第132話 化け物エンジンたち
皇国の必勝を期す決戦機に中島知久平会長の『Z機』が提案された。軍は懐疑的だったが爆撃機の増強は必須事項である。開発中に得られた物事を別の航空機に転用することを条件にZ機委員会が発足した。中島、三菱、川西、愛知、川崎、立川、九州、日立、日本(飛行機)、満州、日本国際航空、昭和、瓦斯電と全国各地からメーカーが結集している。これに陸海軍の協力として陸軍航空工廠、海軍航空技術工廠が加わった。さらに、帝国立大学教授とその研究所、亡命技術者も参加する。Z機委員会は中島社の大工場に一堂に会するとカンヅメ作戦を展開した。
=中島社工場=
中島社の風通しの良い社風が生きる。
各社は垣根を超えるどころか一心同体と変わった。
「奇しくも、三菱も中島も18気筒と22気筒を作っている。Z機専用でなくても爆撃機に使えそうな物を」
「さすがに、22気筒は大きすぎて重すぎる。18気筒は中島さんのハ45で間に合う。この大きさに2000馬力を詰め込んだことは称賛するしかない。陸海軍の新型機で引っ張りだこ」
「いいえ、三菱さんの22気筒の方が我が社の一歩先を行っている。大型爆撃機には三菱さんの22気筒を使いましょう」
「いやいや、22気筒も中島さんの協力があってこそ」
航空機の心臓であるエンジンは中島社と三菱社の二大巨頭だった。液冷は愛知と川崎が担当するが、Z機は堅実で慣れた空冷を採用するため、中島製と三菱製の二者択一でもなく融合が図られる。両社は空冷エンジンの複列14気筒を確立し切る前に18気筒や22気筒を志向した。9気筒の複列と11気筒の複列は構想こそ上がれど困難に次ぐ困難に襲われる。
中島社は小型で軽量な複列18気筒の『ハ45』の生産を開始した。三菱社は火星系列の複列22気筒の『ハ50』の試験を急いだ。中島社も22気筒の構想を有して三菱社も18気筒の構想を有した。両者の協議により18気筒は中島社に絞り、22気筒は三菱社に絞る。お互いに諦める代わりに改良は積極参加して性能向上と量産性向上、整備の簡素化に努めた。
今のところ、陸海軍の戦闘機、爆撃機、偵察機にハ45の使用が決まっている。ハ45は小型で軽量にもかかわらず2000馬力を叩き出した。量産性と整備性を鑑みて幾らかの余裕が設けられ、非合法的手段で入手した米国製と英国製の二段二速スーパーチャージャー、米国製の排気タービン式過給機(ターボチャージャー)の追加が想定される。
「妥協に妥協を重ねて現実的な案は22気筒で3000馬力を発揮すること」
「うちの会長は4000馬力から5000馬力を望んでいることが」
「28気筒、36気筒、42気筒、44気筒、54気筒の試作機が要求された」
「中川さんは?」
「私は18気筒をタンデム結合した36気筒が精一杯と思います」
「無理にタンデム結合しなくても、背合わせのプッシュプル式もあります」
三菱と中島と瓦斯電の関係者が名ばかりの休憩時間を過ごしている。休憩時間は仕事から離れるべきだが、航空屋の中でもエンジン技術者の心が燃えており、むしろ砕けた会話ができた。休憩時間の方が話がグングン進んで革新的アイディアが生まれる。
Z機を飛ばすエンジンは現実的で3000馬力か理想的で5000馬力が要求された。3000馬力は三菱のハ50を磨き上げることで十分に可能と考えられる。ハ50の磨き上げは現在進行形で行われるが、理想的な5000馬力を目指すことが全員共通のゴールのため、1馬力の妥協も許せなかった。
「プッシュプル式が簡単でも、必要な発動機の数は2倍に増え、主翼と機体の設計も全てが狂う」
「予備案には足りている。菊原さんには面倒をおかけしますが、川西の技術は世界一とおだてれば」
「おだてなくても、勝手に組み上げるんじゃ」
「中島にすら難しかった四発機を世界最高峰に持ち上げた。川西さんは怪物です」
ハ45を作り上げた中川氏は現実的な3000馬力を推した。5000馬力堅持に譲歩してハ45をタンデム結合した36気筒の4000馬力を提示する。本格的に5000馬力を目指す場合は、三菱の22気筒をタンデム結合した44気筒、18気筒を3列に結合した54気筒の二案が有力と据えられた。この他の案として、7気筒を4列に並べた28気筒や9気筒を4列に並べた36気筒、7気筒を6列に並べた42気筒も検討中である。
列を増やして大馬力を志向することは「言うは易く行うは難し」だ。技術的な問題は数多存在するが特に冷却問題が大きい。空冷複列18気筒のハ45でさえ中川氏の革新的な設計と新しい耐熱金属のおかげでクリアした。耐熱金属は住友金属工業と帝国立大学が連携し、中華民国と南方地帯から送られるニッケルやコバルトなど、貴重な希少金属をふんだんに使って用意する。
「大馬力に限らず燃費も問題も出た。良好な燃費だと種子島中佐が教えてくれたターボプロップエンジンですが」
「どうだかなぁ…」
「落下式増槽を追加して燃料の数を増やすこと。これが最も手っ取り早い」
「ジェットもジェットで難しいわけか」
航空用エンジンの馬力ばかりを見ると足元をすくわれた。特に爆撃機は長大な航続距離が要求されて燃費性能も無視できない。低燃費の方が航空用燃料を消費せずに済んだ。低燃費のエンジンを考えるとジェットエンジンと共通するガスタービンエンジンのターボプロップエンジンが浮上する。
ジェットエンジンなどの新規は海軍種子島中佐が牽引した。Z機委員会に所属してZ機の緊急離脱用や補助用に採用できないか模索する。ターボプロップエンジンが好ましいと雖も、武人の蛮用に値しなければ使い物にならなかった。したがって、ターボプロップエンジンに期待し過ぎることもない。既存のレシプロエンジンで大馬力を追求するが、燃費は落下式増槽を吊り下げて積載燃料を増やして解決を試みた。
燃料の節約は環境を利用する工夫も行われる。宣伝の風船兵器は偏西風のジェット気流を活用した。日本は偏西風の研究に強くてジェット気流に風船を乗せることで、太平洋を超えた宣伝に成功しており、航空機を乗せれば大幅な燃料節約と時間短縮が見込める。
「川西さんのKX-3はどうなるんでしょうかね」
「さぁ、あれは試験機だから」
「この前に海軍さんの士官が来たとか。どうとか?」
「飛行艇は海軍の所轄なので見学でしょう」
Z機の話題に詰まり始めると、川西の超飛行艇に移行する。Z機開発に際してデータ収集の試験機として、六発の超大型飛行艇が極少数作られた。川西は「飛行艇は川西以外に無し」と言わしめる技術力を有する。中島と三菱は度肝を抜かれた。企業規模は中小企業かもしれないが、大企業にできぬ創意工夫を以て高性能を叩き出し、飛行艇に限らない多方面に革新を振り撒いている。
特に自動空戦フラップと二重反転プロペラが革命的だった。前者は従来の手動式の空戦フラップを完全に自動化する。パイロットが逐一操作する必要がなくなり、目の前の敵機に集中でき、本来は鈍重な機体も軽快に動かすことができた。後者はプロペラが文字通りの二重で右方向と左方向へ回転する。一枚のプロペラは反作用を生んで多少なりともパワーを喪失させた。プロペラを二重に反転させることで馬力以上のパワーを発揮できる。
これらは最新の練習機を除く航空機に採用された。
「なんならZ機も飛行艇にしてしまう」
「それじゃあ面白くない。どうせなら、世界最大で世界最高峰の陸上爆撃機を作り上げる。それが我々に課せられた仕事ではありませんか」
Z機委員会は世界一を目指す。
続く
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