第8話 追いつき追い越せは過去のスローガン
【1939年1月】
年明け早々であるが、爆発しそうなヨーロッパ情勢より、日本の軍需産業は限界を超えたフル稼働が続いた。ヨーロッパではイギリスの宥和政策を盾にドイツが膨張し続ける。地味ながらイタリアもギリシャを脅かして拡大を止めなかった。イギリスとフランスは遂にドイツとイタリアと一戦交える態勢を整える。しかし、ドイツは独ソ不可侵条約(モロトフ・リッペン協定)を模索して背後の脅威を除去した。中華民国の諜報員曰く「ソ連と協同しポーランドを攻める」らしい。
ヨーロッパで二度目の大戦が勃発することは確定した。日本もABD包囲網を敷いたアメリカ・イギリス・オランダを敵国に指定する。進駐した旧仏領インドシナとタイ王国からビルマとマレーを狙い、前大戦時に得た委任統治領の南洋諸島から太平洋の島々に狙いを絞った。
注意すべきは島と島は海で隔てられ維持が難しい。仮に戦争状態に突入すると、真っ先に海上輸送が破壊された。南洋諸島と島々を維持するため、海運と並行して空運が欲せらる。逆に敵拠点の島を叩く爆撃機も必要だった。既存では陸軍と海軍は共に双発爆撃機を運用する。双発機では航続距離が不足しがちだ。航続距離を重視すると他が犠牲にならざるを得ない。日本の悲願とも言える国産大型機の開発が始まり、1939年に入って試作機が完成した。
=満州飛行場=
中華民国へ返還された満州は依然として日本の影響力が強い。もちろん、日中両国の共同管理により平穏が保たれた。満州の潤沢な資源を糧に軍需産業が発展する。広大な大地は試験場にして様々な兵器を送り出した。
中でも満州飛行機は日中政府が出資した航空機メーカーである。表向きは国産機としているが、日本機やドイツ機の生産が占めた。日本企業やドイツ企業と連携し、日中軍向けの軍用機を生産する。同社は広大な飛行場を保有して試験飛行の場を提供した。
「菊原さん。満州まで来られたのですか」
「はい。軍の輸送機に便乗して日帰りを予定しています。川西は九七式の後継機で忙しいのですが、進めるために三菱さんを見学して来いと」
「なるほど。どうぞ、ご覧ください。会社の垣根を超えなければ、国難を乗り越えることなぞ、到底できません」
満州飛行機の飛行場を間借りするは三菱重工業だった。中華民国と日本の軍関係者が社員に紛れて試験を見守る。さらに、国策の都合で特急便に乗って来た川西社の菊原技師がいた。日本は国難に対して一致団結することを命じ、会社の垣根を超えた協力が広く行われる。
仮設テントで日射しを避けて見守るが、三菱重工業の技師は自信満々だ。
「あれがFw200を基にした機体ですか。旅客機と聞いていましたが」
「おっしゃる通り。元々は旅客機なので軍用機に直すのは輸送機が精々です。我々は陸攻で培った技術、中島社と共同研究したDC-4から抽出した技術の2つを糧に仮称『深山』を製作しました」
「中島社は陸軍向けと漏れ聞いたことがあります」
「そうです。陸軍からの発注が積み重なり、開発は競争から共同へ切り替わっています。陸軍仕様を中島社が製作し、海軍仕様を三菱が担当しました」
開発背景として国産の四発機計画が存在し、輸送機と爆撃機の2本柱が立った。一から作るには難しい。陸軍と海軍は協議して各々で機材を分けないことで合意した。陸海軍で同じ機体を運用するが、微細な部分で相違点を設ける。胴体と主翼、エンジン、フラップ等々の基礎は共通した。
一から作ることの難易度は変わらない。ゼロスタートでは間に合わなかった。よって、外国製を参考に国産へ昇華する常套手段を採る。外国製の大型機は禁輸措置を回避した。具体的には中立国を介したり、民間航空会社の臨時便に偽ったり、など工夫を凝らす。
そして、ドイツ製Fw-200とアメリカ製DC-4の二種を入手した。どちらかを素体に輸送機を開発した上で爆撃機へ繋げる。本日の試験飛行では輸送機の試作機が飛翔した。Fw-200もDC-4も共に民間旅客機のため輸送機に転用できるが、どちらか一方に絞らなければ中途半端になる。ネジ一本まで徹底的な研究を進めた結果は、ドイツ製Fw-200の勝利だった。
「お、飛びますよ」
「この音は…金星でも火星でもありませんね」
「流石に鋭い。菊原さんには勝てません」
「我々は自社製のエンジンがありません。飛行艇には各社さんのエンジンを吟味し、何度も聞いている内に耳に残りました。今は音を聞くだけで識別できるように」
Fw-200を素体に三菱重工業が培った陸攻の技術、中島社が細部まで調べ上げたDC-4の技術が融合している。航空機の肝という肝はエンジンだ。エンジンが良くないと真っ当に飛ばない。日本にとってエンジンは「弁慶の泣き所」と表現した。愛国者たちが主導して1920年代からせっせと外国製を集める。現在は禁輸で得られないが、とっくに国産品の開発に成功していた。
「深山は中島製の空冷エンジンを積んでいます。共同開発ですから全部自社製なんて阿呆のやることです。分担することの合理性は侮れません。それで肝心の仕様は…」
このタイミングで離陸を開始して会話が途切れる。いかにも重そうな四発機は力強く滑走して車輪と大地が離れた。一定の高度に達すると車輪は格納される。試作機は精鋭中の精鋭たるテストパイロットが操縦した。全ての動きが見事しか言いようがない。
「追いつき追い越せは過去の話ですよ。それで、肝心のエンジンは中島製の『護国』です」
「初めて聞く名です。仕様をお聞きしても、よろしいでしょうか」
「えぇ、光系統の空冷星型複列14気筒で1500馬力を発揮します。我々の火星よりも早く纏まり、先行生産と称し、提供していただきました。輸送機は安全策として金星の1200馬力を採る案もあるため、護国(改良型)は爆撃機へ移行するかもしれません」
「そこまでの大馬力を得られたのですか。ならば、是非ともH8Kに欲しい」
旅客機から性能を引き上げるべく、エンジンは大馬力を追求した。三菱は自社製の『金星(後期型)』1200馬力を予定する。そこに中島社から1500馬力を発揮する『護国』を提示された。この300馬力の差は大きい。エンジンが大型化・大重量化しても、優れた胴体と主翼の基礎設計で補えるはずだ。
三菱は金星を爆撃機向けに発展させた『火星』を製作している。馬力から大きさ、重さまで護国と似通った。どちらも甲乙つけがたいが、ひとまず、護国を採用する。輸送機にしては過大な点が否めず、後身の爆撃機移行が織り込まれていた。
「それこそ、川西さんのH8Kは」
「あまり話せない事もありますので。まぁ、汎用飛行艇です。偵察、哨戒、輸送、救助、爆撃、迎撃と全ての任務に対応しました。それでいて、戦闘機の巡航速度と同等の最高速、重戦闘機に負けない機動性、8000kmを超える航続距離が求められ」
「それは深山を超えますよ。いくら川西さんが飛行艇の先駆者と雖も無茶な」
「だから、技術者として燃えました。ゼロから始まった飛行艇開発なので尚更です」
川西社は飛行艇専門のメーカーと育成された。すでに国産の九七式飛行艇で成功を収めている。しかし、海軍は満足しないのが肝だ。九七式を開発中に後継のH8Kを指示する。ちなみに、高い技術力を有する空技廠にも別機を作らせたが、画期的な技術を作る割に国力に対応しなかった。やはり「飛行艇は川西航空機に限る」が共通認識である。
四発陸上機が誕生しそうにもかかわらず、敢えて、飛行艇を開発する必要はあるか問われた。先も述べたが、日本の勢力圏は太平洋の島々である。全ての島に飛行場が整備されているとは限らなかった。新しく飛行場を建設するまでの間の特急便は飛行艇で運航される。飛行艇は海を滑走路にするため、理論上は太平洋を縦横無尽に移動した。着々と整備される潜水艦と協同すれば世界一周まで狙える。
「それに万が一の陸上機が失敗した際は、H8Kを陸上機に直せと言われました。無茶苦茶な注文でもやってみましょう」
「菊原さんなら、できますよ」
熱心に語り合う前で国産四発機は華麗なアクロバット飛行を披露した。
続く
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