第23話 新式戦車の登場

【1941年4月】


=御殿場演習場=


 富士演習場と並んで大規模な御殿場演習場において、新式戦車のお披露目会が開かれた。お披露目と言うと初登場の雰囲気が漂うが、あいにく、お披露目会は士気向上の茶番に過ぎない。新式戦車は数百両の生産体制を整い終えて前線部隊へ優先配備された。


それはともかく、一番に堂々たる行進をするは一式中戦車チヘ隊である。


「敬礼!」


 車長が自車を代表し敬礼した。使命感に満ちあふれて表情は帝国陸軍戦車兵の威風堂々だろう。従来の九七式中戦車チハは若干古めかしいが、新式の一式中戦車チヘは洗練された。


「一式中戦車チヘは新機軸を詰め込んだ快速中戦車です。対戦車戦闘を想定した長砲身57mm砲と最速50km/hの快速を以てかき乱します。南方地帯の密林でも活動可能な不整地走破能力に優れており…」


 陸軍の将官に若い士官が口頭で説明を行っている。日本陸軍は騎兵隊を機甲部隊に昇華させた。主力は言わずもがな中戦車である。中戦車は快速を活かした機動戦が設定された。中国の大陸でソ連軍と激闘した際に機械戦力は快速が大事だと学んでいる。しかし、南方地帯は熱帯気候の悪路から道なき道を走った。泥濘地を突破する不整地走破能力を磨きたい。仮にノロノロ運転だろうと不整地を走破できれば、敵軍の想定しない方向から侵入し、まさかの奇襲攻撃を可能にした。


 したがって、一式中戦車チヘは九七式中戦車チハの快速に不整地走破能力を付与する。陸軍が独自に開発した日本式サスペンションと新機軸の油圧式サーボを組み合わせた。これに統制350馬力も入ると最速50km/hを叩き出す。そして、油圧式サーボによりスイスイ動き回った。履帯の幅を増したことで接地圧が小さくなり、不整地走破能力が向上している。


 攻撃力についても一定の強化が図られた。主砲は長砲身47mm戦車砲から長砲身57mm戦車砲に変更される。47mm砲を拡大した57mm砲は貫徹力自体は微増だが、砲弾は仮帽付被帽付徹甲弾(APCBC)へ交代した。従来品の徹甲榴弾(AP-HE)は炸薬入りの高威力な代償に砕けやすい。数値に現れない高貫徹力のAPCBCが使われた。また、57mm砲を選んだ理由は47mm砲と使い勝手が変わらないことが大きい。そして、日本人には75mm砲弾の装填作業は重労働だった。


 防御力は九七式中戦車改(チハ後期型)を踏襲する。車体は一枚板の50mm均質圧延装甲を継続した。チハ前期型が10mmのリベット打ち増加装甲を追加して合計50mmにしている。リベット打ちは古い技術だ。被弾時にリベットが弾けて散弾と化し乗員を襲う。日本の溶接技術が熟成されると溶接を全面採用した。


 防御力について特筆すべきは砲塔だろう。見た目から分かるが妙に曲面が多かった。つるりとした感触を覚えるのは、一体式鋳造砲塔を採用している。言うまでもないが、鋳造砲塔は大量生産に適した。砲塔に曲面を与えることで被弾時に敵弾を滑らせる。戦車の防御力は装甲の厚さで決定されなかった。傾斜装甲や鋳造砲塔に代表される被弾経始は数値以上の防御力を発揮する。


 一式中戦車チヘは九七式中戦車チハの正当な後継者だった。


「続きまして、一式砲戦車ホイの登場です。チハの車体を流用してチヘの砲塔に75mm戦車砲を装備しました。突撃戦車が全方位に対応できない点から、中戦車隊に随伴できる火力支援車両を欲せられて開発しています」


 チヘに続いて堂々行進してきたのは一式砲戦車ホイである。砲戦車は日本陸軍独自の車種で後述の自走砲と根本的に異なった。既存戦車の車体をそのままに新型砲塔を与える。全周旋回式砲塔に75mm砲を搭載した。主に中戦車隊に随伴して対歩兵、対陣地の火力支援を担当する。九七式突撃戦車が固定戦闘室のために全方位に対応できない点から欲せられた。しかし、価格と生産性(整備性)では突撃戦車に軍配が上がる。無理に砲戦車を配備する必要はないと断じられた。


 一式砲戦車ホイの開発はチヘと別に開発中の新式中戦車への繋ぎの色が濃い。日本陸軍は長砲身75mm砲を装備した新式中戦車を志向した。当時は大口径砲である75mm砲を砲塔内部に納めるのは困難だろう。短砲身75mm砲を搭載した砲戦車という独自車両を開発し、75mm砲を搭載した戦車の技術的蓄積を図った。あのアメリカもM3中戦車を挟んでいる。日本が途中を省略することは至難の業だ。


 試作の色が濃いホイは開発期間短縮のため、九七式中戦車チハの車体を流用する。しかし、砲塔は一式砲戦車チヘと共通化された。チヘの砲塔は75mm砲への換装が想定されている。よって、日本兵にはゆったりとした空間が広がった。75m砲換装の余裕が込められる。


 ホイの主砲は九九式75mm戦車砲が採用された。ただし、長砲身の対戦車砲が素体でない。こちらは旧式の75mm山砲を基に戦車砲へ改造された。いわば、短砲身の榴弾砲である。24口径から撃ち出される低初速のヘロヘロ砲弾は対戦車戦闘に適さなかった。したがって、一式中戦車チヘと一式砲戦車ホイがコンビを組む。将来的には榴弾砲向けにモンロー・ノイマン効果を活用した対戦車榴弾(HEAT)が開発された。運動弾である徹甲弾と原理から異なる化学弾であるHEATは、全ての距離で一定の貫徹力を発揮してくれる。


 現在の対戦車砲は九〇式野砲や九五式野砲が兼任した。本格的な対戦車砲はクルップ社製75mm高射砲を改造した零式75mm対戦車砲が作られる。まだ完全に配置されてないため野砲の兼任が続いた。


 ホイはチハと共通するため、主砲以外は省略させていただく。


「最後に一式自走砲ホニⅠとホニⅡです。チハ車体を切り取って基礎の土台を用意し、開放式戦闘室に10cm加農砲を搭載した方がホニのⅠ型、同じ戦闘室に15cm加農砲を搭載したもう一方がホニのⅡ型になります。防御力は皆無に等しいため中距離から遠距離の間接砲撃を担当しました。自衛用に直接照準も可能ですが、あくまでも、最終手段です。期待を過度にしてはなりません」


 最後に来たのは自走砲のホ二ⅠとホニⅡだ。どちらも開放式のオープントップ式戦闘車両である。ドイツ軍の自走砲を参考に既存戦車の車体を流用した。部分的に切り取って土台に構え、10cm加農砲(中榴弾砲)、15cm加農砲(重榴弾砲)を与える。


 オープントップ式は防御力皆無で雨風に曝された。しかし、砲撃時の排煙を換気装置無しに排出できる。戦車兵の窒息を防止できる上に砲弾運搬車からの補給が容易になった。ただし、至近弾や機銃弾にも耐えられない。自走砲は前線から数歩下がって間接砲撃に従事した。最後の抵抗に直接照準の直接砲撃も可能だが、追い込まれた際の最終手段に過ぎない。


 ホニⅠは九二式10cm加農砲と九五式10cm加農砲(九二式を軽量化)、九八式10cm加農砲(ラインメタル社製ライセンス生産)を装備した。ホニⅠがチハ改造の一環のため主砲は多種多様である。ホニⅡは一貫して九七式15cm加農砲(ラインメタル社製15cmのsFH18をライセンス生産)を装備した。


 ホニⅠとホニⅡは中距離・遠距離より必殺の榴弾を叩き込む。オープントップ式の防御力を捨てることは、敵の射程外であるアウトレンジから砲撃するため、極めて合理的な判断だった。自走砲本体に砲弾と装薬を積載できるがスペースは限定され、基本的に弾薬運搬車こと九八式装甲運搬車ソダが随伴している。半装軌車・装軌車でも構わないが弾薬の運搬と補給に特化したソダが適任だ。


「我々はこれら機甲部隊を効果的に運用し、南方地帯の要塞線を迅速に突破します」


 英米の構える要塞線を突破できるか。


続く

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