第5話 陸軍装備の大刷新【前】

~前書き~

 陸軍装備の刷新を書いていますが、想像以上に文字数が嵩んだので、前後編に分けております。前編は銃器とし後編は大砲に分けました。また、作者の好みで書いているので、ご意見は受け付けておりません。


~本編~


 陸軍の装備は全体的に刷新された。


 まず、第一に歩兵の小銃の新装備が開発される。中華民国軍との共闘で7.92mm弾と6.5mm弾の差は大きいと認識した。真っ向勝負の撃ち合いに負けかねないと指摘する。満州事変が抗共の共闘に収まったのは幸いだった。日本陸軍は大正期から6.5mmの火力不足から研究を進めている。既存の資料を活用して本腰を入れるが、期間短縮のため、7.7mmブリティッシュ弾を採用した。これは仮想敵国であるイギリスと交戦した際に、鹵獲した武器も弾も自らの武器と利用できる利点が込められる。


 ただし、7.7mmは相応にパワー(ジュール/J)を有する。体格で劣る日本人には反動を抑えられなかった。後述の軽量化と相まって、長距離戦は難しい。また、携行弾数の低下を招き継続戦闘力が低下した。6.5mm弾を長く継続させたのは日本特有の問題による。


 体格の問題に伴い精度を求めるのは諦めた。携行弾数は補給の充実化で間接的に解消する。陸軍は総じて機械化を徹底的して推進し、馬匹と兵士頼りから脱却し、トラックとハーフトラック、三輪自転車へ転換した。これら機械化についてはまたの機会に回す。


 7.7mm実包に定まると陸海軍で統一した。海軍陸戦隊の装備も7.7mmで合意する。同じ機関銃でも実包が異なる問題を生じさせないためだ。小銃、軽機関銃、重機関銃(車載含め)は7.7mm弾(7.7×56mm)を使用する。日本製7.7mmは『九五式実包』と名付けられた。九五式実包の使用を大前提に小銃と機関銃の刷新を断行する。


 以下より新装備について兵士の声を織り交ぜながら綴っていく。


≪九七式小銃≫


 小銃は新型の九七式小銃の配備が開始された。今までの三八式は決して悪い銃ではない。しかし、近代の火力集中の観点から口径の拡大は急務なのだ。同時に作戦行動が予想される南方地帯を想定する。長大な銃身は高精度を支える代償に、障害物の多い空間では重さも相まって辛かった。


 したがって、九七式小銃は銃身を切り詰めている。障害物の多い空間でも使い易くし、切り詰めによって重量軽減にも繋がった。軽い方が行軍から戦闘まで全般的に負担を軽減する。反動増加が追従する弱点は7.7mm弾への変更の際に織り込み済みだ。


 さて、九五式実包を用いた小銃の評価は以下になる。


「反動が強くて疲れるが、中距離から近距離では撃ち負けない」


「全体的に短いから運びやすい」


「肩を痛めるが敵兵を倒せるなら我慢できる」


「三八式より軽くて動きやすい」


 やはり、約1000mmという短銃身は反動増加と精度低下が露呈した。反動が強いと長距離射撃が難しい。それでも、敵兵を一撃で倒せるハイパワーは魅力的だ。肩を痛めても敵兵を倒せるなら御の字だろう。6.5mm弾に慣れ7.7mm弾に不慣れな点は猛訓練と大和魂で補った。


 話は逸れるが、ボルトアクション式を嫌がる者は少なくない。セミオートで連射できる半自動小銃の必要性を訴えた。残念ながら、現在の日本の工業力では信頼性を保障されない。堅実で過酷な環境に耐えるボルトアクションが優勢を維持した。しかし、将来的な新式小銃を目指して研究は行われる。


 完全新規の九七式小銃の登場によって将兵の士気は向上した。同じ装備を使い続けると飽きてしまう。愛着を抱いて使い続ける兵もいるが、概して、新装備の配備は喜ばしかった。プロパガンダとしても新式小銃は丁度良い素材になる。


≪九七式重機関銃・車載機銃≫


 九五式実包を使用した新式重機関銃と新式軽機関銃の開発も行われた。自力で重機関銃と軽機関銃は開発できる。ただし、外国製を導入して期間を短縮することは厭わなかった。


 重機関銃は国産の『九二式重機関銃』が存在する。これはアメリカ軍に「ウッドペッカー」と恐れられた傑作重機関銃だ。九二式は発射速度が遅い、保弾板で持続性が低い、重く機動力に欠ける等の欠点がある。これら欠点を差し引いても過熱しない、狙撃可能な高精度が高く評価された。九二式重機関銃が傑作機関銃であることは否定しない。とはいえ、機動力に欠ける点や発射速度が遅い点が足を引っ張った。


 やむなく、九二式の後継は諦めざるを得ない。新式重機関銃の開発を始めるに際して、軽機関銃、機関短銃と共通して外国製の導入を図った。まず、第一候補にドイツ製MG-34が浮上する。恐ろしい高火力で敵兵を圧倒する機関銃で激震を走らせた。ただし、製造にはドイツらしい高い工作精度が要求される。残念ながら、研究用の少数導入に留まった。


次にチェコ製ZB-53(同年にVz-37)が出現すると、軽機関銃のZB-26、機関短銃のZK-383と抱き込んで導入している。ZB-53はMG-34に比べ保守的だが、極めて頑丈でアリ、長時間の射撃に耐えた。過熱しても銃身交換が容易である点も素晴らしい。チェコが中華民国を介した輸出に積極的なこともあり、7.92mm弾から7.7mm弾への仕様変更を含め、全般的な権利を入手した。国内で自軍向けの小改良を加えた末に『九七式重機関銃』と採用する。


「ベルトに塵が入ると動作不良を起こす」


「射撃が速すぎて照準が追いつかない」


「軽いのは絶大な長所である。ただし、射撃速度のため反動が大きく、耳がやられかねない」


 ベルト式給弾に慣れない兵士からは不評が多かった。しかし、射撃持続性の高さから敵兵を拘束できる。九二式重機関銃の高精度による狙撃を脱却し、九七式は弾の投射量による制圧力に転換するのだ。ここでは両者の優劣は「おいそれと与えられない」ことを明言しておきたい。


 ベルト式は日本の工業力では信頼性で劣った。古臭くても信頼できる保弾板を推す声は存在する。それでも、装備刷新のため外国の導入を急ぎ、主にドイツを参考していた。ドイツはヴェルサイユ体制でベルト式給弾機関銃を制限され、外国に開発拠点を移した先が日本である。日本はベルト式給弾を提供することを条件に場を提供した。


 日本がドイツから吸収した金属ベルトをチェコ製ZB-53に組み入れる。口径は7.92mmから7.7mmになるが、チェコ製がドイツ製を含むため、最小限の改修で間に合った。チェコ製の高い信頼性にドイツ製の制圧力が加わり、強力な重機関銃を為している。


 九七式が九二式から20kg以上も軽くなったと雖も重いことに変わりなかった。南方地帯での運用は難しく、防御線、要塞化された都市、要塞、飛行場など、隅々まで整備された大地に限られる。過酷な最前線では重機関銃よりも軽機関銃が重視された。


≪九六式軽機関銃≫


 過酷な最前線の環境に耐え、頻繁に移動できる武器は軽機関銃である。重機関銃よりも軽量な分隊支援火器だった。前述のように新式軽機関銃の開発はZB-26を選び、九五式実包への仕様変更を加える。実際は伝統的なホチキス系統を組み込み、必ずしも、ZB-26のコピー品と言えなかった。


 1936年に『九六式軽機関銃』と採用される。ZB-26譲りの頑丈に高精度を兼ね備えた。6.5mm弾の十一年式軽機関銃の置き換えが急速に進んでいる。特徴として、反動抑制に対する、簡易な解決策に銃剣の装着が行われた。本来は接近された際の白兵戦という最終手段である。そこで、銃剣装着状態で撃ってみると、意外にも反動を抑えた。まさに、棚から牡丹餅で軽機関銃に銃剣装着が普及する。


 九七式重機関銃と異なり、九六式軽機関銃は極めて好評だった。


「軽量で持ち運びが楽である」


「どんなに撃っても壊れない。あまりにも信頼に足りて仕方がない」


「たまに焼き付きを起こすが、すぐに交換できるのはありがたい」


 余談だが、ZB-26と7.92mmモーゼル弾は中華民国に生産を委託する。これはZB-26自体が優秀過ぎ純粋に運用したいこと、九六式軽機関銃や九七式重機関銃の不足を埋めること、敵軍から鹵獲した弾を使用できることが挙げられた。


≪仮称九八式機関短銃≫


 機関短銃こと短機関銃の研究は早期から存在する。当初は近距離戦は発生せず、拳銃弾は低威力と無視された。しかし、新戦法の開拓にて空挺部隊が採択されると、機関短銃は急浮上している。空挺部隊に小銃を与えるのは非合理的なのだ。空挺降下は敵地ど真ん中のため、近距離戦を強いられる以上は機関短銃が最適である。


 ドイツからMP-28をオーストリアからS1-100を研究した。どちらも高コストで生産性に劣るが、少数精鋭の空挺部隊に限定して目を瞑る。プレス加工の熟成を待っては遅れるばかりだ。拳銃弾は8mm南部弾から9mmパラベラム弾に変更する。制御が難しい弱点を承知だが、近距離戦で精度を重視しても本末転倒だった。むしろ、近距離戦は制圧力が物を言う。


 開発にはMP-28でもS1-100でもなかった。チェコ・ブルノ兵器廠のZK-383を導入する。チェコ国内では重要度を低く見積もられ、開発者は国外輸出に舵を切った。ここはパイプの太い日本に権利も売却する。9mmパラベラム弾仕様に変更したが、簡略化を与えることで生産性を高めた。プレス加工の全面採用が最高だが間に合わない。ここは中継ぎ投手として空挺部隊向けに『九八式機関短銃』と採用した。


 猛訓練の中で空挺兵は好印象を抱く。


「携行性が良く、迅速に動くことができる」


「近距離戦にしか対応できないが、我々の行動から気にならない範囲だ」


「横向きの弾倉は伏せ撃ちが楽である」


 弾倉はMP-28やS1-100同様に横向きに差し込んだ。これは伏せ撃ちする際に邪魔にならないが、下から差し込む方が欠点が少ない。よって、後期型兼改良型である純国産は下から差し込む方式に変わった。


 以上のように、開発期間短縮のため外国製を積極的に導入する。最初期は複製の色が濃くても、改良を繰り返して国産が強まった。工業力の増強でプレス加工が成熟すると、多種多様な銃器が登場するが、まだまだ先の話である。


続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る