第72話 帝都は不可侵1『空中戦艦 轟龍』

~前書き~

今回は「竹本の好き勝手やった色」が濃くあります。苦手な方は回避をお願い致します。


~本編~


【1942年5月18日】


 実に史実より1ヶ月遅れでドゥーリットル空襲が始まった。


 最初に異変に気付いたのは、遠洋で活動する日本海軍の哨戒部隊である『黒潮部隊』だった。黒潮部隊は漁船を徴用し特設哨戒艇に変えた貧弱な哨戒部隊である。本土空襲の恐れが高まると、特設水上機母艦や特設巡洋艦の増員を受けた。水上偵察機の哨戒飛行が加わり監視は厚くされている。しかし、あくまでも、民間船徴用の範囲に収った。


 特設監視艇の1隻が衝突事故を起こして異変に勘付いている。夜間だが不審な艦影を視認して通報した。その正体はハルゼーの率いる日本本土空襲部隊だ。ハルゼー側も衝突事故を怪訝に思って確認させる。照明弾を上げて確認すると、自艦隊の周囲一帯にびっしりと小型船が張り付いた。日本の漁船の群れに突っ込んだと知るや否や速やかな排除を命じる。駆逐艦に砲撃と機銃掃射、体当たり攻撃を行わせる。明るくなって艦載機が使えるようなり、空母ワスプからSBDドーントレス爆撃機、F4Fワイルドキャット戦闘機が発進した。軽武装の哨戒艇に対して過大な火力である。黒潮部隊は沈む最後まで「敵艦隊発見」と「敵は爆撃機を発艦」の緊急通報を発する。


 あいにく、この日は分厚い雲が広がった。ドゥーリットル隊のB-25は、低空飛行を余儀なくされ、爆撃機の発するエンジンの音は洋上に響き渡る。苛烈な戦闘の中でも兵士は聞き分けられた。


 黒潮部隊の通報から帝都に空襲警報が発せられる。高射砲陣地の15cm、12cm、10cm、90mm、75mmの各種高射砲が空を睨んだ。房総半島の大電探基地は不審な反応を虱潰しに探すが、予め陸軍と海軍から輸送機や訓練機の飛行計画を知らされている。現在時刻と飛行計画を照らし合わせながら画面を注視した。故障や不具合から変な反応を示すことは日常茶飯事である。黒潮部隊が自らの命と引き換えに敵艦隊を通報した。彼らの無念を晴らすためにも絶対に逃さない。


 すると、大洗方面から侵入する不審な反応を確認した。その数は16である。陸軍と海軍の訓練機にしては針路がおかしい。16機という機数も中途半端だ。これを爆撃機隊と断定し、帝都防空隊に情報提供を開始する。最も早く迎撃に向かえる航空隊は即時に出撃した。今回は非常事態を盾に帝都防空に関する独断専行は広く許容される。


=千葉県大原=


 千葉県の大原は海軍学校の分校と航空基地が設置された。大原は帝都防空体制強化を契機に要塞化が進められる。国鉄の外房線と木原線が通るため、軍需物資の輸送を円滑に行えた。太平洋に面する点から水上機と飛行艇が発着する水上機基地も新設される。


 そんな大原から空中戦艦が発進した。


「これは訓練でない。繰り返す、これは訓練でない」


「そんな言われたら、耳にタコが出来ますわ」


「わかった、わかった。轟龍の初実戦になるから、入念に確認してるだけだ」


 大原を発進した空中戦艦は3機だけだ。しかし、1機当たりの戦闘力は日本海軍航空機の中でもトップクラスである。その空中戦艦は見た目こそ二式大艇らしい。しかし、ハリネズミのように機銃が張り巡らされた。


「二式大艇の20mm機銃を増やすに満足せず、37mm機銃を増設した。B-17を撃墜できる火力だが、一寸たりとも油断せず、穴だらけになっても撃ち続けろ」


「おい、37mmが頼みだ。本当にB-17だったら20mmでもビクともしない」


「任せてもらいます。ちゃんと、弾は訓練用から実戦用に切り替えています。三度確認したので間違いありません。37mmの炸裂弾は貫通こそしませんが、一撃で装甲を引き剥がします」


「気を張り過ぎるのもな。轟龍の後に陸軍と海軍の局地戦闘機が続くらしい。本当に撃墜されるまで戦うことはないぞ。俺達の仕事は時間を稼ぐことにあるんだ」


「さっきと言ってること違いません?」


 帝都侵入を図る不届き者の成敗に向かう機影は制空飛行艇の『轟龍』である。二式大艇を改造しているが、二式大艇は世界最高峰の飛行艇を誇り、速度性能、航続距離、火力、防御力の全てが優秀だった。あくまでも、飛行艇のために仕事は輸送や哨戒、偵察などの裏方仕事が占める。敵爆撃機と偶然接触して自ら空戦を挑んで敵機を撃破ないし撃墜した。


 二式大艇の重武装と重防御に注目した海軍は、制空飛行艇への改造を決定する。帝都など重要拠点の防空に充てるが、飛行艇としては高速なだけであり、迎撃に適するとは考えられない。確かに、この指摘は正しいのだが、二式大艇の特性から価値を見出させた。圧倒的な航続距離は長時間飛行が可能を意味し、今回は通報を受けて緊急発進するが、本来は空中で待機することが想定される。これによって発進と着水を繰り返す手間を省略できた。発進から一定高度まで上昇するに要する時間は、局地戦闘機でも数分を要する。


「電探はどうだ」


「草餅を食いそびれた機長と違って、機嫌よさげです」


「おい、余計なことを言うな。反応が出たら、すぐに言えよ」


「分かってます。草餅を食いそびれた機長のために見逃しません」


 随分と軽口を吐いているように聞こえる。帝都防空という重圧からやむを得なかった。せめて、移動中だけは気を楽に過ごしたい。いかに居住性の良い機体でも重圧は軽減されないのだ。


 話を戻そう。二式大艇は1850馬力の火星発動機が4基である。大柄で重い空対空電探を搭載できる上に安定稼働を見込めた。現に空対艦電探を搭載した偵察仕様が運用されて実績を残している。また、貨物室には予備部品を積載しており、故障時は電探手が修理した。各種電探は単発機に搭載できるまで小型化と軽量化、安定稼働が保たれていない。二式大艇のような四発の大型機が素体に必要だが、二式大艇に限ることなく、四発の陸上輸送機も改造された。


 かくして、二式大艇が頑丈、重武装、電探の安定的な稼働から抜擢されている。とはいえ、二式大艇をそっくりそのまま使用することは面白くなかった。特に武装の強化は必須と指摘される。従来は20mm機銃が機首1門、胴体上部1門、胴体左右1門ずつ、尾部1門の計5門に7.7mm機銃を予備に装備した。この時点で強力である。しかし、B-17のような重爆撃機を撃墜するには更なる火力が追求され、轟龍は20mm単装を連装に変更している。つまり、20mm機銃が計10門に倍加した。さらに、操縦室後方上部に37mm単装機銃の銃座を新設する。37mm機銃は大威力の炸裂弾を使用できた。これは装甲を貫徹するより、秘める威力で装甲を破壊する。もっとも、37mmは弾数の少なさ、発射速度の遅さがネックだった。重爆撃機迎撃用の大口径機関砲に30mmが登場するが、生産が追い付いていないため、使い勝手が悪くても37mmを使用せざるを得ない。


「リモコン式銃座も丁寧に使うように」


 銃座は全てリモコン式に変更された。丸みを帯びた銃座は空気抵抗を生む。よって、銃座を無人化して平べったくすることで、空気抵抗の減少を試みた。各銃手は機内から光学照準器を通じて敵機を把握する。そして、簡易射撃指揮装置の導出した見越し点を活用して射撃した。リモコン式銃座はシステムを含めて、かなり凝った造りのため、帝都防空など重要度の高い機体に搭載される。


 すると、空対空電探に待望の反応を捉えて電探手が叫んだ。


「敵機反応あり! 数は7!」


「7だと?残りの9機はどこへ行ったか分からんが、とにかく、この7機は轟龍で撃墜する」


 空中戦艦は速度を増した。


続く

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