第135話 アダック島の防衛

=アダック島=


 アダック島はアメリカ領アラスカを睨む前線拠点を為した。主に日本海軍の基地と機能するが陸軍と連携する。米軍がアリューシャン列島に限定した局地的な反攻作戦の構えを見せた。陸海軍は協議してアリューシャン列島の防衛を強化することを決める。一部からは罠と言う置き土産を仕掛けて撤退すべきとの声が上がった。しかし、アリューシャン列島は北方海域の哨戒を建前に秘匿された対米必勝策に必須である。


 アダック島の防衛強化に関する工事を民間人が見学に訪れた。


「偽装はしっかり、偽物もしっかり」


「いやぁ、寒い中でご苦労様です」


「松木さん! 風も強いのに、わざわざ、現地まで来られなくても」


「いえ、軍人の皆さんが頑張っているのに、私は建物の中でストーブで温まる。そんなことは許せません。ただ、状況だけを教えていただけると」


「もちろんです。相田! ここは任せる!」


 アダック島は敵艦隊襲来に備えて新兵器の地上発射型飛行爆弾を配備する。その作業が進められた。地上発射型のため総じて大型であり、発射機は装填装置や予備弾薬置き場、通信装置などを設けなければならない。アリューシャン列島特有の寒冷な環境下で工作兵が働き、一般兵も小銃を置いてスコップを持った。


 地上発射型飛行爆弾は誘導の通信関係に民間人が大きく関わる。日本放送協会と浜松工業学校、後の浜松ホトニクスの民間人が参加した。アダック島の配備にも数人が現地の調整に派遣されている。


「これらは全て木組みの人形です。発射機が大きいことを逆手に取り、何個も発射機のような物を並べ、米軍の航空偵察では見抜けません」


「アダック島まで運ぶことのできた数は少なかった。戦争は素人ですが擬装の重要性はわかります」


「我が軍の擬装技術は世界一です。ご心配なく」


 アダック島にダミーの沿岸砲や飛行爆弾発射機を並べる。貴重な発射機と火砲に対する攻撃を分散させることにダミーは有効と評価した。北アフリカ戦線のイギリス軍は様々なダミーを用いてドイツ軍の攻撃を回避する。ダミーの補給所を丸ごと拵える程だ。


 日本軍も擬装の重要性を理解する。多種多様なダミーを製作したり、現地に溶け込ませたりし、米軍の航空偵察を幾度となく欺いてきた。米軍も日本軍の擬装技術の高さに舌を巻かされる。


「これは本物です」


「本当に良くできている。言いつけ通りに作ってもらい、ありがとうございます」


「私もヒヤヒヤしながら作業の指示を出しました。このような新兵器を預けられたことを光栄に思います」


「通信機の調整は大丈夫ですか? 何枚も取扱説明書を刷ってきましたが」


「鳥居さんが付きっ切りの指導をしています。私は部下を信じています」


 今度は本物の地上発射型飛行爆弾の発射機を見学する。通信の限界から内陸の高地に構えられた指揮所と隣接した。飛行爆弾の発射時に補助ロケットの噴射の炎と煙が危険なため、発射機と指揮所は土壁と石垣により隔てられ、煙は可能な範囲で別の所から逃がす。


「安全圏から飛行爆弾をテレビジョン誘導して敵艦を一方的に攻撃できる。こんな画期的は知りません」


「私たちも改良の努力は怠りません。輸送船と輸送機が部品と資材を送る限り、ネジの一寸の緩みも許さない。実際に誘導を担当する兵士の皆様が戦果を挙げる。そのお手伝いをさせてもらいます」


「ありがとうございます」


 最初期の地対艦ミサイルはテレビジョン誘導が可能である。安全圏から敵艦を一方的に攻撃することを画期的以外に評価のしようがない。軍人は新兵器を受領して興奮を覚えて士気を増した。本兵器を有効的に扱うために専門の民間人を無碍に扱うことは厳に禁じられている。


「飛行爆弾は上陸の敵船団や車両を攻撃するに過大です。松木さんには申し訳ないのですが…」


「お気になさらないでください。私は自分の専門以外に口出しは絶対にしません」


「松木さんと鳥居さんなど、民間人の皆さんには退避を」


「残りますよ。隅々まで調整できる者は我々だけです」


「そんな…」


 地対艦ミサイルは原則として対艦攻撃に使用した。アダック島に迫る上陸用舟艇を攻撃しても構わない。しかし、勿体無い気がしてならない。せっかくのアウトレンジ攻撃は戦艦や空母など大物を狙うべきだ。また、砂浜に上陸する敵兵や敵戦車を破壊する仕事は連射が利き辛い点から不適応だろう。あくまでも、大口径の沿岸砲に代わる対艦兵器に過ぎない。


「わかりました。それなら、軍も誠意を見せましょう」


 地上発射型飛行爆弾の発射拠点を後にする。高地に建設が進められる要塞を見学した。アダック島の高地に多種多様な火器が設置されている。元より要塞化を進めていたが、米軍アリューシャン方面反攻作戦が明るみとなり、悪天候の中を輸送船、輸送機、輸送潜水艦が武器弾薬、食料、水、医薬品を運んだ。米軍来襲の備えは加速も加速する。


「アリューシャン方面の重要度は南方に比べて低い故に送られる火器は余り物や簡素な物です。それでも、威力は馬鹿になりません。15cmと10cmのカノン砲は南方に割かれましたが、75mmの野砲は旧式と鹵獲品を引っ張り出し、簡素な臼砲と迫撃砲、噴進砲が敵軍を迎え撃ちます」


「正直よくわかりませんが、勇ましいことは十分に伝わりました」


「機関銃は要塞用の重機と携行用の軽機を理想的な射点に配置しました。敵軍が逃れようものなら、狙撃兵が正確に撃ち抜く」


 アリューシャン方面の防衛は南方に比べて重要度を少なく見積もられた。15cmと10cmのカノン砲は引っ張れないが、75mmの旧式と鹵獲品を獲得することに成功し、入念な擬装を施した上で敵軍が進攻するだろう大地を睨んだ。鹵獲品は主に米軍のM1897で砲弾に一定の互換性を確認する。射程距離は微妙に低下するが特段気にするまでもなかった。


 野砲以上に配置されるのが各種臼砲と迫撃砲である。臼砲は旧式砲ではなく現役の零式臼砲が並べられた。零式臼砲は九八式臼砲の別仕様と言われる。独特の差し込み型迫撃砲(スピガットモーター)は共通して口径のみが異なった。これは砲身を持たない故の簡便が絶大な利点を発揮する。戦艦砲並みの大口径を手軽に扱えることから九八式が開発された。実際にフィリピンの戦いとビルマの戦いにおいて、持ち前の機動力の高さを活かし、重砲部隊よりも先に到着して砲撃を加える。敵将兵を震え上がらせた。


 しかし、九八式臼砲の口径は330mmと中途半端が呈される。陸軍内の如何なる火砲と融通が利かなかった。海軍の戦艦と重巡洋艦の砲弾も共通しなかった。これでは砲弾の生産が追い付かずに現地で急造することも不可能である。したがって、破壊力を維持して海軍から融通を受けられる口径の360mmに改められた。この360mm口径が零式臼砲と呼ばれる。その他の迫撃砲は150mm重迫撃砲、120mm中迫撃砲、81mm軽迫撃砲が設置された。使用用途は臼砲と共通するため省略する。


「勇ましさで言えば、噴進砲が自慢です。40cmと20cmの噴進砲を頂戴しました」


「あの筒がたくさん並んでいる物は?」


「あちらは十五連装10cm噴進砲です。噴進砲に変わり有りませんが、多連装の物は数による制圧を重視し、40cmと20cmは一撃の破壊力による制圧を重視しました」


 アリューシャン方面に送られる兵器の中でも噴進砲の割合は大きかった。噴進砲はロケット弾のため、大口径の重砲と野砲に比べて簡易である。10cmの噴進砲を束ねた物はロケット弾を一挙に投射した。射程距離と劣悪な精度を数で補うことは言うまでもない。海軍と連携して生産性を高めて大威力を求めると40cmと20cmが登場した。36cmは零式臼砲に充てる。もちろん、15cmや12cm、10cm、8cmも存在した。


 40cm噴進砲は最大規模のロケット弾である。その炸薬量は約100kgで250kg陸用爆弾に匹敵した。半径数十メートルに何らかのダメージを与えられる。重砲と引けを取らない威力だが、運用は噴進砲の割に面倒が積み重なり、基本的に20cm噴進砲が攻撃を担当した。20cm噴進砲は丁度良い大きさな上に運用の簡便さに優れている。専用の金属製の円筒状発射機を用いるが、現地で木を組んで作った木製発射機でも発射でき、戦場を選ばずに運用できる点が高く評価された。


「皆さんを本土へ返すまで戦い抜きます。アダック島は死守と厳命されました。それでも、最後が迫った時は逃げてください」


「お約束します。私も皆さんが砲撃に曝されぬよう、飛行爆弾の誘導を磨くことを」


 ガッチリと握手を交わす。


 アダック島を奪還できるものならしてみるが良い。


続く

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