第36話 騎士さまどうか一緒にいて

 私が大聖石への調律を成功させたことで、神殿の大聖石を含めた全ての聖石が落ち着きを取り戻した。謎の否決を示していた、火の聖石も上手く加護の力を流している。

 神殿は今でも一般へ開放されており、眩しいくらいに光っている大聖石に声をかける人も多く訪れている。

 私はというと、今も変わらず工房で聖石の調整に関する仕事をしている。


「じゃーん、お昼ご飯はオムライスです!」

「これは、確かにあの定食屋の料理に似ている。食べるのが楽しみだな」


 お皿を掲げて見せると、ケチャップソースの入った小瓶を抱えたシェリオさんは目を輝かせた。今日のメニューはオムライスにポテトサラダ、それからキャロットラペだ。食材名は微妙にちがうので、全部なんちゃって料理であるが。

 作業台の脇に置いた二人掛けのテーブルにオムライスのお皿を置くと、シェリオさんが真剣な表情でケチャップを掛けていく。副菜とスプーンと箸を置けば今日の昼食だ。

 職人街や商店の人、騎士などは朝晩二食の人もいるらしいが、やはり私は三食きちんと食べなければ力が出ない。

 そして最近は、シェリオさんが居るときはこうして二人分作っている。


「いただきまーす」

「いただきます」


 二人で向かい合って座ると、食事の挨拶をする。この意味を私から聞いたシェリオさんは、それから毎回一緒に言ってくれる。


「やはりコメを炊くときの水加減が絶妙だ、美味い」

「ですよねー、お米最高」


 ちなみにシェリオさんは箸の使いかたを勉強中だ。フォークでも先割れスプーンでもいいのだが、どうしても使いこなしたいそうだ。

 二人でニコニコとオムライスを食べていると、工房の扉が軋んだ音を立てて開いた。

 少し涼しい風が吹き込み、やってきたのはダリウスさんだった。

 扉に背を向けて食事をしているシェリオさん見ると、すぐに乾いた笑顔が浮かぶ。なんというか、今日も本当にお疲れ様です。


「こんにちはダリウスさん」

「やあ、こんにちはミズキ、食事中に邪魔するよ。それから、シェリオくーん」


 ダリウスさんはシェリオさんに近づくと、後ろから羽交い締めにしようと腕を出した。ただシェリオさんも気配でわかっていたのか、さっと頭を下げて避け、まだオムライスを食べている。そういうじゃれあいは、食卓から離れてやって欲しい。


「お前、こんな昼間から飯とは、いい身分だなあ」

「やはり昼も食事を取ったほうが、調子も良いしな」


 ちなみに、王宮近くの工房にいるミズキが調律を行った聖女だということは、伏せられているし、知っていても話題にしないという暗黙の了解がある。

 しばらくじゃれていたダリウスさんとシェリオさんだったが、ダリウスさんはそんな暇はないとばかりに唐突に我に返った。


「ミズキ、そろそろ式典の返答を聞かないと、警護や段取りの配置が進まない」

「調律の報告と国の繁栄を願うお祝いの式典ですよね。聖女の後ろに立つ護衛騎士の選定でしたっけ?」


 結局花祭りもバタついてしまったので、聖女の式典はお祭りのように華やかに開催したいというのが、国や王様の意向だ。

 私は、その式典に聖女として出て欲しいと言われている。


「そういえば調律の報告に王宮に行った時も、早めに決めて欲しいと言われました」


 聖女にも衣装や覚えることがあるけれど、最も近くを護衛する騎士にも式典のしきたりがあるらしい。そういう練習や心構えのためにも、早めに決めて欲しいのだろう。


「いや、それはシェリオだろう? 衣装の仮縫いだってしているし」

「え? シェリオさんだなんて、私ひとことも言っていませんけど」


 おかしいな? と私が大げさに首を傾げると、カタンとシェリオさんの手から箸がこぼれる音がした。チラと見ると、その目が見開かれている。いったい何故? 表情いっぱいにそう表現されているのがわかるから、なんだか面白い。

 ダリウスさんはわかっているのか、気にせず話を進めていく。


「だったら尚更、誰にするか指名を貰いたい」

「第二の騎士じゃなきゃ駄目ですか?」

「一応そう決まっているが絶対とは言わないな、ミズキが指名するなら覆せるが、俺か?」


 ダリウスさんがキラリと目を光らせて茶化しにかかる。なんとなく持っていきたい彼の目的が見えてきたので、私も素知らぬふりをしてそれに乗る。


「いいですけど、そうすると警護につく騎士の配置全部が見直しになりますよね?」

「なら俺の場所にはシェリオが立てばいいだろ」

「本当だ、ちょうどいいところに第一に推薦されているのに、それが嫌で最近サボってばかりのシェリオさんがいたわ! きっと近衛の騎士服も似合いますね」


 二人がかりで揶揄えばと、シェリオさんはむすっと不服そうな表情になった。黙ってオムライスを口に運んでいる。

 そして副菜までしっかりと食べ終えると、ガタンと音をさせて立ち上がった。


「仕事に戻る。ダリウス、報告はあとでしてくれ」


 そう言って騎士服を翻して出て行ってしまった。怒っているわけじゃないだろう。それくらいもうわかる。

 閉まったドアを眺めながら、ダリウスさんは腰に手を当てて言った。


「全くあいつは、真面目か不器用、どちらだか」

「そんなの、どちらもでしょう」


 私はクスクス笑うと、シェリオさんが仕事に戻ったことを確かめて、改めてダリウスさんに向き直った。


「ちなみにダリウスさん、とっておきの苦労があるんですけど、聞きません?」

「聞きたくないって答えても、聞かせるだろ」


 大きくため息を吐きながらも聞いてくれるダリウスさんは、やはり苦労体質だ。

 私は数回瞬きして少し緊張を解してから、そのお願いをした。


「式典のシェリオさんの衣装、こっそり差し替えてもらえませんか」

「近衛の色か? それ本気で言っているのか?」


 なんだかんだ言って、ダリウスさん達も私の護衛騎士はシェリオさんだと思っているのだろう。だからそれに合わせて衣装や騎士の配置も決めている。


「違いますよ、騎士服を白にして欲しくて。そういうのって特注ですかね」


 折角なので、国中のみんなの前でイチャイチャしようと思いまして。

 そう言うとダリウスさんの口は半開きになった。

 結婚や祝いごとに白をというのは、この国でも同じらしい。それと同時に白は聖女の色でもあり、繁栄と平和を示している。つまり公な行事でも、着られる身分や条件がとても限られた特別色だ。


「シェリオさんには当日まで内緒にしますから、偽装の護衛騎士を三人くらい決めてください。口が硬くて真面目でノリのいい人だったら誰でもいいです」

「こういう思い切りが、女は怖えよ。もういっそ宣誓官も置いたらどうだ?」

「やだなあダリウスさん、そんなのまだ気が早いですって」

「そこまで仕掛けようとしといて、どの口が……」


 宣誓官というのは、この国で結婚をする時に承認手続きをする人である。教会式の牧師とは少し違うとは思うが、まあ似たような感じだと私は解釈した。

 つまりシェリオさんには護衛騎士兼、私の恋人として式典に出て貰いたいという企画だ。

 ちなみに彼は聖女の護衛騎士に熱烈に憧れているので、おそらくだが、嬉しいけどそれじゃない! になるとは思っている。きっと特注の騎士服より、代々聖女の騎士が着ていた装いをまず着たい。でもそんなの着る機会これからいくらでも出来る。

 つまり、事前に話すとごねるのも予想済みだから、密かな企画として通す必要があり、結構難しい。


「でも、成り行き次第ですけれど、いざとなったら王様が宣誓も引き受けてくれるって、きゃー! そうなったらどうしよう」


 でも話のわかる王様で良かったですよね。

 私はジタバタ興奮しながら、笑顔でお茶を淹れ直している。


「面白そうだけど、無茶苦茶に面倒じゃねえか!」


 ダリウスさんは、叫んで髪をかき回した。そんなこと言っても、任せておけば当日までにうまくやってくれるに決まっているから頼もしい。

 白い騎士服のシェリオさんもイケメンだろうな。

 私はそんな風に考えながら、淹れたばかりのお茶を飲み笑った。


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異世界で出会った、聖女推し騎士に手配されましたが 芳原シホ @yoshishiho

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