第129話 日本版護衛空母

「油槽船改造空母と民間商船改造空母も4隻揃えば壮観な景色である。本来はヒ船団を護衛するところ、マーシャル諸島、ギルバート諸島に向かう船団の護衛に駆り出された。まぁ、米潜水艦はサッパリと現れなくなった。遂に在庫が切れたと見ていいだろう」


「油断と怠慢が最たる敵です。米潜水艦はいつどこに現れるか」


「それはそうだが、幾らかは安心しても、罰は当たらんよ」


 日本海軍は島嶼部の防衛強化に注力した。アリューシャン列島、マーシャル諸島、ギルバート諸島の前線拠点に戦闘機と攻撃機、爆撃機を増備する。既に飛行場がある場合は航空機を運ぶだけで済むが、新たに飛行場を建設する場合は、建設用重機と資材を満載した輸送船団を派遣した。


 マーシャル諸島とギルバート諸島は遠洋に位置する。高速輸送艦の船団を組んでも米海軍の潜水艦に襲われる危険性が高い。日本海軍は輸送船団護衛に海防艦と駆潜艇を与える。しかし、両諸島は特別扱いと広義の護衛空母と二等駆逐艦を与えられた。小型艦の海防艦と駆潜艇の航続距離が足りない。


「米海軍の反攻作戦が太平洋の中部を突っ切る格好なら、マーシャル諸島とギルバート諸島は一番最初に狙われる。敵潜水艦の雷撃を許さない。艦爆と艦攻を無事に送り届けねば」


「『葦』が敵潜水艦の潜望鏡らしき姿を発見!」


「直ちに直協を向かわせるんだ!」


 二等駆逐艦の『葦』が敵潜水艦の潜望鏡らしき姿を視認した。直ちに敵潜水艦発見の報告が船団を駆け巡る。彼らは潜水艦に捕捉されることを回避したい。之字運動を採用した。敵潜水艦と運悪く接触することはあり得る。駆逐艦が潜望鏡を発見したことは僥倖と言えた。


 対潜哨戒に飛行する直接協同偵察機が現場に急行する。低速機だが鈍足の潜水艦よりも遥かに高速だ。これが味方潜水艦や誤認の可能性があるため、両目を見開いて確認を進めている。


「先ほどの報告は誤認! ただの流木のようです」


「絶対に叱るんじゃない。叱ることで委縮して報告が遅れては本末転倒だ。褒めることで報告を必ず上げさせる」


「はっ!」


 直協が低空飛行で目を凝らすと、潜望鏡は流木と判明する。大きな流木が立った。これを潜望鏡と誤認することを叱責したくなるが、輸送船団の護衛部隊の長は叱らず、真逆に褒めて伸ばすことに努めた。見張りの兵士を叱責して変に委縮されては困る。すぐに報告することを躊躇った。報国が上がらないことは本末転倒だろう。褒めることで勢いづかせた。今度こそ、敵潜水艦を見つけさせよう。


「こんな輸送船団を襲うなんて考えない方が身のためだ。こう教えたいよ」


 マーシャル諸島とギルバート諸島に向かう臨時特急の輸送船団は高速輸送艦5隻を輸送本隊に設定した。これを守る護衛部隊は広義の改造空母4隻と二等駆逐艦5の豪華な内容である。しかし、改造空母4隻の内の2隻は航空機輸送任務を兼ねた。対潜哨戒機を封じられている。


 護衛部隊の改造空母は『神鷹』『海鷹』と『大滝丸』『大邱丸』の2姉妹だ。2姉妹とも改造空母だが、素体が高速油槽船と民間貨客船で分けられ、搭載機数に若干の差が見受けられる。


 前者の姉妹は大阪商船の『あるぜんちな丸』と『ぶらじる丸』を改造された。優秀船舶助成施設に割り当てられる。日本海軍に徴用されると特設運操艦を経て航空母艦に改造された。小型で低速の空母な故に米海軍護衛空母に準ずる。船団護衛や航空機輸送を務め上げた。今回は零戦と一式艦爆、一式艦攻を満載してマーシャル諸島とギルバート諸島に空輸する。


 後者の姉妹はTL型高速油槽船を転用した特3TL型空母だった。最初から空母と建造されるが、素はTL型油槽船のため、広義の改造空母に括られる。こちらも小型・低速の「護衛空母らしさ」に富んだ。しかし、肝心の油圧式カタパルトの調整は済んでいない。九六式艦爆と九六式艦攻は即席の対潜哨戒機に引っ張りだこだった。そこで、陸軍で余剰となった九八式直接協同偵察機を積んでいる。特3TL型の短く狭い滑走路でも離着陸でき、機体の操縦が簡単で低速の安定性も良く、頑丈で故障しづらくエンジンの整備も簡単だ。九八式直接協同偵察機は護衛空母の対潜哨戒機に足り過ぎている。


 彼らは輸送船団の上空に翼を翻らせる。


=九八式直接協同偵察機=


 高速輸送艦を護衛する改造空母4隻と二等駆逐艦5隻の光景は上空からも圧巻に尽きる。二等駆逐艦も排水量1,000tを切る戦時量産型の小型駆逐艦でも立派な軍艦なんだ。それが5隻も揃うと周囲に与える威圧感は強い。敵潜水艦は恐れおののくに違いなかった。潜水艦は駆逐艦や海防艦、駆潜艇を恐れがちである。


「いや~圧巻で仕方ない。こいつは敵潜水艦も恐れて近寄らないはずだ」


「米海軍は新型潜水艦を投入してきました。先のような誤報で振り回されると追いつきません」


「そうはいっても、よく見つけてくれた。哨戒機が見つけられなくて、どうする」


 先の流木を潜望鏡と見前違えた誤報から現場に急行した。低空飛行で流木と確認して一安心したばかり。敵潜水艦を発見した報告は何度受け取っても緊張感が突き抜ける。海に隠れて見えない敵だからこそ、必ず仕留めなければならず、責任は重大どころでなかった。


「それに二等でも駆逐艦が控えた。哨戒機は敵潜水艦に雷撃を諦めさせることが重要だ。二等駆逐艦が爆雷を投射するまでの時間を稼ぐことにある」


「言っていましたね。対潜水艦の戦闘は個人戦ではなく集団戦であると」


「集団戦のいわゆるチームプレイが重要なんだ。私情を挟む愚かは真似はするなよ」


 艦載の対潜哨戒機は敵潜水艦に攻撃させないことを第一にする。潜水艦を一度でも振り切れば(再補足されない限り)雷撃を受ける恐れは生じなかった。よって、航空爆雷を投下して雷撃を諦めさせる。同時に二等駆逐艦の爆雷投射までの時間を稼いでいた。駆逐艦の爆雷投射は長時間に及ぶ。敵潜水艦は潜航してやり過ごすことしかできない。そのために対潜水艦の戦いは個人戦ではなく集団戦と言われた。対潜哨戒機と駆逐艦等が連携を欠いた瞬間に魚雷が発射される。


 二等駆逐艦も戦時量産型のため性能こそ一等駆逐艦に劣る。しかし、対潜水艦に関しては一切妥協していない。むしろ、潜水艦との戦いに特化した設計が組まれた。各種電探に最新の探信儀を装備する。爆雷は二式爆雷36発を積んでおり、深度150mまで対応し、沈降速度も速いときた。


 さらに、新たに開発された前方投射用の対潜迫撃砲も装備する。爆雷に比べて浅い深度までしか届かずに1発の威力も低い。砲弾は安価で大量に投射できて操作する兵士が少数で済んだ。対潜砲弾を前方に投射できることは絶大な利点と言える。後方にしか投射できない爆雷を補うのだ。


「ただし、二等駆逐艦は低速で砲も最小限なんだ。敵潜水艦が浮上して砲戦を始めたら哨戒機が機銃掃射して阻止する。友はあっさりと沈んでしまうぞ」


「先の誤報に苛立つ暇はないですね」


「分かればよい」


 その二等駆逐艦も潜水艦相手に無敵ではない。魚雷を1本でも貰えば轟沈する。浮上しての砲撃戦も有利と言い辛い。戦時量産型で建造日数を半年未満にした代償に主砲は10cm連装砲1基2門のみだ。副砲は20mm四連装(上下に連装を束ねた)機銃2基と20mm単装機銃10基である。


「もっと高度を下げて監視する」


「お願いします」


 いかに米潜水艦の活動が落ち着いても警戒を怠らなかった。なぜ活動が落ち着いたのか理由は不明である。何となくで読むこともできない。とは言え、警戒して不利益を被ることもなかった。


 改造空母の直協と二等駆逐艦は両目を光らせる。


続く

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