第4話 怪しい聖石師に声を掛けられる

「其方の傍にあり、程よく力を蓄積させていたからな、少しばかり拝借している」


 つまりこの喋っているのは、ユズトくんではなくユズトくんぬいの中に入り込んだなにかということだ。大事なユズトくんが、武士になってしまったわけじゃないらしく、私もそこは安心した。しかし気になることは尋ねたい。


「つまりどなたですか?」

「いいか、我はこの世界において風を司りし」


 ぬい特有の短い手足を、大袈裟に動かしていたユズトくんぬいは、そこでふいに口を閉ざすと、動きを止めた。そしてそのままポトンと地面に落下してしまう。

 慌てて拾い上げるが、ぬいはもう光っておらず加護の力も感じられない。


「ユズトくん? おーい、ねえったら、どうしちゃったの?」


 ぬいぐるみを軽く振ったりつついたりして、返事をしないか確かめる。ようやく出来た話し相手、それも大切な推しぬいだ。言葉遣いは変だったけれど、私としてはもっとお話ししたかったし、これから肝心な話を聞くところっぽかったのに。


「もう、一体なんだったのかな」


 ふいに、真後ろでゴホンとわざとらしいくらいの咳払いをされた。

 ユズトくんぬいに夢中になっていた私は、ビクリと動きを止める。その咳払いは、必死にぬいを振っていた耳にはっきりと聞こえてきた。


「え?」

「失礼、少し話を聞きたいのだが、構わないだろうか」


 慌ててサッと振り返る。いつからいたのだろう、男が一人そこに立っていた。慌ててユズトくんを庇うように隠すと、男の方へ向き直る。

 銀の髪は襟足が少し長く、青い目をした男の人だ。整った顔立ちをしているが、落ち着きすぎている表情はどこか冷たさも感じられて怖い。それに異世界とはいえ、銀色の髪をした人なんて初めて見る。


「君はこれに見覚えがあるだろう?」

「それはっ」


 男が見せたのは、綺麗な飾り紐に括られた飾りだ。私は自分の顔色がさっと変わるのを感じた。確かに見覚えがある。飾り紐に編み込まれているのは、この国では珍しい細い黒髪だ。それは私の髪の一房を編んで作ってある。

 切った髪を売った時、それで護り紐を作るのだと言っていた。髪で作ったお護りなんてなんだか怖かったけれど、私の髪は加護の力を含んでいて実際に効果があるらしい。

 騎士の手配対象となり、保護も受けられなかった私が売ったものだ。


「そ、それがなにか?」


 足元に風の加護を纏いながら、その男を見た。すらりと背は高くおそらく年上だ、アイスブルーというのだろうか、青い瞳が冷静に目の前の状況を写している。

 ひょっとして髪に価値があると知って、それを狙ってきたのだろうか。服装からして手配を掛けている騎士とは違う。

 硬い声で私が答えても、男は気にすることもなく大股でこちらに近付いてきた。指の背で軽く黒髪に触れる。冷ややかな視線は、動くなと示していた。


「まったく、かなり盛大に切ったな」

「わ、私の勝手じゃないですか!」


 見抜くように言われて思わずたじろいだ。詐欺なんてしていない。売ったのだって相手と双方が納得した上で切った髪だ。鋭く睨んで纏った風をさらに強めた。風の加護ならだいぶコントロールが出来るようになっている。この人を吹き飛ばして逃げるくらいわけないだろう。


「私か、するとやはり君は女だな」

「っ!」


 ため息混じりに言われ、私はギクリと顔をこわばらせた。

 実は髪を取引する時に、度々男か女かを訊ねられた。最初は失礼な人だと思って答えていたが、何度も訊かれるうちにその辺はどうでもよくなった。むしろ男だと思われていたほうが、髪を切るという行動にお互い躊躇いもなくなったし面倒なことにならない。

 そんなわけで今の私は、わざと少年に見間違えるような服装で過ごしている。その方が変な人が寄り付く確率も低くて過ごしやすいし。


「これはまた、厄介なことになったな、なんと説明するつもりだ」

「説明? 私を探している騎士に突き出すつもりですか」


 私は緊張したまま集中を高める。ええと、軽く吹き飛ばし目眩しして、それから全速力で逃げよう。頭の中でそこまで計画を組み立てると、足元の力を強めた。まだ上手くないが、それくらいは出来るようになっているはずだ。

 しかしその行動を読んでいるかのように、男は両手をひらりと上げて名乗った。


「俺の名はクリフトンという、君は異国から来たハルカだろう?」

「どうして私の名前を知っているんです、か、あっ!」


 ずばり名を呼ばれ、強めていた力を解いて尋ね返してしまう。


「しまった!」


 慌ててもう一度集中しようとするが、咄嗟だと上手くいかない。

 するとずっと冷たい雰囲気だった男が、わずかに表情を変えた。ほんの少しの変化は、普通にはわからない。ただ、彼なりに笑顔のようなものを浮かべてくれたような気がする表情の動きだ。

 そうしてそのクリフトンさんは、私に提案を持ちかけた。


「一緒に来れば、移住食も保証した仕事を任せられる。望むなら、君のことは騎士にも知らせない。そう説明すればわかってもらえるだろうか」

「そんな都合のいい話が、あると思えません」


 しかし確かに過ごす場所と仕事には困っている。騎士にも追われている。そこを提示されると私もちょっと弱い。


「君が持っている、聖石に関与できる力を借りたい」

「聖石師、のようなものですか?」

「ああ、そう思ってくれていい。そうだな、俺は王都御用達の聖石師といったところだ」


 聖石師というのは、この国特有の仕事だ。エネルギー源である聖石に関する職業を、大雑把にまとめた言い表しかたが聖石師となる。大きく捉えると、細工師や商人なんかも含まれ、私のように加護の力を持っていて、聖石に干渉出来る者もそれを仕事にするなら聖石師と名乗れた。

 王都御用達の聖石師、といっても何をしているのかは全くわからない。王都に置かれている大聖石の管理から、それこそ王宮で雑務に使われる小さな聖石の扱いまで様々だろう。そのくらい、この世界に来たばかり私だってもう知っている。


「このままではいられない、それは分かっているだろう? だったら話だけでも聞く価値はある」

「そうですが……」


 胡散臭いけれど、落ち着いた言葉には嘘は感じられない。そんな必要はない、という雰囲気を纏っているからだ。


「こちらだ、ついてくるといい」


 結局、私はクリフトンさんについていくことにした。このままではいられないと思っていたのは確かだ。

 路地裏から通りに戻ると、そこには馬車が用意されていた。馬車は街で見かけていたけれど、まさかこんな状況で乗るとは思わなかった。知らない車に乗っちゃいけない。それは子供でも習う初級の防犯だけれど、こうなったら乗るしかない。

 抱えたユズトくんぬいが、口元に僅かな笑みを浮かべた気がした。それは気のせいかもしれないけれど、勇気と元気をくれるように感じられる。

 馬車の窓から見える景色は、やはり知らない国だ。テレビでも見たことのない、アニメともちょっと違う、そんな街並み。私はそんな景色を飽きもせずずっと眺めていた。

 しばらく経つと、クリフトンさんが言った。


「これから王都の重要区に入る、窓を閉めよう」

「重要区?」

「神殿や王宮のある、街の中心だ。もちろん騎士の詰所だってある」


 騎士の詰所、と言われて私は慌てて窓を閉めた。そういえば、一体どこに連れていかれるのか聞いていない。軽々しく乗ってしまったのは間違いだったかと今更不安になる。

 私の顔には目一杯の不安が描かれていたのだろう。クリフトンさんの表情がまたほんの少し柔らかくなった。


「向かっているのは神殿だ、そこに俺の仕事場のひとつがある」

「ひとつ、ということはいくつかあるんでしょうか」

「それは追々覚えればいい」


 神殿なんて縁がなさすぎる言葉で、どういう場所なのかまるでピンとこない。馬車は門らしき場所で一回止まったが、窓を開けられることもなくすんなりまた動き出し、さらに暫く走ってようやく止まった。


「こちらだ」

「は、はい」


 馬車が停まったところに騎士が立っていたので、私はギクリと固まった。けれどその騎士は手配を知らないのか、クリフトンさんになにか言われているのか、降りる際に手を貸してくれたぐらいで、私を捕らえる様子もない。

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