第32話 急浮上し敵地を焼き払え!砲撃潜水艦特イ15型!
=カリフォルニア州・ユリーカ=
潜水機動部隊こと第零航空戦隊の別動隊はシアトルの南でサンフランシスコの北にあるカリフォルニア州のユリーカ沖に展開した。別動隊を派遣できる程に第零航空戦隊は大規模な潜水艦隊である。高木武雄少将の提唱した空母機動部隊を丸ごと潜水艦にする案が完成した。
先遣の小型潜水艦が逆探・電探・潜望鏡の三種の神器で敵影なしを確認する。それから、大型潜水艦が一斉に浮上した。浮上した時点で陣形が組まれている。最先鋒には普通の潜水艦1隻が出現した。その後ろに特殊な大型潜水艦が1列3隻の2列6隻で浮かんでいる。敵影なしを確認した小型潜水艦は潜航を維持するが逆探と電探が睨みをきかせた。
「イ25より弾着観測機発進!」
「到着よりも早く準備を完了するぞ!第一砲塔と第二砲塔は急げよ!」
静かに叫ぶという矛盾を孕んでいる。特異な大型潜水艦は艦外作業の兵士がワラワラと蠢いた。その間に最先鋒の潜水艦から水上機が発進している。シアトルを空襲する暴風隊とは全く別の小型水上機の零式小型水上偵察機だった。暴風と比べて性能は全て劣るが非常に小型でなため、通常型の潜水艦に最小限の改造を施して格納できる。母艦のイ25は圧搾空気式射出機を装備する一般的な潜水空母のため円滑な発進を可能にした。
第零航空戦隊において水上偵察機は弾着観測を担当する。潜水艦搭載機に弾着観測とは意味不明だった。友軍の水上艦に提供するなら理解できる。しかし、ここは米本土のカリフォルニア州の沖合なのだ。友軍艦は潜水艦だけで水上艦は徴用された漁船すら見られない。
この答えは特異な大型潜水艦が砲塔を有していることだ。
第零航空戦隊の切り札は潜水空母に限らないのである。
「特イ16から特イ21まで砲撃用意完了!」
「弾着観測機の連絡は初弾と弾着が民家に迫った時だけだ。高木少将の命で沿岸を狙って街へは1発も撃ち込んではならない。そして、砲撃は15分を2回の30分を厳守する」
特異な大型潜水艦の正体は大日本帝国海軍秘密兵器の特イ15型潜水艦だった。砲撃型潜水艦として、艦の前後部に1基ずつ砲塔を装備している。砲塔から突き出す砲身は一様にカリフォルニア州ユリーカへ向けられた。潜水艦に大砲を装備することは日本海軍に留まらず、イギリス海軍やフランス海軍、アメリカ軍も行っている。相手が非武装の商船の場合に高価な魚雷を温存するために甲板上の単装砲による砲撃で沈めた。
しかし、日本海軍は潜水機動部隊の思想に伴い、砲撃に特化した潜水艦を建造する。非武装の商船を相手する地味な役割から脱却した。必殺の魚雷と並ぶ主武装に昇華させる。潜水艦が米本土を砲撃することは史実でも行われた。それは単装砲を簡素に搭載したに過ぎない。
特イ15型は艦の前部と後部に本格的な砲塔を備えた。潜水艦は海中を航行するため、水の抵抗を意識して流線型が与えられる。一般的な砲塔と比べて背が低い代わりに縦方向に長く確保された。また、水圧に耐えて海水の流入を防ぐよう徹底的に水密処置が施される。このように恐ろしく複雑な構造をした都合で砲塔1個だけで駆逐艦の砲塔数個分に匹敵する高価を極めた。
潜水艦本体は砲塔を備える代償に水中における速度が低下し、かつ静粛性も損なわれ、潜水艦に重要な部分が低性能なのはいただけない。こればかりは友永技師に代表される潜水艦技師の努力を以てしても厳しかった。したがって、ずば抜けた隠密性と索敵能力を有する小型潜水艦の支援を必ず得なければならない。
米本土攻撃は潜水空母と砲撃潜水艦の二本柱だった。前者は暴風隊の長射程で高精度なピンポイント攻撃が可能である。しかし、艦載機の発艦と着艦に面倒が積み重なることが難点に挙げられた。後者は航空攻撃に比べれば短射程で面の攻撃になり易いが、砲撃のため比較的に迅速な展開と撤収が可能である。
注意すべきは特に夜間だと自らの位置を暴露する致命的な弱点を抱えた。これより攻撃目標は重要拠点を外している。海に面した田舎町や無人の地域が選ばれた。カナダ・アメリカ・メキシコの三カ国が厳重に警戒していると雖も範囲が広すぎる。警備に優先度を設けざるを得なかった。
「弾着観測機の藤田機より、位置についたことを示す単語が届きました」
「第一列は砲撃を開始せよ。第二列は弾着観測機の報告次第で決める」
高木少将からユリーカ砲撃作戦を委ねられた臨時指揮官は砲撃を命じる。第一列と呼ばれる海岸寄りの3隻が一斉に榴弾を発射した。砲撃と言う割には小規模なのは主砲口径が14cmの証拠となろう。
14cm砲の運用は二線級の艦に縮小されて生じた余剰品を入手すると、水密砲塔に備えて水圧や海水に耐えられるか試験を与えた。そして、水密の改善や錆対策など工夫を凝らす。砲塔内部で人力装填は可能だが、基本は半自動装填装置を使用した。1分間あたり6発の発射速度は副砲時代と変わらない。あくまでも理想であり実際は1分間あたり4発~5発が限界だ。
特イ15型3隻分の14cm榴弾6発がユリーカへ着弾する。熟練の砲撃手は意図的に民家を外した。無差別攻撃は一切許さない高木少将の厳命が効いている。無人の森林を狙うように指示されていた。零式小型水上偵察機を弾着観測に飛ばすのは、無差別攻撃を許さない姿勢から来ている。弾着が民家に迫った場合は特定の単語で警告を発した。
「是です。問題ないと」
「第二列も砲撃を開始せよ。これより交互に砲撃して森林に火災を誘発する。その後は漁港に停泊する漁船を片端から撃沈する」
14cm砲は艦砲の中では小口径に振り分けられるが、榴弾炸裂時の音は十分にうるさい。榴弾は森林の伐採跡地で確認された。切り株が占める一帯に着弾しては火災の誘発は見込めない。また、この日は午前中に雨が降った。木も土も水を含んでいるため、強力な焼夷弾でない限り火災は起こらなかった。
砲撃は30分を予定するが実際は15分を2回に分けての合計30分である。最初の15分は専ら森林を砲撃した。次の15分は漁港に停泊する漁船を沈める。漁船は潜水艦警戒も兼ねるため沈めた方が安全を確保できた。
この砲撃は敵軍を脅かすのではない。
アメリカの市民に対して戦争というナイフが喉元に突きつけられている現実を教えた。
「我ながら嫌な仕事をしている。戦争は戦場だけで済めばいいものを」
「私が代わりましょうか」
「いや、高木司令から任された身である。ここで艦内に退くことは許されない」
高木少将から別動隊の指揮権を与えられた中佐は矛盾に支配される。軍人として命令に従わなければならないが、市民生活に脅威を与える作戦は良心が拒絶を示さざるを得なかった。副長が気を遣って代理を申し出る。それでも彼は軍人の信念からやんわりと断り、司令塔から身を乗り出して14cm砲の砲撃を眺め続けた。
「時間です。漁港砲撃に切り替わります」
「絶対に民家は狙うな。狙ったものは軍法に裁かれる」
15分という時間は長そうで短い。砲撃がピタッと止まると14cm砲は砲身を下げて平射に近くなった。そして、漁港と思われる地区に照準を改める。罪のない市民の生活を脅かすことに良心を痛めるが、戦争を始めた以上は必ず勝たねばならず、自分達の失態で負けては一生の恥となった。
もし、作戦の成否を問わず敵軍に鹵獲されそうな時は潔き自沈を辞さない。潜水艦は機密の塊なのだ。鹵獲できそうなら鹵獲して当然だろう。特に機密が詰まった各種特型潜水艦は尚更に跳ね上がった。特異を極めた生い立ちから絶対に敵へ下らない鋼鉄の意思を有して己の命よりも祖国の勝利を祈っている。
「シアトルはどうなっているんだ。無事なことを願う」
続く
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