第133話 次期主力艦上戦闘機『暴風』

=空母『大鳳』=


 翔鶴型空母の量産化と建造される改翔鶴型の大鳳型空母一番艦『大鳳』に次期主力の艦載機が滑り込んだ。着艦試験は幾度となく行っている。最新型の着艦制動装置により、大重量の機体もワイヤーを切ることなく、スムーズな着艦を可能にした。


「坂井少尉の操縦は見事である。最前線で初期型の零戦を駆って、B-17を単独撃墜した武勇に偽りなし」


「これからは『暴風』と『惑星』の時代です。米海軍の新型グラマンやコルセアに勝てる」


「それに空母大鳳と白鳳、改雲龍型の4隻が揃います。もはや米軍は敵にあらず」


 本日は月月火水木金金の猛訓練を耐え切った水兵を労う。新型機のお披露目会を開いて士気向上も兼ねた。大鳳の本格的な艦載機の積み込みは後日であるが、新型機を待望する声は高く、どうせなら士気向上に利用しよう。米軍の大反攻は1944年以降と分析できた。今年である1943年は戦力の蓄積と熟成に努める。


「(どよめきの声多数)」


「甲板上で見たいものだ。事故の恐れはないだろうに」


「万が一があります。桑原連合艦隊司令長官が事故で失われては堪りません」


 大鳳の飛行甲板に見事な着艦を決めた新型機は、次期主力艦上戦闘機の『暴風』である。日本海軍の主力艦戦は長らく零式艦上戦闘機が務めた。零戦は数え切れない回数のマイナーチェンジを行うが、最前線で主力戦闘機を張るに力不足が否めず、三菱が零戦後継機開発を推進した。


 しかし、この『暴風』は三菱製でなく川西製であることに留意が求められる。三菱の後継機計画は同社のキャパシティーオーバーから難航と遅延が重なった。決して、三菱が悪い訳でなくとも、間に合わないことは明白のため、ひとまず中継ぎ投手を投入したい。


 ここで挙手したのが驚くべきことに川西なのだ。川西は飛行艇と大型陸攻、Z機に専念する。水上戦闘機と水上偵察機も開発した。新機軸の二重反転プロペラと自動空戦フラップも送り出した。川西は確実に経験を積んで自信を得る。水上機から脱却して陸上機への進出を試みた。


「川西は水上機に限る方針が見事に破られた。艦戦は川西、艦爆と艦攻は愛知、艦偵は中島の挙国一致に相応しい」


「失礼ながら、付け加えると、局地戦闘機の艦載型は三菱です」


「そうだった、そうだった」


 川西は三菱の零戦後継機が事実上の頓挫を好機と捉えた。零戦後継機の代替の艦上戦闘機に名乗り出る。海軍は中継ぎの役割を承知して過酷な要求は行わないが、期日までに間に合わせることを強く求め、川西は水上戦闘機を陸上機に直して開発期間短縮を約束した。どうやら、社内で水上戦闘機を陸上機に直す計画をコソコソと進めていたらしい。


「樋端参謀」


「はい。川西の暴風は零戦後期型を上回る速力に同等の機動力を誇ります。火力は据え置きですが使用感は変わりません。防弾も防弾仕様燃料タンク、防弾ガラス、防弾板と総合的に零戦を圧倒しました」


「この1年で全ての空母に生き渡るまでは…」


「我が国が米国並みであれば完了した。あいにく、主力の航空艦隊を優先してもらい、補助部隊は零戦後期型を続投せざるを得ない。基地航空隊も零戦後期型の使用を継続するが、三菱の正当な後継機が間に合うようであれば、話は別に変わってくる」


「新造空母を除いた全ての空母の制動装置を切り替える作業も順次行われます。遠洋に出ている場合は、工作艦と特設工作艦が済ませ…」


「(大いなるどよめき)」


 水上戦闘機を陸上機に直すことは簡単でない。フロートを取り外すだけで完成じゃない。開発期間短縮の効果は実感できる程でなく、正規量産機の配備は海軍の主力航空艦隊に限定され、補助の空母部隊や基地航空隊は既存の零戦後期型が続投を強いられた。


 暴風は水上戦闘機時代から主翼を中翼から低翼に変える。胴体はハ45こと誉に合わせて絞り込んで延長した。水平尾翼の位置を下げている。これら以外の微細な変更は省略する。暴風の見た目は非常にスマートでも名前通りの暴れん坊で知られた。


 武装は使用感を損なわない配慮を欠かさない。零戦後期型の機首12.7mm2門と主翼20mm4門の維持を採用した。防弾は燃料タンクを難燃ゴムで纏った防弾仕様な上に自動消火装置を備える。パイロット保護に防弾ガラスを3枚重ねて座席の裏側に木材でない金属の防弾板を置いた。


 川西独自の二重反転プロペラは2枚を2重の計4枚を有する。誉の2000馬力のパワーを漏れなく速力に変換した。主翼には改良型の自動空戦フラップが施され、従来型に比べて信頼性を増し、空戦では零戦後期型とほぼ同等の機動力を確保する。


「なんだ、どうした」


「曲芸飛行です。射出機で発艦した坂井機と僚機が編隊宙返りを披露しました」


「しまった。見逃してしまったよ」


「もう一度やるよう…」


「そんな真似はやめなさい。ただの野暮である」


 暴風は零戦以上の頑強に設計された。米軍の多用する急降下退避に対応する。一撃離脱攻撃を躱してカウンターを仕掛けたくても、急降下制限から歯がゆい思いをした者は多々いた。暴風は急降下で800km/hに迫ろうとビクともしない。突っ込みの良さは歓迎された。


 しかし、暴風の最たる強みは部品点数が少ないことである。川西独自の工夫と中島の提言から性能を損なわない範囲内で部品点数削減が図られた。零戦に比べても少ない。一定の量産性を確保して主力の航空艦隊に配備する数を揃えた。


 点検も詳細なマニュアルを作成した上に整備員対象の講義も開いた。講義を受けた整備員は部下や後輩にマニュアルを基に指導を徹底させる。職人気質の指導も悪くないが、戦時は効率が最重要であり、非効率的な指導は本末転倒を呼んだ。


「私が扶桑から発艦した時は複葉機だった。今は単葉機が当たり前になった。それも大きく重い機体だが、新式射出機で容易に飛び立つとは」


「私は扶桑から発艦したことが信じられません。複葉機は短距離の離着陸が可能と聞きますが」


「改装前の扶桑に台を特設したんだ。そこから発艦したよ」


 桑原連合艦隊司令長官は航空兵時代に戦艦の扶桑から発艦した。空母から発艦することが当たり前の時代に戦艦から発艦することは信じられない。彼は大改装前の扶桑の二番砲塔に設けられた滑走台からソッピースパップを発艦させた。


 連合艦隊司令長官の椅子に座る前から多くの艦載機を眺めている。複葉で鈍足の機体が当然の時代から単葉で高速の機体が当然の時代に変わった。艦載機は相応に大型化して大重量に発展する。


「新式射出機の装備は全ての空母に間に合うか」


「第一航空艦隊と第三航空艦隊がギリギリ間に合うか…」


「暴風と惑星に更新される空母を優先しています。それ故に補助空母は特TL型を除いて従来通り」


「やむを得ない。海軍工廠の頑張りは認めよう」


 艦載機の大型化と大重量が進むと、従来の空母では搭載機数の減少、制動装置(アレスティング・ワイヤー)の切断、発艦が難しく手間取る等々の問題が浮上した。搭載機数減少は、艦載機が主翼を折り畳むコンパクト化が解決した。制動装置は海軍工廠が最新型を開発した。新造空母は標準的に装備するが、従来空母は換装工事のため、一定期間は動けないだろう。発艦の問題は特TL型空母に装備された油圧式射出機が解決した。


 新型の艦載機が続々と登場すると同時に新しい装備が開発される。全ての空母に施したいが約1年の期間は意外と短かった。本土とシンガポールのドッグを使い、泊地に工作艦を派遣して、第一航空艦隊と第三航空艦隊を賄った。


「次に『惑星』が着艦します」


「艦爆と艦攻を兼ねる野心機が来たぞ」


 野心が詰めに詰め込まれた次期主力艦上攻撃機が飛来する。


続く

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