第9話 不届き者に空の鉄槌を下せ

【1939年5月】


 ソビエト連邦と傀儡国モンゴルは、突如として、満蒙国境より攻撃を開始した。ちょっとした小競り合いどころでない。ソ連軍の誇る大祖国カノン砲が撃ち込まれ、上空には戦闘機と爆撃機が飛び交った。


 日中軍は個別的自衛権を掲げて防衛に出動する。無理に国境の水際防御は採らなかった。大陸の制圧には兵士を進めなければならない。砲撃戦で圧倒しても兵士同士の戦いが勝敗を分けた。国境線は放棄して後退を繰り返し、敵軍を引きずり込ませ、ジリジリと消耗を強いる。必然的に補給線が伸びて攻勢は鈍化した。


 そして、日中軍は制空権だけは死守する。新式戦闘機は間に合わなくても、ソ連軍のI-15/I-16と互角以上の戦いを展開した。戦闘機は爆撃機を一機たりとも通さず、高性能な75mm高射砲と90mm高射砲が唸る。


 空の加護を受けられないソ連軍地上部隊は一方的に空から嬲られた。


「突出した車両は怖くない。37mmで一発だ」


 BT-5とBT-7、BA-3の快速車両を突っ込ませる。しかし、日中軍の築いた頑強な対戦車陣地に阻まれた。巧妙に隠された陣地には37mm速射砲から47mm速射砲まで、対戦車砲がずらりと並べられる。軽装甲の車両は次々と狙い撃たれて炎上した。ソ連車両は45mm砲に榴弾を込めて応戦する。対戦車砲は迅速に撤収し壊滅まで至らなかった。日本製は機動化されているため、戦闘の合間に陣地転換を完了する。ソ連戦車隊は再編のタイムロスを被り、動けないところへ、日中軍の航空機が殺到する。


 切り込み隊長に突っ込むは大柄の双発機だった。機首からはニュッと大口径砲が突き出している。敵機に撃ち込む物としては中々に物騒だった。しかし、敵戦車へ撃ち込むと考えると妥当に変わる。


「25番を投げた。巻き込まれに注意してくれ」


「了解した。こちらは銃撃を仕掛ける。爆弾は他にしてくれ」


 射爆照準器を覗き込んで機首機銃のボタンを押した。すると、粒々とした小口径弾が吐き出される。小口径の機銃では軽装甲の貫徹は厳しい。この銃撃は目測の精度を高めるための工夫に過ぎなかった。本命は数秒後に撃ち出される大口径機銃弾である。


「1発で十分だな。あんな狭い車内で地べたを這うのは御免だな」


「直協がやられた…仇討ちだぁ!」


 原則として無線機を装備した。戦闘に集中し過ぎた兵の独り言という絶叫が聞こえる。誰も気にすることなく、いや、気にする余裕がなかった。一兵も逃さない怒りをぶつけている。


 高速で離脱する双発機は最新の九九式襲撃機だ。爆撃機とは別に敵地上部隊を叩くことに特化した攻撃機に含まれる。九九式襲撃機は爆撃機を護衛する重戦闘機の名目で開発された。しかし、単発の新式戦闘機が航続距離を飛躍的に向上させる。新式戦闘機で間に合うことを受け、持ち前の重武装を活かすべく襲撃機に転職した。


 九九式は機首に武装を集中させられる。12.7mm機銃と7.7mm機銃を2門ずつ計4門装備した。この12.7mmはM2ブローニングを国産化しており、元のM2と変わらない貫徹力を有する。軽装甲車両相手には機銃掃射が猛威を振るった。しかし、敵戦車を破壊する一撃の破壊力を求め、一撃必殺の装備に37mm機関砲を抱えている。元は歩兵砲の半自動砲を連射可能に改造した。37mm弾はかなり垂れて弾道良好と評価することはできない。本格的な37mm機関砲は開発中のため、無いよりはマシと装備した。


 そこで、7.7mmで目標との距離を把握する。


 訓練と経験で培った技術で直撃させた。


「これぞ一撃必殺で最高の心地よさだ」


 37mm弾の直撃でBT-7は擱座する。37mm弾は炸薬が詰まった徹甲榴弾が使用され、重装甲車両が相手には貫徹できないが、現在の戦車は概して軽装甲が占めた。そして、上部の天板等は一層薄くある。貫徹した37mm弾は内部で破片をばら撒き乗員を殺傷した。


 過酷な前線を想定すると、双発機に限っては不都合が生じかねない。対地攻撃は双発襲撃機と単発直接協同偵察機を併用した。単発機の火力は劣ることは十分承知している。九九式襲撃機より操縦が簡単に設定され、経験の浅い未熟者が扱える、直接協同偵察機が製作された。


 それが九八式直接協同偵察機である。


「おいおい、すげぇ低空飛行だな」


 高度100を切るような低空飛行で銃撃を見舞った。極低空飛行は未熟者に禁じられている。おそらく、技術も経験も積んだベテランが操縦するに違いなかった。直接協同偵察機は練度の低い兵士でも扱える、低空の安定性と素直な操縦性に惚れ込んだ熟練者も愛用する。


 九八式直協の武装は機銃は機首12.7mmが2門と主翼12.7mmが2門の計4門を装備した。胴体下部250kg陸用爆弾1発の他に主翼下部にも60kg陸用爆弾2発を携行できる。ちなみに、対地攻撃を専門とする者は250kg陸用爆弾を捨てがちだった。主翼下の60kg陸用爆弾を増やして面の攻撃力を重視する。1発の破壊力で250kg陸用爆弾が勝るが、1発のため外した際はスカで終わり、面を叩きたい者は60kg陸用爆弾か100kg陸用爆弾の増強を求めた。


 万人受けのため機体は堅実な設計が随所に見受けられる。主翼は低翼に後退翼であり、延長翼(ウィングレット)も装備した。フラップも失速対策と短距離離陸性能(STOL性)を確保する。九八式は設備の整っていない前線飛行場の運用が想定された。


 よって、主脚は古き良き固定式が採られている。極めて頑丈に作られて緩降下爆撃・急降下爆撃に耐えた。固定式主脚と聞けば、空気抵抗が大きい点より、速度を発揮できない。いいや、そもそも、直接協同偵察機に速度を求める時点で間違いだ。制空権を確保した状況下で投入される。先も述べたが、過酷な前線飛行場から反復攻撃するため、事故の危険性が高い引き込み式に比べ固定式は確実性に勝った。


 エンジンは、攻撃力を高める馬力と前線の整備性を勘案する。最終的に空冷星型単列9気筒の『寿六型(一段二速過給機付)』を搭載した。中島社『寿』シリーズの実質的な最終型であり、1000馬力丁度を得たが、低空向けに調整されている。馬力は頭打ちしたが、安定した稼働率を発揮してれた。


 なお、中島社は空冷星型複列14気筒の『護国』と『栄』へ移行する。更なる発展型にして空冷星型複列18気筒や同22気筒の開発を進めた。非合法手段を通じてアメリカ製を入手し、合法的にBMW社を招致して空冷エンジンを強化していく。


 九八式直接協同偵察機は見事な低空飛行を見せた。川の水が流れるようにBT-5/BT-7戦車とBA-3装甲車へ機銃弾を撃ち込む。


「上手い。あんな低空飛行でよくやる」


 基本が対地攻撃のため、機銃は専ら徹甲弾が装填された。100mで20mmの貫徹力を有するが、目標にする車両の装甲材質や着弾時の角度などにより、貫徹する時と貫徹しない時の差が激しい。


「直協に乗り換えるか?」


「いや、俺は襲撃機が性に合っている。37mmの反動が染みちまったよ」


「無駄話するな。さっさとずらかる。いいか、俄雨戦法を徹底するんだ」


 小一時間の襲撃で敵戦車と装甲車を多数撃破した。脱出を図る敵兵も空から一方的に薙ぎ払う。防空の傘を失った地上部隊は航空機の良い的でしかなかった。しかし、急報を聞いて敵機が出現するだろう。襲撃機と直接協同偵察機は対空戦闘を二の次に据えた。1時間程度の短時間に攻撃を集中させ、速やかに撤収する「俄雨戦法」を確立する。


「また来るぜ。不届き者が」


 ソ連の侵攻に鉄槌を下せ。


 そして、報復するのだ。


 北樺太を奪え。


続く

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