第4話 新式中戦車と新式突撃戦車

1937年


「九七式中戦車チハを対戦車戦を想定した車両にする代わり、歩兵支援のため、製造されるのが九七式突撃戦車です。前者は八九式から完全に脱却し、後者はドイツの突撃砲を倣いました」


「ドイツは三号戦車と四号戦車を開発している。三号戦車の性能の高さには驚かされたが、あれは工業力の塊であり、我々には四号戦車が好ましかった。だが、真似ばかりでは勝てんぞ」


「おっしゃる通りです。架橋能力さえ向上すれば、25トンまで重くできますが…」


「南方の森林では、重いのも考え物だ」


 中華民国の大地では第三者の立場を活かし、日本陸軍が研究・開発の拠点を置いた。特に大陸の広大な大地を有する。火砲から戦車までを試験するに最高の環境が整えられた。日本は火砲と戦車まで遅れている。研究・開発をせっせと懸命に行った。しかし、満州事変から英米との関係が悪化し始め、途端に外国からの導入が厳しくなる。そこで、同じく孤立を深めつつあったドイツに接近した。中華民国を経由した秘密ルートで技術を融通し合う。


 初段はドイツ経済を支えると適当な名目を掲げて工作機械の導入を強める。同時進行される合理化政策と相まって、日本の貧弱な工業力を底上げすることに徹した。それから、先進的な技術導入や実物の輸入を拡大する。当時のドイツは経済復興のため商売相手を探した。中国と日本は監視を逃れるにも丁度良い。兵器開発も日本と中国に拠点を置いた。


 日本は遅れている戦車開発で積極的に輸入を図る。導入した技術と実物を複製して国産化に繋げた。ドイツは三号戦車と四号戦車を開発している。極初期型の少数配備を開始した。三号戦車は「トーションバー式サスペンション」に代表される、工業力が必要な新機軸が占めている。日本の国力が改善されても追従できなかった。したがって、「リーフスプリング式サスペンション」など、堅実が占める四号戦車を選択せざるを得ない。


 四号戦車の実物を研究して『九七式中戦車』(通称チハ)を開発した。従来の中戦車に歩兵支援を担わせる思想を取り除き、歩兵支援は新しく開発する突撃戦車(ドイツでいう突撃砲)に移行する。つまり、中戦車はもっぱら対戦車戦闘に主眼が置かれた。


「エンジンにディーゼルではなく、ガソリンを選択したのは英断です。ディーゼルにも強みがあります。しかし、ガソリンエンジンを使った方が軽くなりました」


「油田はキッチリ確保してある。北樺太油田と満州油田はソ連に渡さない。北樺太は軍を紛れ込ませた程だ。しかし、この47mm砲でソ連戦車とイギリス戦車を撃破できるのか」


「正直を申し上げますと、まったく分かりません。よって、中戦車ではなく、突撃戦車が主力になる可能性は否めません。主砲の九五式75mm野砲は徹甲弾を使用すれば、重装甲の戦車が相手でも対抗可能ですので」


 九七式中戦車は緩い傾斜のかかった車体と一部曲面の砲塔から構成される。当時主力の37mm対戦車砲を弾くため、正面に限定するが、最大で40mmの装甲を有した。さらに、10mmのリベット打ち増加装甲を追加する。一枚板の50mmには及ばないが、37mm対戦車砲の直撃に耐える防御力だ。


 主砲は新開発の九六式47mm戦車砲を搭載する。ドイツ製37mmPak-36を購入して、これを一回り拡大した47mm戦車砲を作った。徹甲榴弾(AP-HE)は500mで55mmの装甲を破る。鋭意開発中である被帽付徹甲弾(APC)は65mmの装甲を破った。もちろん、歩兵支援に榴弾を発射可能である。


 中戦車に重要なのは速力だ。軽量化と馬力を両立させるため、空冷ガソリンエンジンを採用する。とは言え、一から開発するには時間を要した。そこで、中島社の航空機用空冷9気筒『寿』を流用する。航空機用エンジンを戦車に流用するのは珍しくなかった。そのまま使うと総じて過大であり、寿二型600馬力を戦車用にデチューンし、最終的に350馬力まで引き下げる。


 ガソリンエンジンを採用したのは、軽量化と馬力追求が込められた。燃費の面や信頼性はディーゼルが勝る。しかし、ディーゼルは大馬力を発揮するには、大型化と重量増加が圧し掛かった。大型化は戦車を圧迫する。重量増加は機動性低下を招き、装甲など他を犠牲にせざるを得ない。日本は架橋能力の限界から戦車の大重量を好まなかった。よく、輸送船の能力も挙げられるが、それは誤りと指摘されている。


 新式中戦車は20tが限界と設定された。どうしても、軽量で大馬力のガソリンエンジンになる。燃料のガソリンは満州油田と北樺太油田から産出された。北樺太は対ソ交渉で獲得したが、ソ連から妨害を受けることがある。対抗の強硬手段として陸軍を送り油田を武装化した。


 ガソリンエンジンを使う環境が整えられた。エンジン自体も稼働率改善のため、統制化を進め、部品に互換性を持たせている。これで現地での整備と改造が容易になった。


「そうだな。突撃戦車があれば、その場しのぎにはなる」


「南方に建設した要塞線は快速戦車を投入し、迂回するなどして、迅速に突破します」


 日本軍は三号突撃砲計画も察知する。車体を流用した固定戦闘室の自走砲は新鮮だ。全周旋回の砲塔を持たず、主砲は限定的で融通が利かない。この弱点を差し引いても、安価で大量生産し易く、大口径砲の搭載が簡単な強みを見出した。現時点の世界は37mmの小口径砲が多い。全周旋回式砲塔に75mmの大口径砲を搭載するのは困難だ。四号戦車は75mm砲を装備するが、軽量な24口径で短砲身の榴弾砲を有する。


 日本軍も九七式中戦車の砲塔に対し、75mm九四式山砲を搭載した、砲戦車を検討した。車体を流用したオープントップ式の自走砲もある。ただし、自走砲は防御力が皆無だった。前線で砲撃と銃撃を耐えつつ、歩兵支援を行える砲戦車を欲する。


 話を戻し、国産突撃砲の『九七式突撃戦車』(通称チハ突撃型)開発した。固定戦闘室の戦闘車両は古臭く、日本単独でも十分に製作可能だろう。九七式中戦車の車体に角ばった戦闘室を設けた。三号突撃砲との違いとして、車高が高めに設定される。これは排煙装置を置くスペースの確保、兵士の居住性の確保が見られた。固定戦闘室は狭くなりがちであり、小さくすると排煙が立て籠もって害を為す。排煙装置のスペースを用意した。同時に居住性も高めることで長時間の戦闘でも耐える。


「主砲の九〇式野砲は素晴らしく、改良型の九五式と試製に期待が持てました。海軍の8cm高角砲を貰い、新型対戦車砲を開発中ですが、当面は75mm砲で事足りると」


「どれくらいやれるか」


「距離500で90mmを破りました。少なくとも、数年は間違いなく主力でいられましょう」


 九七式突撃戦車は砲塔が無い分の重量に余裕があった。正面装甲は垂直だが一枚の50mm装甲を張る。車体は丸ごと中戦車のため、機動力も相応に高い。特筆すべきは主砲の九〇式75mm野砲だった。


 九〇式野砲は初めての近代的な機動野砲であり、馬匹から一転して車両牽引を前提にしている。しかし、大重量で直ちに後継の九五式野砲が作られた。現在は更なる口径の試製75mm野砲もあるため、九五式の配備に伴い、九〇式野砲は余剰が生じる。余剰の有効活用として突撃戦車の主砲に採用した。重量も砲本体だけなら軽量化される。


 対戦車戦闘も考えて徹甲弾の発射も可能とされた。こちらは距離500mで90mmの装甲を破る。かなり強力な代償に75mm砲弾の装填には時間を要した。小口径の強みである速射は利かない。それ以前に主砲は限定的で融通が利かなかった。安価で大量生産できる強みから数を投入して補う。


「私は贅沢な将軍でね。後継は幾らでも欲しくて堪らない」


「理解しております。まだまだ荒削りのため、エンジンの増強に着手しました。馬力が向上すれば装甲を厚く施し、主砲もより強力な物へ換装可能です。我が国は数歩遅れております。一切妥協することなく、生産性にも配慮して、質と数を両立した戦闘車両を開発していきましょう」


続く

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