第13話 聖女様からの依頼

 それから日々が過ぎていき、シェリオさんやダリウスさん以外の騎士や王都の人たちが、私の工房へと訪れるようになった。徐々に評判は広がっているようで、依頼も増えている。


「預かっていた道具ですが、聖石の調整はしました。こちらになります」

「やっぱり調子が悪かったのかい?」

「ひょっとしてこの子、ここのところ使っていなかったですか?」


 聖石に感情が宿っているわけではないが、加護の力はそれに似たようなもので流れていると私には思える。長く使わないと、うまく動かなくなったりもするのだ。


「そうだよ、久しぶりに使ったら動かなくてねえ、やっぱりそのせいかい?」

「ええ、少し加護の力を流して、様子をみましたがもう大丈夫だと思います」


 少し離れている商店街から、わざわざ出向いてくれる人もいる。今日来たカリナさんもそんな一人だ。

 商店街で食料品のお店をやっているカリナさんは、この国に来たばかりの頃の私にパンをくれたおばさんだった。カリナさんのほうは覚えていないのかもしれないが、私はしっかり記憶していた。なにせ一番辛い時に助けてくれた人だ。


「またなにかあれば頼ってください。カリナさんなら大歓迎です!」

「そうかい、嬉しいねえ」


 カリナさんはにこにこと笑いながら答えた。こんな風ににこにこと感謝されると、私の方も心が温かくなる。受け取りのサインをしてもらって、預かっていた道具を渡すと、カリナさんは籠を差し出してくれた。


「これ、差し入れだよ。あとで食べておくれ」

「わあ! ありがとうございますカリナさん! カリナさんのお店のパンは美味しいですよね。あとで食事に頂きます」


 籠を除くと、パンと果実のようなものが入っている。それはこの国ではかなりポピュラーな物で、野菜なのか果物なのかはわからないが、食べ方はもう知っている。


「この袋は、お豆ですか?」

「そうだよ、西のほうから取り寄せていた物がやっと届いてね。おすそわけさ」


 王都やその周辺の地理に詳しくなかった私も、やってくる人との会話で知識は増えつつある。たしか少し前に来た人が同じように、王都から西の話をしていた。


「西って湿地で野獣も出るって聞きました。そんな場所から取り寄せたんですか?」

「そうさ、西の街道はいつも泥濘んでいるから馬車も通りにくいけどね。その向こうではいい物が採れるんだ。だからもう少しなんとかなればいいって思っているよ」


 その豆は私も大好きなのさ、美味いからもっと手に入れたいのにね。そう言いながらカリナさんは、長めに水に浸した方が食べやすいと教えてくれた。


「少し膨らんで色が変わるから、それがいい頃だよ」

「ありがとうございます、目安にします」


 豆は王都でも多く手に入るが、これは大きい粒で袋はずっしり重い。他の物も今日の食事にさせてもらうことにした。


「そんな貴重なお豆、お代払います!」

「いいさ、こっちだってかなりまけてもらっているだろう」


 私には大きくおまけをしているつもりはない。代金だってクリフトンさんが設定している王都の聖石師としての適正価格だ。しかし加護の力を扱える者はそこまで多くなく、力の貴重さを考えるとどうやら破格で受けていると感じてくれる人もいる。


「ありがとうございます、じゃあ頂きます」

「うんうん、美味しいだろうからまた感想を聞かせておくれ」

「はい! 是非とも!」

「じゃあ私はそろそろ店に帰るよ、ありがとうね」


 見送るために重い木の扉を開けると、ちょうど工房の前に馬車が止まるところだった。綺麗な馬車は見覚えがある気がする。

 カリナさんが行ってしまうと、馬車の扉が開き従者に付き添われた女の人が一人降りて来た。今日は騎士が付き添っていないが、その栗色の長い髪は、風に揺れてなんだか光っているようにも見える。穏やかな笑みを浮かべたその人には見覚えがあった。

 やって来たのは、あの聖女の像の前で見かけた聖女のアグノラ様だった。


「こんにちは、はじめまして、工房のミズキ様でおられますか?」

「はい、そうです」

「ご挨拶と話しは中でしてもよろしいかしら?」


 そう言われ私は慌てて工房の扉を開く。招き入れようとすると、従者がやって来て代わりに扉を支えてくれた。

 お茶でもお出しした方がいいのだろうか。そう思っている間にアグノラ様は工房の中に入ってくると、私に向かって優雅に一礼した。


「はじめまして聖石師様、わたくしはアグノラ・ハチェルと申します」

「こちらこそはじめまして。この工房を預かっているミズキです」


 聖石師様なんて呼ばれるのは、なんだかくすぐったい。同じように優雅に礼なんて出来ないが、私はあわてて両手を揃えて深く礼をした。その礼はどちらかというと日本式だが、気持ちが込められていれば伝わるはずだ。


「座って話がしたいのだけど、いいかしら?」

「はい、どうぞお座りください」


 この国に来てから話をしたのは、騎士や依頼に来る王都の住民などがほとんどだ。

 侯爵令嬢だというアグノラ様の家から依頼を受けるにしても、彼女が直接やってくるような依頼方法は取らないだろう。彼女の要件がまったくわからない。

 しかしアグノラ様は座って一呼吸するなり、依頼をしたいと話を切り出した。


「本日は、依頼があって参りました」

「アグノラ様も、加護の力をお持ちだと聞きました。それなのに依頼ですか?」

「はい、私一人では大きなことなので、是非ミズキ様の力をお借りしたいのです」


 深く頷いて見つめてくるアグノラ様は、はいともいいえとも即答できない雰囲気だ。

 私も座り直すと、背を正した。


「まずは話をお聞きします。それから答えてもいいでしょうか」

「わかりました。王都の西をご存知かしら?」

「はい、豊かですが、水が多く馬車が通りにくい場所だと聞いています」


 さっきカリナさんとの話の中でも出てきた。西側から来る物は良質だが手に入りにくいという西だ。頻繁に泥濘み、街道でも馬車には悪路になる日が多いらしい。


「西へ少し行ったところに、大聖石が設置されています。本来ならその聖石が、西の街道を水から護る役目を担っているのですが、おそらくうまく動いていません」

「ひょっとして、アグノラ様がその大聖石を癒しに行くのですか?」


 なんとなく話の内容が見えたので、尋ねる形で言葉を繋げた。アグノラ様は大きく頷き、そして私をじっと見つめながら願うように手を組んだ。


「ミズキ様は、優秀な聖石師だと聞きました。西の大聖石を癒すため、私の力になってはくれませんか?」


 一緒に行って欲しいか、王都で代わりにして欲しいことがある、のどちらかと思っていたが、どうやら前者のようだ。


「はい、それは構いませんが」

「騎士も同行してくださいます、なにかあっても私とミズキ様を守ってくださるわ」


 それを聞いて私はどきりとした。事情を知っているダリウスさんならいいが、シェリオさんや他の騎士に知られてしまう恐れはある。

 しかし西の大聖石が落ち着けば、カリナさんや商人たちを始め、多くの人が助かる。

 手配の女だと気付かれなければ良いのだ、主に癒しはアグノラ様がするのだから、私は保険ぐらいの役目だろう。目立たない後ろにそっといればいい。それぐらいなら出来るかもしれない。そこまで考えると私はアグノラ様に向かって頷いた。

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