第131話 最初期の地対艦ミサイル
=作戦部=
仮装巡洋艦と潜水艦の諜報活動により判明した米軍の不審な動きについて話し合う。1943年は米軍も日本軍もお互いに大人しくする期間であるが、米軍は国内世論や対ソ交渉など、諸々の事情からアリューシャン列島の攻勢を強めるかもしれなかった。
「米軍に不穏な動きが確認されている。旧式戦艦がアラスカに移動した」
「オーバーホールを終えて一旦留置するわけではないと?」
「一気に旧式戦艦3隻が揃うことは異常だろう。低速の戦艦は不要と敵将が断言したことを信じたいが、戦場によっては戦艦砲の威力は馬鹿にならず、海軍の戦艦が少ない虚を突いてきた」
仮装巡洋艦の通信傍受と潜水艦の隠密偵察からアラスカに旧式戦艦3隻と軽空母、重巡、軽巡、駆逐艦の艦隊が確認される。単純に留置しているとは考えにくい。アリューシャン列島の反攻に備えている。自国領の奪還に来るものと予想された。
アリューシャン列島の戦略的価値は低いはずが、れっきとした米国領のため、国内世論に悪影響を及ぼしかねない。ルーズベルト大統領もアリューシャン列島の限定的な作戦は了承した。米海軍は艦隊を動員して陸軍も一個師団を用意する。
日本軍はアリューシャン列島を北方海域の哨戒拠点に定めた。さらに、軍内にも広く秘匿された作戦の重要拠点が置かれる。アダック島とアムチトカ島などに分不相応な飛行場や潜水艦基地が建設された。島特有の狭隘な地形を活かした要塞も築かれる。
「海軍に動かすことのできる戦艦はミサイル戦艦が精一杯である。旧式戦艦の相手は厳しい」
「基地航空隊の槍も敵空母と敵基地航空隊に阻まれる。機雷投下による封鎖は有力だが、当たるかどうかは運任せであり、潜水艦共々に期待は禁物だ」
「夜間雷撃のT部隊は使えないか」
「そうだなぁ。悪い案じゃないが、入念な索敵を敷き、照明弾を投下する水上機も要る」
アリューシャン列島には海軍航空隊と陸軍航空隊の基地航空隊が点在した。彼らはダッチハーバーを爆撃したり機雷を投下したりする。敢えて悪天候を選ぶことで敵迎撃機を寄せ付けなかった。彼らの爆撃と機雷投下に全てを賭けることは負担が大きい。潜水艦を割いて海を封鎖することも考えられる。あいにく、呂号と波号は広大な太平洋を駆け回り不足が否めない。大量建造中だが習熟訓練の期間も重なった。今すぐに展開することは不可能である。
各島の飛行場が分不相応に余裕が確保された。これを基に精鋭のT部隊の派遣が呈される。彼らは日本海軍唯一の夜間雷撃を専門にした。敵艦隊の軽空母やアラスカの基地航空隊の直掩機が飛べない時間帯を狙える。夜間雷撃は雷撃担当の陸攻、戦果確認用の陸攻、夜間偵察機の水上偵察機、照明弾投下の水上偵察機と大掛かりが言われる。
「要塞砲の設置も難しい。余剰の艦砲を置くには時間が足りない」
「ならば地対艦ミサイルはどうです?」
「なにぃ?」
米軍の奪還作戦に備えて各島に沿岸砲や重砲も設置された。敵戦艦を攻撃できる長射程で大威力はない。概して、上陸する敵兵や内陸へ進む敵兵を吹っ飛ばした。海軍の在庫品として扶桑型と伊勢型の35.6cm連装砲(砲塔込み)がある。これを配置しても良いが寒冷地の大工事は普段よりも長期間が見込まれた。そこへ「待っていました」と言わんばかりに地対艦ミサイルが提案される。
「島嶼部防衛の新兵器に開発が進められました。地上から発射するので制約が少ない。艦載や機載に比べて威力と射程距離も伸ばされて…」
「すぐに配備できるのか」
「発射機は簡素で済みますが、専門の機材と人員が必要です。なんせ、テレビジョン誘導方式のため…」
「誘導…誘導できるのか!」
「あれ? 伝えていませんでしたか」
日本軍は大砲と別に広義のミサイルの研究を鋭意進めている。海軍は飛行爆弾という簡素な造りで安価な兵器を使用した。主に扶桑型と伊勢型に搭載される。艦砲射撃と航空爆撃と共に対地攻撃に活躍した。これをベースに地上発射型に仕様を変えた物が開発中である。最終的には艦対艦のアウトレンジ攻撃を目指すが、地上発射型の方が早期に纏まり、艦対艦へ反映することが含められた。
「当初は陸攻から発射する計画でしたが、地上発射型の方が早期に纏まり、制約の少なさから誘導の目途が立ちました。地上から遠方の敵艦を狙う都合より、テレビジョン誘導を用いるわけで」
「フリッツXやHs293とは違うんだな。それなら命中精度も少しは高まる」
「もちろん、敵艦が回避機動を採ったり、その時の気象条件に左右されたり、ロケットの不具合が生じたりです。基地航空隊の攻撃や潜水艦の雷撃、機雷の妨害と組み合わせることが大前提になりますよ」
「発射を逆探知されることは」
「あり得ます。如何せん、初期段階のロケット噴射は盛大なので」
水上艦発射型は扶桑型と伊勢型でも制約が課せられた。射程距離の延長や炸薬量の増量は推進機関の効率化が必須である。水上艦発射型は安直に大型化できないが、地上発射型は制約が少なく、長射程と大威力に伴う大型化は比較的に簡単だ。
パルスジェットエンジンの改良はアルグス社と帝国立大学が行う。フィーゼラー社が本体を改良した。ジーメンス社が簡易な誘導装置を直す。ヴァルター博士とブラウン博士が補助ロケットを製作した。
「奇襲効果を高めるためにも、攻撃と攻撃の間に差し込むべき」
「航空攻撃の最中はやめた方がいい。爆発と煙で見えなくなる」
「そうだな」
誘導は最初期のテレビジョン誘導を採用した。地上から敵艦までは遠距離のため、目視の手動誘導は不可能と判断され、本体先端部にカメラを取り付けている。本体から基地にリアルタイムの映像が送られた。誘導員はテレビの映像を通じて目標まで手動誘導を行う。
このテレビジョン誘導は日本放送協会の高柳健次郎が指揮を執った。彼の在籍する浜松工業学校や風戸健二、堀内平八郎、後の浜松ホトニクスとなる企業が参加している。ここでの技術が戦後のテレビ文化を作り上げるが、現在は軍事利用の地対艦ミサイルに使われた。
「そうは言っても、敵艦に主張させないと、誘導も難しいはず」
「つまり、爆発と煙を伴わない範囲で敵艦の注意を削ぎつつ、誘導の目星を付けられる攻撃が必要か」
「至極面倒だ。やっぱり、T部隊の夜間雷撃が…」
「新兵器を試すに丁度良い機会と地対艦ミサイルを採用する。T部隊は南方に置いて敵艦隊迎撃に集中させるべき。急に南方から北方に動かしては負担が多すぎる」
アリューシャン列島の奪還作戦が新兵器をテストすることに丁度良かった。使わないまま仕舞っておくことは勿体ない。T部隊の夜間雷撃は確立済みだが、急に温かい南方から寒い北方に動かすと、機材はもちろんのこと兵士にかかる負担は尋常じゃない。地対艦ミサイルは無人で兵士の損耗を気にしないで良い。この点も航空攻撃に勝った。
「囮攻撃は水雷艇のゲリラ攻撃にする」
「そうか水雷艇があったか。あれなら、荒波を乗り越えて雷撃できる」
「いくらなんでも、無謀じゃありませんか。ソロモンの海戦は水雷戦隊が勝利しましたが、アリューシャン列島は地形も何もかもが異なり、柳の下の泥鰌と言えて…」
「わかっている。水雷艇には気の毒であるが、捨て駒のような扱いだ。全滅の恐れの戦いに投入することは常軌を逸した。しかし、何が何でも勝たねばならない。ここの島々は是が非でも確保するんだ」
非常で非情な囮攻撃が組まれた。それだけ、アリューシャン列島は維持しなければならない。ここを失うと対米決戦に王手を打つことが限りなく不可能に近まる。長期戦も視野に入れた大戦力を練っていると雖もだ。意味のない不毛な消耗戦は御免だろうに。
「海軍の説得は俺がやる」
続く
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