 この大聖石は重要区の供給を担っている。それがこんな状態では、きっと色々な人が困っているのだろう。

 どうにかならないだろうか。そう思ってもう一度ぺたぺたと大聖石に触れてみた、だがどうにもならない、ということしかわからない。

 その時私はふと思いついた。ひょっとしてユズトくんならなにかわかるんじゃないだろうか。クリフトンさんがいる時は出てこないようにしているみたいだけど、先程の言葉からして、きっと何か知っている!


「少し離れていて下さい、は不審よね、うーんどうやって相談しよう」


 なんとかユズトくんに聞きたいことがあると伝わって欲しい。クリフトンさんに見えないように、ぬいを握りしめてぶんぶんと振ってみた。でもやはりユズトくんは、誰かがいる時に出てくる気がない。

 急にクリフトンさんが神殿の入口のほうを向き、それから鋭く言った。


「騎士が来る、おそらくシェリオだ」

「そんな、騎士には知らせないって言ったのに!」


 耳を澄ませると、確かに床に響く靴音がこちらに近付いてくる。僅かに話し声も聞こえる気はするが、私には誰だかわからない、でもクリフトンさんはシェリオさんだという。この状況で靴音を聞き分けているのだろうか。

 もう一度シェリオさんに会える。騎士に捕まる怖さがあるのに、会えるという嬉しさも少しあるから、私の心は複雑だ。

 期待と恐怖が半々で動けないでいると、クリフトンさんがとんでもない言葉を放った。


「その髪でシェリオの前に出てみろ、無事ではいられない」

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