第130話 超大型飛行機の夢
=軽巡大淀=
大淀に次期連合艦隊司令長官が確定的な桑原中将、三和連合艦隊主席参謀、樋端参謀ら連合艦隊の関係者が一堂に会した。本来は戦艦『長門』で会議を開くが、非常に高度な秘匿性を持たせるため、敢えて連合艦隊の臨時的な旗艦を務める『大淀』を選択する。
「Z機計画の前に米本土とアリューシャン列島を往復する爆撃作戦だと? 連山や高千穂では到底届かない」
「二式大艇の偵察仕様でギリギリだ」
「Z機を開発するにあたって川西が秘密裏に超飛行艇を開発しています。世界最大の飛行艇を作るべきはドイツではない」
「KX-3のことは存じている。しかし、あれは試験機じゃないか」
「そのKX-3を極少数生産して米本土と往復爆撃しましょう。これは中島会長のご意向です」
大淀の無機質な会議室の中でアリューシャン列島と米本土を往復する爆撃作戦が提案された。驚くべきことに、本作戦の提案者は海軍ではなく、民間企業の航空機メーカーである。具体的には、決戦機のZ機を開発する企業連合を主導する中島会長が社員を介して提示した。
「目標はシアトルのボーイング社工場です。新型重爆撃機の開発拠点は内陸部に移したと聞きます。とはいえ、相も変わらず、B-17など爆撃機の生産を進めている。これを爆撃することで圧力を加えたい」
「聞く限りは好ましいが…」
「川西社は8月までに試作機を完成させます。Z機と程遠いと雖もです。超大型機の実戦から得られるは貴重ばかり…」
「本当にできるんだな?」
この時ばかりは桑原虎雄中将も真剣な眼差しだった。机に並べられたKX-3という試作機の図面などを端から端まで読み通している。自分が航空兵として扶桑から発艦した過去を有した。航空機に対する妥協は許さない。己が切り開いた世界最強の航空戦力なのだから。
「できます。中島と川西、三菱だけではありません。我が国の総力を結集しました」
「連山と高千穂、零式重輸送機、二式飛行艇など大型機の蓄積は完了しています。米軍の反攻が弱まった今が好機ではないでしょうか」
ここで樋端参謀が企業連合代表の中島社の提案を推す動きを見せた。三和参謀は鋭く突く箇所が無いか探している。桑原中将の威圧感は半端でない。中島社員は一切動じなかった。
ここでKX-3に入る前に前提が存在する。その前提は極秘で開発が進められる決戦機『Z機』だ。中島社が提唱した超大型爆撃機である。日本本土を飛び立って米本土を爆撃した。日米を往復可能な規格外の超重爆撃機とされる。日本軍は未だに四発重爆撃機の連山と高千穂止まりなのだ。本当に実現できるのか不透明が呈される。そこで、規格外の超大型機のデータを収集する試験機を作ることにした。
これが川西社の超大型飛行艇ことKX-3なのである。企業連合が開発するZ機に貴重なデータを反映し、あくまでも、試作機のため実戦投入は考えられなかった。試作機ならば「陸上攻撃機でないのか」と指摘される。これは四発陸上攻撃機が最近になって軌道に乗り始めた。直ぐに六発陸上攻撃機は不可能に限りなく近い。四発飛行艇は九七式飛行艇と二式飛行艇に確立された。日本の飛行艇技術は連合国はおろか枢軸国をも圧倒する。六発陸上攻撃機に比べて六発飛行艇の方が確実性に勝る。そして、中島社と川西社は「どうせなら米本土爆撃してみよう」と膨らませた。
「中島会長はなんと仰っている」
「Z機以外に勝機無し」
「わかった。海軍は元よりZ機計画の後ろ盾をしてきた。急に止めることもできない。そのKX-3を拵えてみせよ。空技廠の暴走は連合艦隊が牽制して封じ込める。中島と川西、三菱など各社の尽力に期待する」
「ありがとうございます」
「詳細な作戦計画は海軍と作戦部が練る。KX-3とZ機の開発に努めると良いが、陸軍さんも含めた既存機とその後継機も怠ることなく、対米決戦に勝利するための航空機を作り続けること」
「もちろんでございます」
桑原中将はスマートな軍人だ。己が筋金入りの航空屋でも威張ることなく、素直に企業からの提案に耳を傾け、無駄に勝手な知見を入れようとしない。調整役を自称する三和主席参謀と若き天才の樋端参謀も感嘆した。山本大将が悪いわけでないが、桑原中将のスマートさが目立つ。
「アリューシャン列島と往復することは構わない。しかし、万が一の場合に備えて潜水艦を配置する。偵察を終えた飛行艇に潜水艦が給油を行うことは一般的だ」
「確かに、それならアリューシャン列島ではなく、マーシャル諸島とギルバート諸島でも」
「理論上はどこでも行って帰ってこれる。これは飛行艇の利点である」
飛行機に拘る理由に理論上だが世界のどこへでも行き来が可能だ。飛行艇は着水が可能なため大海に滑り込める。予め用意された潜水艦が給油活動を行う。陸上攻撃機に不可能な行動範囲を設定した。飛行艇に潜水艦が給油することは何度も行われている。日本海軍にとって造作もないことだ。
軽巡大淀で中島社の社員が次期連合艦隊司令長官らに力説する。
その頃の中島社は大馬力エンジンの開発に躍起になった。
=中島社工場=
中島社の工場に大量生産を開始した最新の空冷発動機がズラッと並べられる。
「中川さんのハ45は化け物ですよ。こんな短期間で仕上がるなんて…」
「そりゃ会長から理想は5000馬力で現実は3000馬力の最強発動機を作れ。こう言われています」
「これを維持するために社員を派遣し、整備の兵隊さんに講義を行い、詳細な説明書も用意した。誉が前線で安定して動いてくれるか心配です。陸軍さんも海軍さんも挙って新型機に導入した」
中島社は三菱に負けじと新型の空冷発動機を繰り出した。それは空冷星型複列18気筒2000馬力の化け物である。これを中島社の若手天才技師こと中川良一氏が設計した。開発開始の直後に海軍の空技廠や陸軍の航空工廠、帝国立大学教授も参加し、官民一体どころか挙国一致の開発が見受けられる。
1943年初頭の大量生産開始予定が前倒しされ、9月から少数生産を始め、12月に本格的な大量生産に入った。9月から少数生産された物を実際に動かして浮上した問題を解決する。最終的に海軍も陸軍も採用した。陸海軍統一名称は『ハ45』であるが、海軍は伝統的な命名規則から『誉』と呼び、陸軍も非公式の便宜的に『誉』と呼んだ。
「それで、5000馬力は目指すんですか?」
「目指したい気持ちはありますよ。しかし、間に合わせなければならない。現実を採って3000馬力に落ち着かせている」
「中島だけじゃない大日本の垣根を超えた連携があるんです。中川さんなら絶対に作れる」
「私だからは理由にならない。挙国一致の標榜により、まさに垣根を超えるから」
2000馬力級の化け物エンジンを繰り出したにもかかわらず満足していない。中島が主導する必勝のZ機は、最低でも3000馬力で理想は5000馬力の究極が欲せられた。現行の2000馬力に満足することは愚行に等しい。ハ45を設計した天才技師は早速に3000馬力から4000馬力の現実的な案を組んだ。理想的な5000馬力の案は否定気味であるが、中島会長の意向が強く働いており、挙国一致の企業の垣根を超えた協力に期待する。
「空冷星型複列22気筒は既に三菱さんが開発しているので3000馬力は目指せる。4000馬力以上は18気筒や22気筒をタンデム結合した36気筒と44気筒にならざるを得ない」
「聞くだけで怖くなってきました。いかに住友さんの耐熱金属があっても…」
「色々と解決すべき事が多すぎるが、やらねばならず、身を粉にして働きます」
軍人だけでなく民間人も対米戦勝利に向けて邁進していた。
続く
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